その7 ランニングチート


「『真実の魔法』をかけられたら、普通はもっと暗く醜くなるはずなんじゃが、お主は逆に明るく清くなっておる。理由は恐らく、長年人と話さなかったせいじゃろうなぁ」

「清さは自信ないです!」

「自信満々にすごいことを言うのう……」

「明るさも自信ないです!」

「暗いこというのう……」


 私の暗さたるや、本来は月のない夜の闇と同じくするレベルだ。

 今はそんな夜に人工的な証明が照らされているにすぎない。


 最も、その光は人の目を傷つける光度なのだけど。

 私にもダメージがくるレベル。

 自分で輝き自分で目を潰す……新手のスカンクかな?


「要するにじゃ、お主は話したいことがたっくさんあったんじゃよ。今は、長年できなかったそれを一生懸命に話すことで精一杯なんじゃ」


 ナナっさんの言っていることは正鵠を得ている。

 私は無口でコミュ障で喋り下手だけど、実際、人とおしゃべりをしたいとはずっと思っていた。

 けれど、喉を握られるようなイメージによってリアルでそれを実行することはできなかった。

 だからこそ、今の私は暴走しているのかもしれない。


 でも、私の暴走の理由はそれだけじゃない。


「それはあります! でも、それ以上に、私、この世界が大好きなんです! 世界箱推しなんです! だから、もう好きまみれ推しまみれな世界にいるのにそれ以外のことなんて、考えている余裕ないっていうか! 普通、極上の焼肉食べている時に肉以外に思考を持っていかないじゃないですか? それと同じです!」

「つまり……お主は本気でこの世界の全てが好きだから悪意が盛れないというのか!? 狂人じゃな……」


 そう言われると確かに狂いすぎているかも……。

 でも、事実、私風情が神ゲーたるこの世界に言える文句なんてあるはずがない。

 

 もう少しで、学院から追放されるところだったけど、それだって私の不徳の致すところでもあった。

 い、いじめをものすごく疑われたのはショックだったけど!

 

「ろ、ローザに追及されたのは結構な衝撃でしたけど……そうだ! ナナっさん! ローザはどうなってしまうんですか!?」


 ローザのことを思考した瞬間についつい口に出てしまっていた。


「ローザか、奴は許されぬことをしたからのう……」

「『真実の魔法』は確かにエゲツない魔法ですけれど! ローゼも悪気があって……やったと思いますけど! 本当は優しい子……だけど結構苛烈でトラブルメーカーなんです!」

「いよいよ許せんやつではないか」


 ううっ、ローザは主人公目線で見ると、とても頼りになる子なんだけど、ラウラ視点で見るとどうにも擁護し辛い!

 それもそのはずで、本来敵味方の関係だ。

 でもでも、それでも私はローザにジェーンの横にいて欲しい……!


「とにかく! 温情をお願いします!」

「強引に押し切ったのう……なぁに命までは取らぬよ。相応の罰は受けさせるがな」

「怖いっ!」

「学院長じゃからな! ガッハッハッハ! ラウラウ! 困ったことがあればいつでも呼ぶが良いぞ!」


 笑い声が部屋にこだまする中、ナナっさんの姿がどんどん薄くなっていき、遂には完全に姿を消した。

 嵐のように現れて嵐のように去っていく。

 実にナナっさんらしい……。


 こうして私が『真実の魔法』をかけられた記念?すべき一日目が終了した。

 

 こ、濃ゆい一日だった。

 私はベッドに倒れ込んで目を瞑る……。

 夢のような一日の締めは夢の中で……そうなるはずなのに。

 

「でもお兄様と久しぶりにお話しできてすっごい優しくてかっこよくて目付き悪くて最高だったし、ヘンリーも紳士的な一面とどSなところが見れて超興奮して、更に更にナナっさんが私の部屋に登場するなんて……もしやオタクとしては最高の一日だったのでは? いや、いやいやいや、冷静になって振り返ると……」


 『真実の魔法』は一人でいてもその効果があるのか、独り言がどんどん口から漏れ出てしまう。

 そして、そう、冷静になって今日一日を振り返ると……。


「恥ずかしい! な、なんで一日の羞恥心って寝る前に急に襲いかかってくるの!? ああああああ! この口が! この口があああ!」


 ベッドの中でジタバタと赤面しつつ、大声で枕を叩く思春期みたいな女がそこにはいた。

 悲しいことに、それは私だった。



 


 気付けばぐっすりと寝ていた私は早朝に目を覚ました。

 羞恥心より疲労が増さったようだ。


 昨日は本当にいろいろあったけれど、だからといって私には止まっている時間なんてない。

 今日から始めようと思っていることがあった。


 私は学院指定の運動服に着替えると寮を出て、朝靄が広がる魔法学院の周囲を走り始めた。

 そう、ランニングである。

 もっと言えば体力作り。


 昨日は運動不足で体力が持たずに喋り疲れ倒れるという無惨な姿を晒してしまった。

 いくらなんでも虚弱すぎる。

 長らく入院生活をしていたけれど、ついに退院して学校に通うようになった結果、はしゃぎすぎて倒れるそんな病弱ヒロインのようだった。

 そんな過去……ないけどね!


 ナナっさんの肩を借りているときに、私は誓ったのだ。

 そうだ! 走ろうと!


 現代知識で無双できるほどの博識は私にはないけれど、これが私にできる最大の現代知識!

 これが私の現代チートだー!


「体力がないなら……ランニングする!」


 当たり前のことを力を込めて言いつつ、私は校舎の周囲を軽快に走り出す。

 その足取りは我ながら軽い。


 い、意外と走れているのでは?

 もしかして、この分野の才能がある!?


 私は気持ちの良い朝の空気を吸ったことで調子に乗り、走るペースを加速させる。

 それはあまりにも無謀な勘違いだった。

 




 五分後、そこには木陰でぶっ倒れている女の姿があった。

 余程疲労したのか、涙と涎でぐしゃぐしゃな顔になっているその女。

 ええ、それは私です。


 ランニングにおいて最も重視すべき丁度良いペースというのが分かっていなかった私は、肺に冷たい空気をたくさん吸い込んで、もうお見せできないほどの酷い顔で死にかけていた。


 甘く見ていた。

 ランニングを甘く見すぎていた!

 というか忘れていた!


 前世でも、授業で長距離走をしては毎度こんな目にあっていたはずだというのに、すっかり忘却して、調子に乗ってしまうのだから私ってほんと馬鹿……。


 ど、どうしよう……動ける気がしない。

 まるで地面に根を張った大木!

 た、立ち上がれる気さえしない。


「おい、そこの死体もどき。大丈夫か?」


 まさに死体のように横たわる私に、天から声が振ってきた。

 疲労の限界でお迎えが来たのかな?

 まさかこんなバッドエンドパターンもあったとは……。


「天使さん、来世も推しいっぱいの世界がいいです……」

「いや、天使じゃねぇわ」


 少々ガラの悪い声の持ち主は私の言動に呆れていた。

 頑張って、頭上に視線をやると、木陰となっていた木の上に、一人の青年が腰掛けている。


 こ、こんな木に登るなんて本来お茶目な行動が最高にかっこよく見えるのは、あの方以外ありえない!

 声も聞き覚えがある……そう、それは四人の攻略キャラのうちの一人。


 不良枠の彼のようだった。

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