2-1


 「くあっ…」


 昨晩、ゆかりに告白することを決めたまではよかったが、告白するシチュエーションやタイミングに頭を悩まし、カーテンの隙間から朝日が差し込んできたときに、ようやく徹夜してしまったことに気がついた。おかげで、大きな欠伸をしながらの登校するハメになってしまった。自業自得なんだけどさ。


 「寝不足?」


 通学路で合流し、一緒に歩いていたゆかりが、サバンナの池の水を飲むキリンのように、腰を曲げて私の顔を覗き込んできた。


 「そっ。色々考えてたら、あんまり眠れなくて」


 ゆかりに告る妄想をしていたから、とは口が裂けても言えない。


 「なんか悩んでることでもあるの?私、いつでも相談に乗るからね!」


 胸の前で両腕をガッツポーズさせたゆかりは、私に任せなさいと言わんばかりに自信満々に鼻を鳴らしていた。


 「ありがと。ゆかり」


 私がこの悩みを打ち明けるのは、ゆかりに告白するときだから。その際に、オッケーと返事してもらえれると助かるよ。


 教室に入った後は、いつも通りの退屈な授業を聞き流しながら、お昼寝日和の日差しにうたた寝をしつつ、私の腹時計とチャイムが同時に鳴ってお昼休みに突入した。


 いつもの四人で一階にある食堂に向かい、四人がけの席に座って昼食を取る。私はきつねうどんを啜り、隣に座っているゆかりはカツカレーを頬張る。向かいの席に座っている彩雅と典子ちゃんは、お互いが持参してきた手作り弁当を仲良く摘みあっていた。


 毎度のことながら、なんで昼休みの度に二人がイチャイチャしている様子を見せつけられているのか、甚だ疑問だ。

 

 「そういえば、菫とゆかりはクリスマスの日は、空いているかしら?」


 彩雅は思い出したかのように、そう訊いてきた。そのセリフは、私かゆかりから出てくると思っていたので不意を突かれた。しかも、まさか典子ちゃんじゃなくて、彩雅から聞かれるとは、さらに驚きだ。


 「あっ!もしかして、クリスマスパーティーとか!」


 ゆかりは、サプライズのプレゼントを貰った子供のような笑顔を見せる。


 「察しがいいわね。昨日、四人でクリスマスパーティーなんてどうかと、典子と話していたのよ」


 彩雅の弁当箱から摘んだ山芋の煮付けを頬張り、もぐもぐと食べている典子ちゃんと彩雅は顔を見合わして、示し合わせたように首を傾ける。


 「それ、私も菫と話してた!みんな、同じこと考えてたんだね!」

 「あっ…うん。そうなんだよ」


 眼をキラキラと輝かせたゆかりが、私に笑顔を向ける。

 ごめん、ゆかり。私は別のことを考えてたの。だから、そんなに明るい笑顔を向けないで。罪悪感で死にそうになるから。


 「……」


 気まずそうな愛想笑いを貼り付けた私を見つめる、彩雅の探るような視線を感じた。


 「なに?」

 「べつに。なんでもないわ」


 そうやってはぐらかされるのが一番怖いんだけど。

 咀嚼していた山芋をこくんと飲み込んだ典子ちゃんは、


 「それでね、どこでパーティーしようかって彩雅ちゃんに相談したら、彩雅ちゃんのお家を使ってもいいってことになったの!」


 珍しく、声を弾ませていた。

 彩雅が金持ちなのは知ってるけど、典子ちゃんのテンションが上がるほどか。それは、ちょっと興味あるな。


 「典子ちゃん。彩雅の家ってどこにあるの?」

 「彩雅ちゃん家はね、なんと、あの高層マンションなんだよ!すごいよね!」

 「えー…。マジ?」


 若干引き気味なリアクションをとってしまった私に、彩雅はなんともない風に、ええ、そうよと肯定するだけだった。


 この辺りの地域は、なんの変哲もない庶民が暮らす平凡な田舎町だが、その中でも栄えている都市部には、一昨年くらいに完成した三十なん階建てかの超高層マンションが存在する。


 噂では、都会の喧騒を嫌った金持ち達が、あのビルに集まって暮らしているんだとかなんとか。そこが実家というのは、さすが茶道の名家の娘といったところか。というか、茶道ってそんなに儲かるものなのだろうか?

 

 典子ちゃんは、はいはーいと小さく手をあげて可愛く主張する。


 「それでね、当日やることをみんなで考えたいんだけど、私はプレゼント交換とかしてみたいなって思ってるの。どうかな?」


 典子ちゃんの提案に、スプーンを握りしめたゆかりはすかさず一票を投じる。


 「やろうよ!プレゼント交換!」


 私と彩雅もゆかりに便乗し、満場一致で典子ちゃんの案は可決された。

 ゆかりはそれならと、私に目配せをする。


 「私たちもみんなでケーキを作ったりとか、冬だから鍋を囲うのもいいねって話してたんだよね」

 「うん。そうそう」


 と、話を合わせたものの、なぜか、その時の記憶が曖昧なんだよな。まぁ、今となってはどうでもいいことだし、過去は振り返らないでおこう。


 「それもやりましょう。うちのキッチンなら、いくらでも使ってくれていいから」


 私たちの案も即採用され、いよいよクリスマスパーティーが楽しみになってきた。


 それから、せっかくなので期末試験後の休日に、みんなでパーティーに必要な物や交換するプレゼントも買いに行こうということで話が纏まり、そこで午後の授業を開始する予鈴が鳴った。


 生徒の群れに紛れ、教室に戻る廊下の途中、まだパーティーのことを楽しそうに話しているゆかりと典子ちゃんの背中を眺めながら、私は横を歩く彩雅に話し掛ける。


 「彩雅って、こういうことを率先してやるイメージ無かったから、なんか意外だったわ」

 「そう?私からすれば、菫のほうがそういうイメージあるわよ」


 そういうイメージというか、根暗で友達がいなかったからパーティーをすること自体、初めてなんだけど。

 

 「私たち、そういうところも似てるのかもね」


 と、彩雅と言ったところで教室に到着し、自分の席へと帰っていった。私も自分の席へ着席する。


 私たち、似た者同士かもね───。

 彩雅と知り合ったばかりの時に言われたことを思い出す。


 「どこが似てるんだか」


 私が溢したぼやきは、騒がしいクラスメートの声にかき消された。


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