第13話 儀礼

 「痛みますか?」サロンは申し訳無さそうに訊いた。


 「いやいや。大丈夫。君は命の恩人だ。そうだな?メネム」旦那は頬を摩りながらはにかんだ。


 「そうでございます。いえ、そこに立ち会ったわけではないですが」メネムがそう言うや否や、飯屋のウェイターが顔程もある豚の肉塊を皿に乗せて持って来た。サロンが呆気に取られていると、メネムが鮮やかな手付きで豚肉を切り分けていく。


 「サロンに先に」宝石商の旦那がサロンの方へ手を振る。目の前にジューシーに焼き上がった豚の香草焼きが置かれた。


 「余程の物が見つかったのですか?」サロンはあの元荘園地帯から隣町の、1番高価そうな店に連れて行かれて座っている。肉をメインで扱っている店でいかにも寝巻きの自分に不釣り合いだ。


 「いやいや、まあまあだったが君には世話になった。食べてくれたまえ」


 サロンは遠慮無く皿に手を伸ばした。なんとも柔らかく噛むと美味い脂が出る肉で、パン無しで食うのが勿体無いくらいだった。


 「あの土地や家はね、地元の人達に任せる事にしたんだ」旦那は美味そうに食うサロンを見やるだけで自分は手を付けない。


 「一財産なのに?」サロンはまた驚いた。


 「親の代から商売をしてきたから、今更知らない家で年貢を貰って暮らすなんて性に合わないからね。楽して幸せにはなれないって事さ。少しばかりお金が出来たからまた行商人でもして一から始めるさ。なあメネム」


「でも旦那様……」


「その話は今はよそう。サロン、これからどうするね?」


「そうですね」まあまあ大きな町だった。「自分に刻まれた魔導文字クーンを読み解いてくれる人を探します」


 「そうか。いや君と会えたのも財産だからね。これを」そう言うと旦那はテーブルに袋を置いた。中からは金貨の音がした。


 「いえ、それは受け取れませんよ」まあまあ入ってそうだった。


 「いいんだ。自分のはある。これはお礼だよ」強情な旦那は粘って遂には金貨をサロンに手渡した。



 その飯屋の外で旦那とメネムとは別れた。あっさりしたものだったが、二人とは硬く抱き合ってお互いの今後を称え合った。


 遠ざかる馬車を見送ると、気持ちも新たに街を歩き出す。


 確か……イワンとかいう街だったか。人が多かった。市場みたいなこと場所に入り込むと人と物が所狭しと集まっていて、売る者と買う者が必死にひしめき合う。


 吊り下げられた魚を見たり、山積みの民芸品を見たり。退屈しなかった。


 サロンにとっては初めての人混みと活気。初めてじゃ無いようで初めてで不思議な感覚だった。


 旦那に貰った金貨で服を買った。移動するのに身軽な体にフィットする長袖長ズボン。装飾などは無く地味なえんじ色の目立たない服だ。旦那はサーベルもくれたのでその上から腰に吊り下げた。


 あと顔を隠し易い鍔付きの同じ色の帽子も買った。メッシリア人を差別する者もいると旦那が教えてくれたからだ。まあ肌が小麦色だからといって分からないそうだが。


 最後にブーツを買ってその場で履いて、人の多い市場を後にした。


 さて魔導文字クーンに詳しい人間をどう探したものかと歩き回る。誰かに訊いてみようか。


 ふとその時、木の看板が目についた。あの看板の意味は分かる。何故か分かる。" 治療院 " だ。そしてそこには必ず居る。人々を治療する為に魔導を使う魔導士が。


 


 


 

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