第32話「カラオケ」


「さぁ、歌うわよ!」


 黒川と待ち合わせ場所で合流して、俺達が最初に向かったのはカラオケだった。

 部屋は思ったより小さめで俺と黒川の二人が入っただけで窮屈に感じるほど狭い部屋だ。


「カラオケにはあまり来たことないが、この部屋狭すぎないか……?」

「そう? 私はいつもこのくらいの大きさの部屋に通されているから変には思わないけど?」

「いつもって、黒川は誰かとカラオケによく行くのか?」

「貴方、私に友達がいないのを知っているわよね……?」


 あっ……なるほどね。うん、察した。

 どうやら、黒川の趣味は『一人カラオケ』らしい。

 つまり、この部屋も一人カラオケ用の広さなのだろう。どうりで狭く感じるわけだ。


「てか、いきなりカラオケって……黒川は大丈夫なのか?」

「何よ。もしかして、私の歌唱力を疑っているのかしら? 一応、採点で百点だって出したことがあるのよ! それとも、他に何があるのかしら?」

「いや、そういうわけでは無いんだが……」


 そう言いながら、俺は黒川の服装を改めて見た。

 待ち合わせの時はあまり意識してなかったが、今日の黒川は制服でなく私服だ。

 いつも、プー太郎さんをエア友達に見立ててヘンテコな行動をしている所為で忘れがちだが、黒川は見た目だけなら結構な美少女であり、そんな黒川が何故かこんな時に限ってやけに気合の入った大人っぽい私服姿で、お互いの肩が触れ合うようなくらいの距離で隣に座っている。

 さて、考えて欲しい。


 年頃の男女が密室で二人っきり、しかも相手は美少女(メンヘラ気味)……これ誘ってね?


 いやいや、待て待て、落ち着け……っ!

 ――というか、普通はカラオケみたいな密室って女子は警戒するもんじゃないのか……?

 まぁ、逆に信用されていると思っても……いやいや、黒川のことだから『友達と遊ぶ』という目的に浮かれてこの状況に気づいてないだけの可能性があるな……。

 うん、そうだ! きっと、そうに違いない! だから、決して間違いだけは起こさないように気をつけよう……。


「とりあえず、何か曲入れたらどうだ? せっかく来たのに歌わないで駄弁ってるだけなのももったいないだろ」


 そう言って、俺は黒川にタッチパネル式のリモコンを手渡した。

 てか、このリモコンって何か名称あるのか? カラオケとかまったく来たこと無いから『リモコン』としか分からねぇ……。


「貴方は歌わないの?」

「俺は歌わなくていいかな……」


 むしろ、歌える曲が無い。

 何度も言うが俺がカラオケなんて来たことが無いのだ。そもそも、転校ばっかりして日本にすらいたことが無い期間とかもあったとか流行りの曲とかもサッパリ分からないからな。

 まぁ……だから、誤魔化すためにさりげなくリモコンを黒川に押し付けたわけだが……。


「フフ、別に私は貴方がアニソンを歌いだしても笑ったりしないから安心していいわよ?」

「勝手に人の持ち歌をアニソンに限定するの止めてくれない……?」


 しかも、笑いながらそれを言っている時点で信用ならないんだよなぁ……。いや、本当にアニソンしか歌えないわけでは無いんだけどね?


「なんなら、アニソンですら俺はまともに歌えない自信があるぞ」

「それは何の自慢にはならないと思うけど……でも、それならカラオケに来たのは失敗だったかもしれないわね」


 すると、黒川はリモコンをテーブルの上に置き少し寂しそうにうつむいてしまった。


「それは……」


 そう言えば、黒川は友達とカラオケに来るのが夢だったんだよな……。


「まぁ、俺は歌わなくても……こうして、ただ喋っているだけで十分に楽しいけどな……」

「……え?」


 そもそも、今日の俺は黒川の友達役(練習相手)としてここに来ているのだ。

 なら、ここは友達役として気の利いたことくらい言っておくのが普通だろう。そう、あくまで『友達役』としてな?


「……フフ♪ 何よ。さっきは『歌わないで駄弁ってるだけなのももったいない』とか言っていたじゃない?」

「あ、あれは……ただの言葉のあやだ。気にするな……」

「そう、なら気にしないでおくわ♪」


 コイツ……分かってて今の質問したよな?

 たっく、ひねくれた性格してるよな。


「でも……」

「ん?」

「私もこうして、ただ喋っているだけで十分に楽しいわ……」

「そ、そうか……」


 まぁ、お互い様か……。


「そう言えば、黒川はカラオケに良く来るみたいだけど、普段はどんな曲を歌うんだ?」

「そうね。私は基本的に今流行している曲とかを中心に歌っているかしら」

「へぇ、流行の曲か……例えば?」


 黒川はそう言うと、スマホでその曲を再生して聞かせてくれた。


「ほら、こういう曲よ」

「これが今の流行りの曲か……」


 なるほど、軽く聴いてみたが、歌から『青春』とか『友達』というキーワードが頭に浮かぶような……流行の曲とあって、かなりさわやかなノリの曲だな。

「どうかしら?」

「あぁ、いい曲だな」

「でしょう!」


 でも、正直……意外だな。


「黒川でも、こういう曲を歌うんだな……」

「むぅ……ちょっと、それはどういう意味かしら?」

「そ、それは……」


 黒川のことだから、こんなさわやかな曲じゃなくて『孤独』とか『さよなら』みたいなキーワードが出てくる歌を歌っていると思っていた……なんて言えないな。


 ……だって、歌ってそうじゃん?


「いや、よく流行の曲を知っているよな~って、意味だよ! ほら、俺も今どんな曲が流行っているとかまったく知らないからさ」


 実際に、クラスでまともに話す相手がいないと何が人気なのかとか情報がまったく入って来ないからな。

 それに、黒川が流行の曲とかをチェックしているのも意外――


「だって、友達とのカラオケって皆が知っている曲しか歌っちゃいけないんでしょ? それに、流行の曲を練習しておけば友達と一緒に歌うこともできるし……」

「それって、一緒に歌う友達がいないと意味が無いんだよな……」


 何て無駄な努力なんだろうか……。


「もしかして、お前が一人でカラオケに来ているのもその流行の曲とやらをチェックして歌えるように練習するためだったりして……」

「な、なんか喉が渇いちゃったわね! ドリンクが来るの遅くないかしら!?」


 どうやら、図星だったらしい。

 マジかよ……。


「ちょっと、ドリンクはまだかフロントに確認をするわね」

「あ、おい! そんないきなり立ち上がったら――」

「キャ!」


 すると、立ち上がろうとした黒川がテーブルに足を引っかけたのかバランスを崩した。

 だから、ソファーとテーブルの間が狭いから、立ち上がるならスペース開けるって言おうとしたのに……っ!

 とにかく、俺は今にも倒れそうな黒川の体へ手を伸ばして――


「…………」

「…………」


 結果、俺は黒川を押し倒すかのように覆いかぶさり、右手は黒川の胸を鷲掴みにしていた。


「えっと……これは、叫び声を上げられたくなかったら、私と友達になりなさい。って、言うべきなのかしら?」

「良くこの状況で『脅す』って選択肢が取れたね!?」


 むしろ、悲鳴を上げられた方がまだ可愛かったよ!


「そのわりには、貴方もよく私の胸に手を当てたままツッコミを入れられたものね?」

「え、あ! ご、ゴメン……」


 言われて俺は未だに黒川の胸を鷲掴みしていることに気づいて手を放し黒川から離れた。

 危ない! 凄い柔らかかった……やっぱり、密室は危険だな。


「や、やっぱり……私だけが歌っても貴方が楽しくないだろうし出ましょうか?」

「…………」

「それに、こういう場所に二人っきりになるのも良くないと思うし……」

「…………」


 どうやら、今ので黒川も認識を改めたらしい。

 いや、気づくの遅すぎだろ……。


「あ、安藤くん……?」


 でも、それだと……


「歌……」

「え?」

「友達に聞かせるために練習したんだろ……」

「……ええ!」


 そう、それだと俺が黒川の友の練習相手になっている意味が無いじゃないか。

 今日の俺は黒川友達としてここにいるんだから。


「まぁ、あくまで練習相手としての意見だからな……」

「えぇ、分かっているわ♪」


 因みに、黒川の歌はとても上手かった。



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