その6 学院長はショタジジイ


「ナナっさん!? ど、どこにいるんですか!?」


 私は虚空に向かって話す。

 部屋の中から声はすれども、姿は見えない。

 けれど間違いなく彼はここにいるはずなのだ。


「そんなあだ名で呼ばれたのは初めてじゃが……」

「すいませんすいません! どうしようもない口ですいません! な、ナナっさんの言葉の響きが好きなんです……!」


 どこからともなく聞こえてきた声は、ちょっとびっくりしているようだった。

 影も形もないものが戸惑っている姿を感じ取って、私もまた戸惑ってしまう。


 ついつい生前に広まっていた彼のあだ名で呼んでしまった。

 初対面で失礼すぎる。


 私は必死にその辺の壁に向かってペコペコと頭を下げるが、果たしてこれで謝罪としてあっているかは謎だ。

 後ろにいたらお尻向けて謝っていることになっちゃうしな……。


「ナナっさん、ナナっさんか。確かにおもろい響きじゃな」


 その声は今までと違い、明らかに隣から聞こえてきていた。

 私は横を見る。


 すると、部屋に設けられたサイドテーブルに、いつの間にやら堂々と、お行儀悪く腰掛けている少年がいた。

 紫色の燕尾服を着た怪しげな白髪の美少年。

 その生意気そうな瞳を私は覚えている……彼はナ・ナタ・エカトスティシスという。


 何を隠そう当魔法学院の学院長様だ。

 つまり、学院で一番偉い人!

 

 まるで子供のような、十歳程度にしか見えない容姿をしているけれど、それはめちゃくちゃすごい若作りの結果であり、実際は数百年の時を生きる長寿の魔法使いだ。


 いわゆるショタジジイ。

 ちなみにゲームでは……攻略対象外!

 結構な数のショタコンが泣いたという。


「いやいや、いいではないか。学院長なんて堅苦しいもの、わしには似合わんと思っておったんじゃ。存分に、ナナっさんと呼ぶが良い。いや、呼べ!」


 幼くも尊大な態度で腕を組む学院長様は、なんとナナっさん呼びの許可を出してしまう。

 Twitterで変なこと言ってたら公式に捕捉されてしまった時のような気まずさがある!


 そう、彼は面白いことが大好きでしかも超超ノリの良い人なのだ。

 だからファンからの呼び名もなんかノリのいい感じになったのだと思う。


「はい! な、ナナっさん、あの、う、うわー! 会えて嬉しいです! 学院に入学しても全然見かけないから、もしかしたらいないのかもって思ってました!」

「なんじゃなんじゃ! さっさと会いに来るべきじゃったか! ガッハッハ! 愛いやつじゃのう!」


 ナナっさんは喜ぶ私の姿を見て、更に喜んでみせる。

 この素直さが、か、可愛い。

 無邪気で、本当に童子みたいだ。

 こうして実際に会ってみると、ちっこすぎて子供にしか見えない。


 じ、実は私もナナっさんが非攻略キャラな事実に泣いた一人なので、話せるだけでとてつもない感動が胸に押し寄せて来ていた。

 亡くした子にあったかのような……いや、何も亡くしてないけれど!


「わしはレアキャラじゃからな。そう易々と表には出てこないんじゃよ」


 そう言って少し自慢げにドヤ顔するナナっさんはやはり可愛い。

 でも、実際、学院長って忙しそうだし、なかなか姿を表さないのも分かる気がする。

 遊び呆けてる可能性も高いけれど。

 

「そういうところが素敵だと思います! ひょっこりといつの間にか現れてるところが超然として良きですし、隠しキャラみたいな趣もあります!」

「そうかそうか! ガッハッハ! もっと言うが良いぞ? いや、言え!」

「銀河系一の美少年! 真っ白な髪はまるで雪の降る日の朝! 五億年に一度のイケショタ! 幼く妖艶な禁断の果実! 美美美の美太郎! 肩甲骨に水溜めて欲しい! 仙骨にも溜めて欲しい! 美笑する魔術師! 可憐と書いてナ・ナタ! そんなに綺麗になるには眠れない日もあっただろう!」

「ガッハッハッハッハッハッハッハ!」


 調子に乗って好き勝手言う私の言葉を聞いて、ナナっさんもどんどん調子に乗っていく。

 調子乗りスパイラルが完成してしまった……恐らくは永久機関。

 取ってしまう……! ノーベル可愛い賞を!


 そして、これは本当に困ったことなのだけど、止める人がいないので、私とナナっさんはしばらくこんなやり取りを続けることになった。

 なんと時間にして三十分くらい、推しを推す私と推されるナナっさんという構図が続いてしまった。

 夜中に何してるんだろう私……。


 もうなんかボディビルの掛け声みたいになっちゃってるし!

 これって本当にコミュニケーションとして成立してる? 大丈夫?

 世の中の皆さんって毎日こんな感じで会話を楽しんでると思っていいですか?


「おっと、ちょっと遊び過ぎたか。すまんのう、『真実の魔法』がかけられているというのに、長々と邪魔してしもうて」

「はぁ……はぁ……い、いいんですよ。わ、わたしも、楽しいので……」

「なんでボロボロになっとるんじゃ!? 完全に息が切れておるではないか!」


 しばしの歓談を終えて、ナナっさんは時計を眺めながらそう言うが、私は何故か満身創痍だった。

 え、永久機関ではなかったか……。

 私の、雑魚すぎる、体力を、忘れていた……。


 しかしこれで『真実の魔法』の新たな問題点が見えてきた。

 それは誰も止めないと永久に喋り続けるということと……そして、長年喋ってこなかった私に長話は無理ってこと!

 先に体力が尽きる!


「落ち着いて息をするんじゃぞ」

「ご、ご迷惑お掛けして申し訳ありません……」

「完全にわしが悪いから謝らんで良い!」

「わ、私もお喋りが、楽し過ぎて、調子に乗っちゃいました、から」


 ナナっさんの小さい肩を借りて私はベッドに腰掛ける。

 子供に看病されているみたいで申し訳ないな……中身はかなり年配だけど!

 いや、年配の方に看病されるのも申し訳なさは変わらないか……。


「じゃが、これでわしも理解した。お主が『真実の魔法』をかけられて、なお元気そうにしている理由がな」

「は、はい、見ての通り元気、いっぱい、です……」

「自分で言っておいてなんじゃが、説得力に欠ける様子じゃなぁ」


 髪を乱してベッドに突っ伏す私は、確かにどこからどう見ても元気ではないけれど、これは元気が有り余った結果の出来事なので、元気さの証明でもあるはずだ。

 それに、話しているだけでボロボロになるのは魔法のせいというより、完全に私個人の問題なので、『真実の魔法』は無実である。


 早朝のランニングとか始めようかな……。

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