第4話 行方不明


王国と魔界の境界にある関所を抜け、林道を越えるとすぐ城下町だ。

穏やかな青空の下、人々は楽しそうに過ごしている。通りの店から声が上がり、忙しなく生活している。


「全っ然勇者で騒いでなさそう……」


シェフィールドはため息をついた。

平和という言葉にふさわしい空間だ。

まだら髪を隠すため、つばつきの帽子を深くかぶっている。


「あの預言書は王家の持つ秘密の書物だからな。住民は知らなくても当然だ」


魔王はシャツにジーンズというラフな格好をしている。赤ん坊でも食べられるようなお菓子を適当に見繕ったらしく、手には紙袋を下げている。

噴水広場の前で待機するよう言われ、二人は突っ立っていた。


「我は三賢者がひとり、ライブラであるッ!

監査員殿、お久しぶりです!」


ローブをはためかせ、暑苦しい声は広場中に響いた。魔王と同年代くらいの男性だ。

襟元に刺繍された白の星マークは王家に仕える魔法使いの証だ。


「実に久しいですな、ライブラ殿。

挨拶が遅くなり、申し訳ありません。

イバラ殿から『勇者』殿が誕生したと聞いて、様子を見に来たのです。

しかし、私の立場上、母子ともに落ち着くまで訪問しないほうがいいと判断し、機会を見送っておりました」


魔界に『勇者』がいることを知られておらず、監査員であるこの人も預言書を頼りに訪れたとなれば、別に不自然でも何でもない。

しかし、現実はかなり複雑だ。

よくもまあ、そんな嘘をつけたものだ。


「そんなことを考えておられたのですか……私共としては、立場など関係なく『勇者』様の誕生を祝うつもりでいたのですが」


ライブラは魔王の嘘を鵜呑みにしたようで、感心したように何度もうなずいていた。


「いえいえ、プレッシャーを与えるようなことをしては母子ともによくありませんからな」


二人して笑い合う。

腹を探り合っている感じがもどかしい。


「実はこれ、『勇者』殿の健康のため、いろいろ買ってみたのです」


魔王が菓子の袋を手渡した。

嘘を貫くためにそこまでするのか。

呆れを通り越して、潔さすら感じてしまう。


「これはこれは、お気遣いありがとうございます。監査員殿、さっそく来ていただいたところ悪いのですが、実はその『勇者』様の件でお話ししたいことがございまして……」


気まずそうに目を背けた。

なるほど、行方不明になっていることは知られているらしい。後ろにいるシェフィールドをチラチラと見ている。


「彼は護衛でついてきてもらったのです」


「まあ、俺はオマケみたいなものなので、どうぞお気になさらなずに。

話辛いってんなら、その辺で遊んでますけど」


「それもそうだな。武器があっては、できる話もできまい。終わったらここで待っている」


本当に俺の出る幕がない。

まあ、変に疑われるよりマシか。

広報担当とはいえ、評議会に所属していることを知ったら、面倒なことになりそうだ。


「分かりました。そんじゃ、また後で」


背を向けて、さっさと歩き出す。

シェフィールドと魔王は別行動を取ったのだった。


***


王族か関係者しか立ち入れない店に入り、奥の個室へ案内される。

適当に飲み物を頼むと、さっそく話し始めた。


半年前、とある赤ん坊を生んだ女性がいた。

赤ん坊の頭上に数字が並んでいるのを見て、医師は王家へ連絡を入れた。


『勇者』となることを告げられ、彼女はひどくとまどった。

その場に居合わせた夫も何かのまちがいじゃないかと、即座に駆けつけた従者たちを疑った。しかし、王家にある預言書を見せ、夫婦はようやく落ち着いた。


一家ともに王家へ住まいを移し、赤子を育て始めた。

「ブレイブ」と名付けられ、穏やかでつつましい生活を送っていた。


王家で過ごすこと約半年、つい先日母親は子どもを連れて散歩へ行った。

その際、連れ添ったメイドを刺殺し、逃走した。

後日、母親の死体が見つかり、父親は失踪、赤ん坊は未だ行方不明だ。


「母親の死因は首吊りによる窒息。

このような最期を迎えてしまい、本当に申し訳なく思います。

散歩に出る前も、特に変化は見られなかったそうです」


つまり、母親は子どもを捨てた後、自殺したということか。

父親にも見捨てられ、悲惨な結末をたどることとなった。


「念のためお聞きしますが、このことは預言書には書いてあるのですか?」


「ないから困っているです!

何から何まで預言を裏切ることばかり起きているので、上を下への大騒ぎでございます!」


そりゃそうだ。自分たちだって『勇者』を拾うとは思わなかった。

魔界で保護されたことを聞いたら、どんな表情をするだろうか。


「王は何と言っておられるのです?」


「全力を挙げて『勇者』を探せと。

あくまで預言書の指示に従うつもりのようです」


実に頑なだ。

さっさと捨ててしまえばいいと、リヴィオが吐き捨てたのも頷けるような気がした。


「まさか、あの森に『勇者』を捨てたのでしょうか……?」


嫌な想像が脳裏をよぎったのか、顔がさっと青ざめた。

本当に分かりやすい人だ。


「その可能性も否定できませんな。

魔界には訳アリの者たちが多い故、心優しき誰かが保護しているか、あるいはすでにのたれ死んだか。いずれにせよ、探してみないことには何とも言えません。

我々にも『勇者』探しに協力させてはくれませんか。

ひとりの赤ん坊が行方不明になっているのです。由々しき事態であることには違いありませんから」


「お手を煩わせて、本当に申し訳ございません。

ぜひとも、お願いいたします」


ライブラは深く頭を下げたのだった。




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