第二章【関係】

第14話「クラスメイト」



 私は人付き合いが苦手だ。



 中学の頃から、勉強も運動もできたけど、唯一『友達』はできなかった。


 だって、勉強や運動は授業や練習をすればできるようになるけど……

 友達の作り方だけはどうすれば『友達ができるか』なんて誰も教えてくれないもの!


 だから、高校では友達が欲しいと思った。

 でも、私には友達の作り方が分からない……


 なら、友達になりたいと思われる人間になればいいと思ったのだ。


 この人と友達になりたいと思われるような、完璧で……魅力的な人間になればいい!


 だから、高校では中学の時よりも勉強も運動も頑張った。頑張って、努力して、誰にも頼らないで……そう、完璧な人間はきっと誰かに頼ったりしない。


 誰かに頼った瞬間、私の価値は無くなると思った。逆に、私が一人で何でもできる完璧な人間であれば、誰かが私を頼るはずだ。


 そうなれば、自然と私の周りにも友達ができると思ったから……


 なのに、結果は私の周りから人が離れていくだけだった。


 テストで結果を出せば、勉強を教えて欲しいと言った子が『こんな問題も分からないの?』 と言っただけで次からいなくなってしまう。


 体育の授業でバレーボールをした時は『私だけで十分だから、パスは全部私に回してくれる?』と言ったら、私にだけボールが来なくなった。


 クラスという狭いコミュニティーの中では私の魅力は収まりきらないと思い。部活に入って活躍すれば、三日で部活から私の居場所が無くなった。

 それは、どんな部活でも同じで……各種運動部から文芸部まで、いろんな部活を体験入部で入ってみたが、どれも『私がこの部活に入れば安泰よ』と言って出した入部届を受け取ってはくれなかった。


 そんな時、担任の先生が私に言ったのだ。



「居場所が無いなら、君の居場所を作ればいい」



 それは要約すると、入る部活が見つからない私に、部員がゼロで廃部寸前の演劇部に入らないか? という提案だった。


 正直、この時は何か利用されている感じと『演劇部ならいくらでも一人で友達を作る練習ができるぞ?』という言葉が気に入らず直ぐに断ったのだけど……



「フム……つまり『友達』よりも『彼氏』が欲しいのか?」

「セクハラで訴えますよ……」



 結局、入る部活が無かった私は演劇部に入ることにした。



「この部室をどう使うかは君次第だ」



 川口先生はそう言って私に演劇部の部室の鍵を預けてくれたけど、所詮は一人だけの部活。

 演劇部として活動をすることもできなければ、一緒に過ごす相手もいない。


 あくまでも、この部室は私の居場所……そう、私『だけ』の空間だ。


 そんな私の居場所に彼は突然現れた。



「失礼します」

「……だれ?」



 それは私が入学して夏休みも終わった9月頃、まったく見覚えのない男子生徒に私が困惑していると、顧問の川口先生が彼を紹介してくれた。



「部活見学で連れてきた転校生の安藤だ。同じクラスなんだし知っているだろ?」



 正直……まさか、クラスメイトだとは思わなった。


 いや、転校生がいたのは覚えているのだけど……でも、男の子だったし見た目も地味でパッとしないので、その他モブBくらいにしか思っていなかったのだ。



「まぁまぁ、クラスメイドなんだ。友達になるいいきっかけだと思わないか?」

「と、友達……」



 川口先生も半世紀に一回くらいは良いことを言う。


 確かに、この部活は私だけだから、彼も転校したばっかりで頼れる人もいないだろうし……入部するというのなら?

 まぁ、この私が友達になってあげても――


 しかし、そんな思考は次の彼の言葉で吹き飛んだ。



「いや、俺は友達とかいらないんで……」

「……はぁ?」



 正直、今直ぐにでもこの男をぶん殴ってやろうかと思った。

 と、友達がいらないって……この私がどれだけそれ友達を欲しがっていると……っ!


 そして、私はこんな男、入部したって絶対に友達になってあげるものかと胸に刻んだのだ。


 しかし、翌日……。



「…………」


「バリおは!」

「バリおは~」



 私は教室で流行りの挨拶(?)をしているクラスの女の子達を見ながら、彼に挨拶をするか迷っていた。

 何故、彼に挨拶をするのか? 答えは単純だ。



 わ、私も……あの挨拶を誰かにしてみたい!



 ……ただ、それだけの理由だった。


 だけど、挨拶なんてする相手がいない私にとって、唯一する相手がいるとしたら昨日部活で会った彼くらいだ。


「え……何?」

「あ、あの……」

「えっと、その……ば、ば――」

「……ばぁ?」


 なので、意を決して彼の席の前まで足を運んだのだが……



「……なんでもないわ」



 結局、その挨拶をすることはできなかった。


 そもそも、何で私が挨拶をしなければいけないの? 考えてみれば彼の方から私に挨拶があるべきなのだ。だって、私は部長なのだから!

 彼が演劇部に入りたいというのなら、部長の私に挨拶することは当然だと思う。


 それに、彼は『友達なんていらない』と言っていた。

 そんな男が私の居場所に入って来るなんて……ゴメンだわ。



 そう、思っていたけど――



 数日後、彼は正式に演劇部に入部してきた。


 まぁ、どうせ私の時みたいに川口先生に上手く言われた結果だとは思うのだけど……でも、入部しちゃったからには仕方ないわね!


 いくら、部長とは言っても私に彼を追い出す権利なんて無いのだし――



『居場所が無いなら、君の居場所を作ればいい』



 ……居場所が無い苦しみを私は誰よりも知っているのだから。



「だから、貴方も自由にすればいいと思うわ」

「そんなもんか……」

「ええ、部長と言っても所詮は一人だけの部活動だもの……」



 私は彼にそう言った。

 どうせ、ここには私しかいないのだから好きにすればいいと。



「……一人じゃないだろ」

「え……?」



 でも、彼は言った。一人じゃないと……



 そう、彼が入部したことで、この部室居場所はもう一人ではないのだ。



「あ、いや……一応、俺も入部したわけだし……暇だからな。これからは、俺もここで時間潰してから家に帰ろうかなと……」

「そ、そう」

「あぁ……」



 正直、彼がそこまで深く考えて話してないことは当然分かっている。

 こんなの私が勝手に良い解釈をしているだけだ。


 だけど……。



 彼とは意外と仲良くなれる気がした。





 ――と、思った次の日、私がお昼に一人でぬいぐるみのプー太郎さんとおしゃべりしているところを彼に見つかった。



「…………」

「…………」



 最初はあまりの気まずさに、いっそここで彼を殺して私も死のうかと本気で考えたけど、そこは私の完璧なる演技でなんとか誤魔化すことができた。


 そして、私は誤魔化すついでに彼もここでお昼を食べないかと誘うことにしたのだ。


「あ、貴方も演劇部なんだからお昼はここを使ってもいいのよ……」

「え? いや、それは……」


 そんなことを言って断っていたけど、結局翌日からは彼も部室でお昼を食べるようになった。


 彼曰く『いや、クラスメイトが俺の席を勝手に使っているからここに来ただけだし……』とは言っていたけどね。


 でも……部室で食べるなら、何か会話くらいしてくれたっていいんじゃないかしら!?


 だって……せっかく、プー太郎さん相手にしたおしゃべりの練習が無駄じゃないのよ!




 そんなある日、家の猫を見せるため彼を部屋にあげることになった。



 最初は知り合って間もない男の子を自分の部屋にあげるのはどうかとも思ったのだけど……だけど、部屋にあげるということは……これはもう、実質『友達』みたいなものではないか? という考えと、友達を家に招待したいという欲望が合わさり、ここで彼を部屋にあげてしまえばある意味『友達』の既成事実になるのでは? と思って、家に招待することにしたのだ。



 ――でも、彼は言った。



「別に、友達じゃないし……」



 そして、妹の灯に私との関係を尋ねられた時には――



「た、ただのクラスメイトだよ……」



 ……正直、物凄くムカついたわ。


 確かに、彼が私のことを『友達』だと思っていないのは分かっていたけど……でも、こうして言葉にされると凄くムカつく!


 でも、ムカつくだけで……私に何かを言う権利なんてそこには無かった。

 だって、私は自分の気持ちを彼になにも話していない。


 なのに、文句を言う権利なんて私には――



「いいから! とにかく、お姉ちゃんも準備して!」



 だけど、そんな私の迷いを見抜いて、妹の灯が私の背中を押してくれた。

 私の耳元で『ちゃんと仲直りしてよね?』と言いながら……



 そして、私は帰る彼を送りながら、再び自分の言葉でその質問をした。



「ねぇ、貴方にとって私は何なのかしら?」



 ねぇ、貴方は知ってるかしら?


 私には『友達』もいないけど――



「……ただのクラスメイトだよ」

「そう……」



 だけど、私のことを『クラスメイト』として見てくれる人もいないのよ?

 

 最初は私の周りにいたクラスメイト達も、今ではすっかり私のことを無視しているもの。


 だから、その『クラスメイト』でさえ私にとっては特別な存在友達なのよ。



「貴方は友達が欲しいとは思わないの?」



 ねぇ、貴方は寂しくないの?



「……思わないね」

「なら、何で……」



 貴方はそんなに辛そうに『友達なんていらない』って言うの……?



「わ、私は……友達が欲しいのよ!」



 多分、私と貴方は似ている。



「だから、貴方が良かったら――」



 ひねくれてて、頑固で、強がりで……



「私と! と、とも……」



 ――だから!



「黒川」



 私が貴方の友達に――



「俺達はただのクラスメイトだ」

「そう……」



 それでも、貴方は『友達はいらない』というのね。



「あ、安藤くん!」



 だけどね? これくらいで、私が諦めると思ったら大間違いよ!



「ま、また明日……っ!」 

「あ、あぁ……」



 確かに、私と彼は『まだ』友達じゃない。


 でも――



「……また明日」




 まぁ、挨拶くらいなら……クラスメイトでもしていいわよね?






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 YouTubeにて執筆風景を配信中!



【今回の作業アーカイブ】

https://www.youtube.com/watch?v=ybn9S-_DsoI


 詳しくは出井愛のYouTubeチャンネルで!



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