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 後日。

 正確には、期末試験が終わった週の日曜日。私はゆかり達との待ち合わせ場所である、家から徒歩十分の駅前に向かっていた。私以外の三人はすでに集まっていたらしく、お喋りをしながら私を待ち受けていたので、軽く挨拶をしながら合流した。

 

 「あら。最後に来た理由が洋服選びだとしたら、随分とシンプルね」


 到着早々、揶揄ってくる彩雅はシックなスタイルで統一しており、いつもより少し大人びていて見える。悔しいが似合っていることを認めざるおえない。


 「お買い物楽しみだね!」


 と、無邪気に笑っている典子ちゃんは、私と同じような年相応といった服装で、典子ちゃんが居てくれて良かったと安心できる。なぜなら、


 「おはよ、菫」


 私に爽やかな笑顔を向けるゆかりは、スキニーパンツに緩めのニットを合わせ、ロングコートを羽織っているという、抜群のスタイルを存分に活かした、まるで雑誌モデルのようなファッションをしていた。

 

 ゆかりと彩雅の間に、オーバーサイズ気味のダッフルコートを着た私が混ざっている図を想像するだけで身震いしてしまう。公開処刑もいいところだ。


 「典子ちゃん、ありがとう」

 「???」


 唐突にお礼を述べられた典子ちゃんは、何のことだかわからないと首を傾げた。そりゃ、そうだ。


 側からは同い年に見られないであろう四人組は電車に乗って、三つ先の駅で降り、少し歩いた場所にある大型ショッピングモールへ足を運んだ。施設内は完全にクリスマスムード一色に染まっており、子供からお年寄りまで入り乱れていたが、やはり、もっとも眼についたのはカップルだった。


 仲良さそうに手を繋いでいるカップルや、酷ければ彼氏の腕に彼女がしがみついているなど、そこかしこからピンク色のオーラが発せられていた。仲が良さそうで羨ましいね、ほんと。なんて、一人やさぐれていると、


 「今日、いつもとちょっと雰囲気違うね。私たちが場違いみたいな…」


 私と同じようにカップルを見ていたゆかりは、苦笑する。


 「ははっ。同感」


 私から、思わず乾いた笑いが漏れる。

 ショッピングモールは鉄板のデートスポットだからある程度は覚悟していたが、クリスマス前だからなのか、カップルのイチャイチャ指数がいつもより二割増しされている気がした。


 私とゆかりの会話が聞こえていた彩雅は、名案を思いついたマリーアントワネットのような表情で言い放った。


 「なら、私たちもカップルになればいいのよ。ね?典子?」


 悪戯な微笑みを湛えた彩雅は、典子ちゃんの左腕を抱きしめる。


 「あははっ。もう、危ないよ。彩雅ちゃん」


 やんちゃな子供を嗜めるお母さんのように笑う典子ちゃんはなんの抵抗もせず、彩雅の思いつきをすんなりと受け入れた。


 「ほら、あなた達もしてみたら?」

 

 彩雅は、並んで歩いている私とゆかりに───特に私のほうに───挑発的な視線を送ってきた。


 「ッ!?」


 いつもなら適当にあしらうが、なにかを見透かしているかのような彩雅の態度に、一瞬言葉を失う。焦った私は助けを求めるようにゆかりの顔を見上げると、吸い込まれそうな深紫の瞳と視線が交わった。


 いつの間にか私のほうを向いていたゆかりは、ほんのりと頬を赤らめながら


 「私たちも、する?」


 と、照れ臭そうに左手を差し出してきた。

 え?なにその表情?

 戸惑う私は、あ、え、あ、と言葉にならない声を漏らす。そして、壊れたロボットのようにカクカクと腕を動かした後、私の右手は、ゆかりの掌にちょこんと乗せられた。

 火照った顔を悟られないように顔を伏せた私は、


 「手とか繋いでおけば、それっぽく見えるよね」


 平然を取り繕って、強がってみせた。

 ゆかりは指を絡め、恋人同士のように私と手を繋ぐ。


 「それじゃ、いきましょう」


 彩雅は私たちを置いて、典子ちゃんを引っ張って、目的地の雑貨屋へと進んでいった。その場に取り残された私は、彩雅たちのあとをゆっくりと追いかける。


 私とゆかりは無言のまま、繋いだ手を何度も軽く握り、お互いの手の感触を確かめる。それは、雑貨屋に着いて買い物をしている間もずっと続いた。



+



 その後、さまざまな店舗を見て回りパーティーグッズを買い終えた私たちは、施設内にあるチェーン店のカフェで休憩を取っていた。


 「んー。やっぱり、このお店のショートケーキ美味しいー」


 フォークで切り分けたケーキを頬張った典子ちゃんは、至福の表情を浮かべる。それを横目に見ていた彩雅は、優雅に紅茶が入ったティーカップを燻らせ、揶揄う。


 「まったく。クリスマスパーティーにケーキを食べるのに、ここでもケーキを食べるなんて典子は欲張りね」

 「そ、それとこれとは別だから!それに、彩雅ちゃんだって、モンブラン頼んでるじゃん!」

 「あら。煩い口は黙らせないといけないわね。ほら、あーん」

 「もう、彩雅ちゃんたら…。あーん」


 彩雅がフォークで掬ったモンブランは、すぐに典子ちゃんの口の中へ消えていった。って、なんでナチュラルにイチャついてんだ、コイツら。


 「わ、私も出来るよ!」


 と、謎に張り合おうとするゆかりには、流石に恥ずかしいのでノーを突き返した。周りに誰もいないときなら、むしろこちらからお願いしていたのは言うまでもない。


 頬杖を付いている自分の右手には、まだ、ゆかりの温もりが残っていた。

 手を繋いだだけで顔が赤くなったのに、あーんなんてされたら自分でもどうなるか解らないよ。


 「みんなはさ、理想のクリスマスの過ごし方ってある?」


 生クリームで汚れた口を紙ナプキンで拭った典子ちゃんは、いかにも女子らしい話題を提供してきた。


 「私は、べつに。友達と過ごせればいいかな」


 我ながらツマラナイ返しだと思うが、本当のことは言えないのだから仕方ない。


 「私も同じね。年末は忙しくなるから、クリスマスくらいゆっくり友達と過ごしたいわ」


 彩雅も私と似たような無難な回答。金持ちはもっと派手に過ごすと思っていたけど、そこら辺は案外、庶民と変わらないらしい。いや、金持ちと庶民なんていう分け方は無粋か。


 自然と回答権が最後に回ってきたゆかりは、うーんと唸って数秒後。


 「やっぱり、一度くらいは恋人と過ごしてみたいなぁ」


 ファミレスでカップルを見ていたときと同じような表情で、そう言った。



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