第3話 預言書


その日、魔界と人間界の境界にある森で『勇者』を名乗る赤ん坊が捨てられていた。

この事実に魔界は全然震撼しなかったし、何か噂話が広まるわけでもなかった。

人々は普段と何ら変わらない日常を送っていた。


仮に誰かが気づいたとしても、人には話せない事情を抱えた誰かが来るのはいつものことだからだ。


魔界にあるレストラン、暴食堂の裏手で上がった赤ん坊の泣き声も猫の声と勘違いされたようだし、誰も気にしていないようだった。

あやめを始めとした店員たちはすでに帰宅しており、ソラを見つけた時に集められた人々が呼ばれていた。


部屋の隅にある丸テーブルを囲みながら、イバラが来るのを待っていた。


「それにしても、全然消えないんスね。これ」


シェフィールドは穏やかに眠る彼の顔を覗き込んだ。

ソラの上にある数字は未だ消えず、何を示しているかも分からない。


「これが出ているということは、何かあるんでしょうね」


エリーゼも数字を睨む。


「やっぱりそう思う?」


「その表示こそ、『勇者』が生まれつき持っている能力なのですよ」


「お、何か分かったんスか?」


「すべては王家の預言書にありましたわ」


王家は魔界のすぐ隣にある国を治めており、何百年と長い歴史が続いている。

突然現れたこの世界をよく思っておらず、監視員こと魔王を派遣したのもこの国が一番最初だ。


イバラはテーブルの上に何百ページもある分厚い本を置いた。

表紙は黒く、金色で文字が書かれている。


「うっわ、その本まだあったんだ」


リヴィオは顔を引きつらせながらも、椅子を寄せた。

まったく興味がないわけではないらしい。


「そんな都市伝説まがいの本、さっさと捨てちまえよ……」


「断じて! 都市伝説などではありません!

王家に伝わる由緒正しき預言書の写しです!」


「それが信じられないんだって」


イバラは今でこそ魔界の暴食堂の店員であるが、こちらに来る前は王家と繋がりを持つ貴族だった。今でも繋がりがあり、様々な場面で融通を利かせてくれる。


『分断された世界を統一するため、陽出づる夜に勇者が現れる。

その者、頭上に数字が並び、勇者であることを示す。

三賢者が三つの力を授け、この地を旅立つであろう』


イバラは一節を読み上げた。


「分断された世界は人間界と魔界のこと。

二つの世界を統一するためにこの子は生まれた。

陽出づる夜というのは、日食のこと。これは半年ほど前に観測されました。

頭上の数字は、このステータスの画面のことですね。

アベル、この数字に変化はありましたか?」


首を横に振る。

空腹などで変化すると思っていたが、どうも関係ないらしい。

少なくとも、この数字はソラの体調を示すものではない。

そうだったら便利だったのだが、うまくいかないものだ。


「三賢者は王家直属の魔法使いたちです。

彼らがこの子に三つの力、すなわち勇気と知恵と心を授け、王国から旅立つのです」


「ここに書いてあることが実際に起きたわけか……預言の通りであれば、王国はこの赤ん坊のことを探し回っているんじゃないか?」


「それを確かめるためにも、明日は人間界へ調査に行くっスよ。

もしかしたら、この子の親族にも会えるかもしれないし」


「どうして私に言うんだ?」


「どうしても何も……アンタの地元でしょうに。

リヴィオはあんな見た目だから何着せても目立つし、他の連中も手が離せないでしょうしね。まさか、ソラを連れて行くわけにもいかないし。

そうだ、ついでに何か要件とかあれば聞いとくっスよ」


「いいえ、特にございません。私も他に手掛かりを探してみます。

そちらはそちらで、役目を全うしてください」


「了解。そんなに目立つなら、着ぐるみでも着たほうがいいかな?」


「却下。そんなんどっから持ってくるんスか?

大人しく待っててくださいよ」


「毎度思うが、その髪を切ればいいのではないだろうか。

それで大半のことは解決すると思うんだが」


「何を言うと思えば……何年この姿でいると思ってるんだ? 今更無理だよ」


軽く笑いながら、長い髪をかき上げる。

無性に腹が立つのはなぜだろうか。


「さすが、ウン百年生きてるだけあってカッコつけ方に余念がないっスね?

大先輩マジイケメンっスわー」


「お前が魔王やればいいんじゃないか?」


「偏りがないようにってことで、アンタが呼ばれたんでしょ。

中立の立場がいないのはさすがにまずいって。私もそういうの向いてないし」


手をひらひらと振って、軽く笑い飛ばす。

魔王と言ってもただのお飾りであり、ごく普通の中年男性だ。

評議会を監視する必要があるということで、王国から派遣された職員に過ぎない。


立場だけは自分たちより上なので、親しみを込めてそんなあだ名がつけられた。

基本的に雑務を任されており、サポート役に回ることが多い。


「本当、よくこんなところに来ようと思ったよね」


「別に好きで派遣されたわけじゃない!

それこそ世界に正しい情報を伝える役目があるわけで!

私がいなかったらどうなっていることか……!」


「そんなことを言われても困るねえ。

こっちこそ好きでやってるわけじゃないし」


「はいはい、その話もうやめてくださいねー。

結論出たことがないじゃないっスか。

じゃあ、明日も同じくらいの時間帯にここに来ますんで。

何か分かったら、随時連絡します」


「ええ、お互いにいい結果が出るよう頑張りましょう」


口げんかが止まらない二人を連れて、シェフィールドは店を出た。

明日にならないと動かないまま、今日は終わった。

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