【後日談】



「君達は一体いつから付き合い始めたんだ……?」



 学校の昼休みいつも通り演劇部の部室で黒川とお昼ご飯を食べていると、俺達の様子を見に来た川口先生が呆れたようにそう言った。


「川口先生、急に来たと思ったら何を言い出すんですか? いくら一人独身がつらいからって周りの男女がすべてカップルに見えるようになったらいよいよお終いですよ」


 そんな川口先生に、黒川が呆れたようにいつもの毒舌っぷりを発揮して答えた。


「まぁまぁ、黒川。そこら辺にしておけ……流石に言いすぎだぞ? 確かに、川口先生が生涯独身なのは仕方のないことだけどさ」

「君達は、本当に失礼で可愛くない生徒だな! これでも、私は君達にとっての『恩師』と言えるはずの人間だと思うんだが?」


 川口先生はそう言っているが、俺達からしたら、恩師などではなくただの変人である。


「あと、そんな押し付けがましく自分のことを『恩師』なんて言う人いませんよ」

「そうね。先生が本当にそう思っているのなら、それは『恩師』じゃなくてただの『変人』ね」


 どうやら、黒川も俺と同じ意見らしい。


「しかし、君達がこうして結ばれて付き合っているのも、私がこの演劇部を君達に勧めたのがきっかけだろう? なら、私は君達にとって『恩師』あるいは恋のキューピットと言っても差し支えないじゃないかな?」

「恩師の次は恋のキューピットですか……」


 師から天使になったとするなら、次はそのまま天に召されてはくれないだろうか?

 しかし、そんなこと言われてもなぁ……


「だって、俺達は……」

「そうよ。私達は――」



「「ただの『友達』ですが?」」



 そう、黒川と声をそろえて事実を述べると、川口先生は大声で否定した。


「いや、どう見てもそれは友達の範囲ではないだろ!」 

「それって言われても……別に、俺達何も変なことしていませんけど?」

「むしろ、何を根拠に川口先生はそんな戯言を言っているのかしら……?」

「いやいやいや、それだよ、それ! 私がさっきから言いたいのは君達のそのお弁当だよ!」


 すると、川口先生はそういって今俺の口に黒川が食べさせようとしてくれているお弁当のおかずを指さして答えた。

 確かに、川口先生の言う通り、俺と黒川は同じ手作りお弁当をこの部室で食べている。

 なるほど、川口先生はこのおそろいのお弁当を見て俺達が『付き合っている』などという勘違いを起こしたのだろう。

 まぁ、確かに、旗から見ればこの状況はそういう『誤解』を生みかねないかもしれない。


 その指摘は黒川も理解したらしく、川口先生の指摘に黒川が軽く頷いて答えた。


「つまり、川口先生は私達が同じお弁当を食べているから『付き合っている』と、独身特有の早とちりをしたわけですね?」


「黒川、独身は余計だ。あと、私が言いたいのはそれだけじゃないぞ? 同じお弁当だけでも青春という感じでむかつくが……その『あーん』はなんだ!? 百歩譲って、お弁当だけならまだしも……流石に『あーん』で黒川が安藤に食べさせているのはおかしいだろ!? このどこが『ただの友達』なんだ! どう見ても、ただの『バカカップル』じゃないか!」


 ん? 今何かちょっと余計な川口先生の私情が入ってなかった?

 しかし、川口先生の言いたいことは分かった。


「川口先生、落ち着いてください。この状況にはちゃんと理由があるんです」

「そうですよ。そもそも、私達は去年まで『友達』ですらなかったんですよ? なのに、こんな勢いで付き合っているわけないじゃないですか」


 俺に続き、黒川も続けてそう言うと、川口先生は『とりあえず、君達が無罪だと主張したいのは分かった』と頷いた。

 一体、いつから川口先生の中で学生恋愛は有罪になったのだろう?


 そして、川口先生はまるでこれから学級裁判を行う裁判官のような悪い笑みを浮かべてこういった。


「なら……君達の言い分言い訳を聞かせてもらおうか?」

「うーん、話すと少し長くなりますよ」


 そして、俺は何故このような状況になったのかを思い出した。






ことの始まりは、黒川が『友達』として、俺の家に遊びに来た日にまで遡る。



「なんなのこの汚屋は!?」


 年明けで『おせちが余ったから、仕方なく貴方の分も持ってきたわ! と、友達だしね……』と言う理由で家に来た黒川の第一声はそれだった。


「……言うほど酷いか?」

「酷いわよ! 貴方はこの部屋の状況を見て何とも思わないの!?」

「そう言われてもなぁ……」


 確かに、黒川が言うようにこの部屋は前に彼女が来た時よりは『多少』汚れてしまっているかもしれない。

 しかし、言うてもただキッチンにカップ麺のゴミが『少々』たまっていたり、リビングに置かれているゴミ箱が一杯になったので代わりのゴミ袋の中に『まぁまぁ』なゴミが溜まっていたり、テーブルに飲み終わったペットボトルが『ほんの数本』散らかっているくらいだろう?


「前に私がここに来たのってクリスマス前だから、ほんの一ヶ月よね……」

「そ、そうだなぁ…………」

「あの時は物凄く奇麗なタワーマンションの一室だったのに……一体どうなったら、たったの一ヵ月でこのありさまになるのよ?」

「いや、それがね……」


 黒川が言いたいことも分かる! だけど、こっちにも事情があるのだ。

 今までこの家は俺の両親が共働きで基本的に帰ることが無かったため、俺が学校でいない日中などに両親が家政婦さんを呼んで家事をしてもらっていたのだ。


 しかし、両親が仕事で海外に行ってしまったため、俺は今年からこの家で一人暮らしをすることになった。

 もちろん、両親と一緒に引っ越すという選択もあった。だけど、ここに残ると決めたのは俺の『我儘』だ。だから、俺は黒川という友達の為に一人でこのマンションに残るという決断をしたのだ。

 そして、そんな決断をした俺に、両親は家政婦の契約も続けると言ってくれたが、俺の我儘で一人暮らしをすることになったのだから、これ以上家政婦さんなど無駄な心配をさせてはいけないと思ったのである。


「だから、こうして家政婦さんに頼らず一人で生活してみたのさ!」

「そして、その結果が『コレ』ってことね……。このタワーマンションも部屋の中身がコレだと知ったら、ただのゴミ屋敷ね」

「前に呼んだ時は『何も無い』って言ってたじゃないか……」

「状況が極端すぎるのよ!?」


 そう言うと、黒川が残念そうな目で俺と部屋の惨状を見比べた。

 果たして、彼女が残念に思っているのは俺なのか、はたまたこの部屋の惨状なのだろうか?

 うーん、両方かな……。


「貴方は、この惨状で良く私を家に呼べたわね」

「呼んだというより、勝手に黒川が来ただけだけどな」

「あら、そう? じゃあ、このおせちもいらないわね」

「いや、それは欲しい!」

「――っ!?」


 俺が思った以上に食いついたためか、黒川はその俺の反応に少し引いている様子だ。

 だって、ここ最近は外食するのも面倒で、だからと言って自炊はできなかったし、食事がほとんどカップラーメンだけになっていたんだよ。

 だからこそ、カップラーメン以外の食事に俺は飢えていたのだ。


「ご両親はこの惨状を知っているの?」

「知っていたら、間違いなく家政婦さんの再契約をするか『あっち』に呼び戻されるかだな」


 その俺の返事を聞いて黒川は呆れたようにため息を吐いた。


「はぁ、仕方ないわね……」


 すると、黒川は何故か突然俺の家の掃除を始め出したのだ。


「とりあえず、ゴミだけでも片付けるの手伝ってあげるわ」

「いや、いいよ! 黒川は家政婦さんじゃないんだし……」

「何よ? 遠慮なら、しなくていいわ」

「するに決まっているだろ? だって、黒川にそんなことする理由がないじゃないか」

「そんなの……理由なら簡単じゃない」



 すると、黒川はとてもいい笑顔でこう言ったのだ。



「だって、私達『友達』でしょう!」






「――ということで、俺の家の大掃除が始まったのでした……」

「そんな演劇のモノローグ風に言われても、この状況の説明にはなっていないと思うんだが?」


 川口先生はそう言って首をかしげながらも『早く続きを話したまえ』と偉そうに言った。

 だから、長い話になると言ったのに……これだから、川口先生は独身なんだろう。


「まぁ、それはあながち間違いでなく、本当にモノローグみたいなもんなんですよ」

「……ということ?」

「貴方は話が長いのよ。もっと、簡潔に説明したらいいじゃない」


 すると、黒川が俺の話を止めるように入ってきた。

 どうやら、黒川も川口先生生涯独身の素質があるらしい。 

 そして、俺の代わりに黒川が簡単にこの状況の説明を一言でまとめてくれた。


「つまり、私が彼の私生活を管理してあげているんです!」


 ……そうなのだ。


 なんやかんやで、誠に不甲斐ないことに現在の俺は黒川なしでは一人暮らしなど到底できない状況になっていた。


 あの日以降、黒川は定期的に俺の家に来るようになって、部屋の掃除をしてくれたり、お昼はこのようにお弁当を作ってきてくれるし、夕飯なんかは今では週の半分は黒川の家に呼ばれているほどだ。


「つまり、今の君は彼女に衣食住の全てを管理されているというわけか……」

「はい………」


 もちろん、黒川が毎日家政婦さんのように来れるわけではないが、そのような日は普通に外食や弁当を買ったりしているし、もう俺は黒川なしでは生きていけない生活になっている。


「その結果、このお弁当というわけです」

「ちゃんと、この私が一人暮らしでも大丈夫なように栄養を考えて作ってあげているのよ」

「なるほど……」


 そう言うと、川口先生は何故か苦虫を嚙み潰したような表情で俺達を見ていた。

 どうしたんだろう? 老眼かな?


「あと何故か、黒川の妹さんもやけによくしてくれるんですよね……」

「灯には事情を話したら『もう既成事実だね!』って、喜んでくれていたわよ?」


 多分、その『既成事実』とは友達って意味なんだよね?

 前に何かを奢ったら友達料で既成事実とか言ってたしそうなんだろう。


「流石に、俺も世話になりっぱなしは悪いとは思っているけど……」

「そんなの『友達』だから当たり前よ!」

「だからって、それに甘えるのは本当の『友達』じゃないだろ?」


 すると、その俺の言葉に川口先生が反応した。


「じゃあ、君も彼女に何か対価を払っているという事か?」

「そんなの当然じゃないですか?」


 もちろん、俺だって黒川には『友達』として感謝している。

 だけど、それに甘えるだけではいかない。


「だから、土日とかは黒川に付き合うことにしているんですよ」

「この前は遊園地に行ったわね」


 黒川の奴は『友達と初めての遊園地だわ!』とかなり浮かれていた様子だったな。

 因みに、そういう時のお金は全部、俺が出すようにしている。

 だって、俺は親から十分な生活費を貰っているが、その生活費は黒川のおかげであまり使わずに余っているからな。だから、その分は黒川が喜ぶことに使うのが、俺のできる限りの『誠意』というものだと考えたのだ。

 それに、何かと『友達料』とか言って黒川もお金を出そうとするからな。


「そ、そうか……まぁ、君達が『それ』で良いのなら私は何も言わないがな……」


 そして、俺達の話を聞き終わると、黒川先生はそう言って何故か残念なモノを見るよう目で俺と黒川を見比べた。

 一体、何故俺達はこの自称キューピットの先生独身に哀れみのような視線を向けられているのだろうか?

 すると、川口先生は俺達に向かって言った。


「まぁ、君達の言いたいことは十分に分かったよ……。だから、最後に一つだけ質問していいかな?」

「まだあるんですか……一体何ですか?」

「私達が答えられることならいいけど……」


 黒川がそう答えると、川口先生は『問題ない。簡単な疑問だよ』と言ってその『質問』を口にした。


「黒川が君にわざわざお弁当のおかずを一つづつ食べさせていただろう? 君達が『恋人』じゃないと言うのなら、何でそんなことしていたんだ……?」

「ああ、それですか……」

「それは、何でって言われてもね……」


 一体、どんな質問が来るのかと思っていたら、予想外の質問が来たな。

 それは黒川も同じように感じたようで、彼女の顔を見ると『なんだ。そんなことか……』という表情をしていた。


 だから、俺達は当たり前のようにアイコンタクトで頷きながら、その質問に同時に当たり前の『返答』をした。



「「だって『友達』だから……」」



すると、それを聞いた川口先生は最後に満足してくれたようで笑顔でこう言ってくれた。



「そうか……とりあえず、爆発しろ」


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俺の青春に友達はいらない。 出井 愛 @dexi-ai

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