第12話 像

 椅子が天井に飛び上がって砕け散ったり、干からびた林檎が窓を突き抜けたりするのはあの像がからなのかという考えは、非常に突拍子も無い考えだと、自分でも思う。


 しかし現に目の前の旦那を見ていると、そう考えたくもなった。


 彼は有り得ないくらいに怒り昂っていて、今にも自分を殺しそうだ。よく分からない呻き声を口の端から漏らしていて、唇を少し噛んでいるのか口から鮮血が滴っている。


 訳が分かっていないのだ。目が正気のものではなく、よく見ると焦点が合ってない。サーベルを握りしめた手に異常な程力が篭っていて、いく筋にも血管が走っていた。


 ( 抵抗しなければ斬られるだろうか )


答えはすぐ出た。旦那の勢いある踏み込みの斬撃は背後の扉に深い傷を付けた。しかし構えは素人同然で、サロンは自然に任せるままに身を翻して避けた。


 使


 自分にはかつて剣が使えたのか?


 血走った剣がまた飛んで来た。構えなどデタラメで、振り下ろした剣を返す刀でスウィングしてくる。


 サロンは感覚で身を低くし斬撃を避けると、心で謝りながら旦那の横っ面に正拳を喰らわした。


 旦那は頭と体を一瞬ビクつかせると、力も無くその場に崩れ落ちた。


 サロンは壁際から少し引いて、倒れ込んだ旦那とぶつからないようにした。そして右に振り返る。


 怒りの像。静かに怒る禍々しい像。


 サロンは一直線に走り寄り、腰に下げたサーベルで像を叩き割ろうとした。


 すると次の瞬間踏み込んだ右足の床が抜け、勢い余って前につんのめった。バランスを崩して何かに捕まる間も無いままにサーベルを放り投げてしまい、左足を伸ばしたまま両手を床に突いた。


 ( おかしい )


偶然が過ぎた。急いでめり込んだ右足を引き抜き、怒った像を見上げる。これは一体何なのだろうか。


 何か不可思議な力があの像を守っているとでもいうのだろうか。これは魔導だ。魔導を秘めた像なのだ。


 しかしそれが分かった所でどうすれば良いのか。これをどうやって破壊できるか。



 そういえば何故自分には怒りが込み上げないのだろう。サロンはそう考えた。このゴザイの巻いてくれた布の力なのか。封呪が内からでなく外からの魔導をも効果を発揮してくれているのか?


 


 サロンは像に歩み寄り、それを持ち上げた。そして廊下に出て吹き抜けの階段の下、階下へ思い切り像を振り落とした。すると像は鈍い音を立てて砕け散った。まるで土の陶芸品くらいの脆さだ。


 軽く砂煙が起きただけで呆気なく破壊出来た。ここの家族はこんなちっぽけな像はの為に殺し合いをしたというのだろうか。何とも酷い話だ。


 その像がその魔導の力を失った事を望みながら、旦那を揺り起した。何か旦那の眼鏡にかなう物が見つかれば良いが。


 サロンはそろそろ腹が空いていた。

 

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