1-3


 ゆかりの軽いリアクションに、私は唖然とするしかなかった。


 「菫?どしたの?」


 頭からハテナマークを浮かべたゆかりは、キョトンと首を傾げる。

 ハッと我に返った私は、


 「ゆかりってさ。その、私との間接キスとか、気にならないの?」


 瞬きを細かく繰り返す。表情を悟られないように、頬杖をついて、指の間からゆかりの様子を窺う。


 「あんまり、気にならないかな。だって、友達同士だし」


 ッ───。

 それが普通と言わんばかりのゆかりの口ぶりは、私の胸にチクリとした痛みを走らせた。


 「あー…。そっか」


 なんとなく訊いた風を装うので精一杯になり、返す言葉に窮する。

 普通、そうだよね。友達同士だし、女の子同士だから。意識するほうが変なんだ。

 

 「あっ。もしかして、菫は嫌だったかな?私との間接キス」


 ご主人様にイタズラがバレた犬のように顔を青くするゆかりは、瞳をウルウルさせていた。


 「そんなことないよ。ちょっと驚いただけ。私も、気にしてないから」


 私は適当に作ったぎこちない笑顔で、お茶を濁す。よかったと胸を撫で下ろしたゆかりは、再び、ストローを咥える。


 私もゆかりと同じように自然な素振りで、先程までゆかりが咥えていたストローに口をつける。

 なんか、騙してるようで息苦しい。


 「ふぅ…」


 重たくなってしまった胸襟が少しでも軽くなるように、深い溜息を吐いた。


 そこで妙な間ができてしまい、二の句を告げるタイミングを失ってしまった私は、そのまま黙りこくってしまった。ゆかりは無理に会話をしようとはせず、テーブルの上にだらりと上半身を預けている。


 客がまばらな店内からは、私たちと同じくらいの高校生たちがバカ話に笑っている声や、仲睦まじい大学生っぽいカップルが、クリスマスの予定を楽しそうに立てている会話が聴こえてきた。


 「そーいえば」


 自分の二の腕を枕にしている、上目遣いのゆかりが話を切り出した。


 「今年のクリスマス、どうする?」


 ちょうど、私もその話をしようとしたところだ。


 「私は予定空いてるから遊びに行きたいけど、ゆかりはどうなの?バレー部とかで集まったりとかしないの?」

 「大丈夫。ウチはそういうのはないから」


 やった。それなら今年も二人で過ごせそう──と、静かに歓喜した矢先。


 「せっかくだから、彩雅ちゃんや典子ちゃんも誘って、みんなでクリスマスパーティーしない?」


 ゆかりの眩しい笑顔が、私の薄暗い思惑を掻き消した。

 ああ、そうなるのね。


 「…いいね、それ」


 もちろん、ゆかりと二人っきりで過ごしたい。が、この流れで誘わないとなると、ゆかりが、もしかして二人と仲悪いの?なんて変な心配をしかねない。それに、彩雅も典子ちゃんも、ゆかり以外に初めてできた友達だから、あまり、邪魔者扱いしたくないのも本音だ。


 「明日、二人に予定聞いてみよっか」

 「ソウダネ」

 「みんなでパーティーとかできたら、絶対楽しいよね」

 「ソウダネ」

 「ケーキとか作ったり、冬だからお鍋とか囲ったり」

 「ソウダネ」


 さまざまな感情と理性が拮抗し、容量オーバーになってしまった私は、相槌を打つロボットと化していた。


 「でも、いつか」


 不意に、カップルのほうを眺めたゆかりは、


 「私、ああいう関係の人とクリスマスを過ごしてみたいな」


 恋に恋する少女のようなことを呟いた。

 からんと、グラスの中で四つくらい重なっている大きめの氷が溶ける。


 なんてね、と言って話を切り上げたゆかりは、勉強を再開した。私は、そうだねと相槌を打つことすら出来なかった。



+



 ゆかりと別れた後、早足で自宅へ帰った私は、すぐに自室へ入った。鞄を投げ捨て、コートも脱がないまま、ベッドへと倒れ込む。

 少し頬を赤らめ、羨ましそうにカップルを見つめていたゆかりの表情が、何度も何度も脳裏を過ぎる。


 もしかして、ゆかりは好きな人がいる?もし、いたとしたら、それは誰?クラスの男子?それとも、ファンの子?もしかして、バレー部の先輩とか?でも、解ってる。例え、ゆかりに好きな人がいたとしても、それはきっと私以外───


 「っるさい!」


 月明かりが射す部屋に、私を怒鳴る私の声が響く。いつの間にか溢れ出ていた涙が、目尻を伝い、枕を濡らしていた。


 なんで、私がこんな悲しまなくちゃいけないんだろう。ただの友達だったはずなのに。私が、ゆかりのことを好きになっちゃったせいで、友達なんかじゃ我慢できなくなった。


 もう、こんな辛い気持ちを抱えたくない。でも、ゆかりのことは諦めきれない。でも、ゆかりは、いつまで経っても私の想いに気付いてくれな………ん?待って?なんで、私、ゆかりに気付いてもらおうとしてるんだろう?


 涙を流し、冷静さを取り戻した思考から、そんな疑問が湧いてきた。

 ゆかりにちょっとしたアプローチをしても、気付いてくれないのは経験済みだ。しかも、あんだけモテているのに全く気が付かないほど、自分に向けられた恋愛感情に鈍感だということも知っている。


 そんな相手に、私が一人でモヤモヤしたりドキドキしてたのは、全部無駄だっ…た?


 「ウ、ウソでしょ」


 自分で導き出した残酷な結論に打ちひしがれ、途方もない脱力感に襲われる。


 あーあ。なんか、もう面倒くさくなってきちゃったな。でも、ゆかりのことは好きっていう気持ちは変わらないし。どーすればいいんだろ。


 ベッドの上をごろごろと転がりながら物思いに耽る。といっても、シングルサイズなので寝返りを打っていただけだけど。そして、ち寝返りが七週目に入った頃。偶然、窓越しに輝く月が視界に入った。


 「あっ。そっか」


 そして、私は気がつく。


 「ゆかりに告ればいいんだ」


 ゆかりが気付いてくれないなら、直接、私が伝えればいいということに。


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