その5 友達から始めましょう


「ジョセフ、それでは言い方が幼稚すぎますよ。そもそも、友達より恋人の方が効果的な話です」


 こ、恋人!?

 それは……無理!

 だったら、まだ友達から始めさせて欲しい!

 

 ……なんか告白断る時にありがちなセリフみたいだ。

 断ったことも受けたこともないのに!


「今のラウラの状態で恋人は厳しい……なによりラウラに恋人はまだ早い。俺は許さん」

「駄目なお兄様ですねぇ」

「あ、あの! 友達を作ることや恋人を作ることがどうして『真実の魔法』の抑制に繋がるんですか?」


 そう、これは別に私をリア充にしようという話し合いではない。

 『真実の魔法』対策会議のはずだ。

 リア充になるのと『真実に魔法』を解くのとでは何故か後者の方が難しく感じるけれど。


「それはだな……これは古典的な方法なんだが、そもそも全ての魔法は魔力の強い者の近くで過ごすことでその効果を弱めることが出来るんだ」

「あっ、それ聞いたことがあります!」


 ゲーム内のどのルートでも、主人公のジェーンにかけられた悪質な魔法を解除する為に、攻略対象と一緒に暮らすような話が確かあったはずだ!

 通称、ドドド! ドキドキ同棲タイム! (公式HPに書いている)。

 

 ……今の私の立場ってそれなの!?

 ジェーンに比べてお笑い色が強すぎない?

 

「だからこの学院の魔力の強い奴らに協力させて、なるべくお前と行動を共にさせようと思う」

「いやいやいやいやいや! お兄様、流石にそれは皆様に申し訳がありませんよ! あの、私は少しづつ治せていければ十分ですので!」


 お兄様のかつてない強烈な提案に私は全力で首と腕を振った。

 何故私がここまで必死に断っているか、その理由が分かるだろうか?


 勿論、人見知りなのもある。

 けれど、一番の理由はこの学院で魔力の強い人たちというのは……ゲームにおける攻略対象四人のことだからだ!


 急にそんな推しが押し寄せてきたら、もう気分は相撲取りのおしくら饅頭くらい圧迫感がある!

 絶対に汗がやばい!

 汗で海が生まれそして生命も生まれてしまう。

  

 よってこの案は生命の為にNG!

 だめ絶対!


「……なら、中間で行くか。俺からそいつらに、強制ではなく話しを通しておく。それで、どうだ?」

「しかし、皆様にも学院生活があるでしょうに……」


 そう、私の羞恥心の問題がなくても、この方法を私は選びたくない理由があった。

 

 まず、彼らには彼らの生活がある。

 それを私は大切にしてもらいたい。

 

 特に今は学院生活という人生においても大切な時期であり、しかも運命の人と……ジェーンと誰かが結ばれるはずなので、私がその邪魔をしてはファン失格すぎる。

 推しの重しは本当に良くない。

 むしろ推しの踏み台になりたいくらいなのに。


「ラウラよ、これはお前の為というより、兄が心配性なのだと思って受け入れてくれないか? お願いだ」

「うっ……お兄様にそう言われると断れないのが私ですよ……」


 自分の尊敬推する兄であり、推しでもあるお兄様が、頭を下げてお願いしているのに断るのは流石に無理だった。

 これ以上は、ただの私の我儘になってしまう……。


「すまないな……人と関わりたくもない状況だろうに」

「いえいえいえいえ! 大丈夫ですお兄様! 今、私は久しぶりに人と話せて嬉しい気持ちもあるのです! ま、まあ、魔法による強制という情けない方法ではありますが……それでも、久しぶりに清々しい気持ちなのです。人と話す時に喉を締め付けられない感覚は久しぶりで、それが、楽しいです!」

「そうか……」


 話がまとまったところで、横から品の良い拍手の音が響いた。

 それはすっかり蚊帳の外に置かれていたヘンリーの細く長く艶やかな指からなされたもので、その顔はこの上なくにこやかだった。


「素晴らしい兄妹愛を見せてもらいました。ジョセフ、私は勿論協力させてもらいますよ」

「お前は最初から頭数に入っている」

「扱いが雑ですねぇ」


 笑顔でお兄様と話すヘンリーは何故かとても楽しそうだった。

 そ、そうだ! 魔力の強い人たちとは攻略キャラのことなのだから、ヘンリーが入っているのは当の話だ!


 ヘンリーと一緒に過ごす……頭の中で輪唱しても、それは現実感がまるで伴わない。

 ……というか、私じゃなくてジェーンと過ごして欲しい!

 イチャラブな青春してほしい!


「へ、ヘンリー様、あの、無理はなさならないで大丈夫ですので! 私、一人でも結構生きていけるタイプの弱者です!」

「それは面白いタイプに弱者ですが、いえ、無理はしていませんよ。ちょっと、貴女に興味が湧いて来たのです。前々から不思議な子だと思ってましたが、ここまで面白い子だったとは」

「お、おもしれぇ女パターンですか!?」


 『おもしれぇ女パターン』とは何か?


 それは普段、周囲の全てが自分に気を遣って生きてきた偉い人物に発症しがちな病。

 周囲とは異なる存在に惹かれる思い… …。

 それが『おもしれぇ女パターン』である。


 基本的に普通の女の子が主人公である少女漫画において、イケメンの目に止まるならおもしれぇ女と思われるのがごく自然であり、割と頻発する。

 でも、今の私っておもしれぇ女っていうか、頭おかしい女だと思いますよ!


「面白いのもありますが、可愛いですよね」

「か、可愛い!?」


 からかうような口調でヘンリーは私を殺しにくる。

 マジで私の心臓を不整脈にしようとしてくるじゃないかこの推し。

 このままではラウラ・メーリアンの死因は萌え死になりかねない。

 享年十七歳ではお兄様に申し訳ないので私は全力でキュンキュン攻撃を耐えた。


 しかし、可愛い……?

 容姿はラウラ……つまりは愛らしい姿にどす黒い心というキャラのものなので、確かに可愛くはある。


 けれど、私があまりにも陰気だったので、まるでその心がにじみ出たかのように、今の私はやや暗い容姿になっている。

 きっと、真の美しさと言うのは心の底から溢れ出る自信にこそあるのだと思う。

 自信満々の人は、容姿が数割増しで良くなるものだ。

 私には永遠に辿り着けない境地だなぁ。


「ええ、可愛いですよ? 犬みたいで」


 輝くような笑顔と共に放たれたヘンリーの言葉はどSだった。

 ご褒美ですけども!


「い、犬ですか! はい! それくらいが丁度いいです! 犬です! ワン!」

「こら馬鹿王子、人の妹をからかうな」


 自分のポジションが面白い珍獣くらいの立ち位置なのが分かって、私はめちゃくちゃ安心した。

 私などがヘンリーのお眼鏡に叶うわけがないと知りつつも、どうしてもドキドキしてしまう。

 我ながら、チョロい!


「はははっ、すいません。あと、僕の方で魔力の強い人物に心当たりがあるので、明日連れて来ましょう」

「……俺は明日すぐに家に戻って本棚をひっくり返して『真実の魔法』について調べる必要がある。だから、明日はヘンリー、お前が助けてやってくれ」

「おっと、そうですか。では、お任せください。友に誓って、妹さんに不自由な思いはさせませんよ」


 ヘンリーは超絶かっこいいことを言ってみせつつ、更になんと私に向かってウインクをした。

 お、王子ぃー!

 今、ヘンリーの背後に恐らくオウジイイイイイというオノマトペが貼られている。


 こ、この動作が似合うのイケメンオブイケメンでイケボオブイケボのヘンリーだけでしょ。

 もはやイケメンに擬人化としか思えない。


「もういい時間だし、今日はここまでにしよう」

「ええ、では明日、寮まで迎えに行きますので。馬車で」

「馬車で!?」

「そいつは笑顔で冗談言うから間に受けるな」


 そうだった、ヘンリーは笑顔でどSなキャラだった。

 イケメン王子がちょっとからかえば、私程度、その辺にいるちょろいモブみたいなもんだと証明されたところで、その日はお開きになった。


 猛攻撃によって顔面茹で蛸となった私は、お兄様に連れられて寮へと帰宅する。


「ラウラ、別に少しくらい実家に戻って休んでもいいんだぞ?」

「だ、だいじょうぶです! 私、この学院が大好きなんです! だから、なるべくここにいたいというか」

「本当にお前は良い子だな」

「いいえお兄様。私は良い子ではなく欲の子なのです。好きなものに囲まれていたいだけなんです」


 それはもう見事なまでに私の本音だった。

 

 お兄様と寮の前で別れて、私は自分の部屋まで帰宅する。

 寮は貴族中心の学校だけあって、一人部屋が基本だ。


 ……だと言うのに、部屋に帰宅した私を待ち受けている声があった。

 それは子供のように幼く、しかし年寄りくさい声だった。


「おーう、遅かったのう。待ちくたびれたわい。お主のお兄様は、余程心配性なんじゃな」


 こ、この特徴的な話し方は!

 私は前世でその声を聞いたことがある。

 これはショタジジイの……学院長様の声!?

 

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