第11話 怒り

 サロンはまだ少し残る目眩を振り払いながら部屋を出た。見習うべきというところか、こんな時でも旦那は明らかに価値がありそうな物を探している。


 そうでなくては来た意味が無いというものだが、それにしても危機に瀕してそれが出来るのが凄いと言う他無かった。


 品定めをしながら首を傾げる旦那は納得いく物が無かったらしい。


 率先して部屋を出てはまた入る。サロンはそれについて行ったが気が気で仕方なかった。


 二階最後の部屋に辿り着いた時、宝石商の旦那は突然立ち止まり、後ろからついて入るサロンと軽く衝突した。


 「いたっ。どうしましたか?」サロンが訊いた。


 「これはなんだ」旦那の声が軽く震えていた。それは恐らく恐怖によってであった。サロンは何事かと構えた。


 「どれ……」サロンが旦那の脇から前を覗くと部屋の奥に祭壇らしきものがあり、それは饒舌し難いものだった。細長い台の様な物に少し日に焼けた様な黄ばんだ布が掛けられている。そこに錆びた燭台が左右に置かれているが、蝋がそこから下に垂れる途中の血液みたいな格好で固まっている。


 台は2段になっており、上の段にはこの家で祀られていたのであろう神像が安置されている。から感じられる不快な印象と言ったらどう表現したら良いかが分からない。


 怒りに満ちた表情のその像は怒り肩で組んだ足の膝に手を乗せ、感情を体全体で表現しているみたいだった。そしてそれは明らかに人間ではなく、何か別の生物だった。いや生物なのかどうかも分からないような不思議なモチーフをしており、体全体に柑橘類みたいな凸凹を帯びた髪の毛も服も帯びない鼻の大きなだった。


 「これは何だろうか。祀られるような価値があるようには見えないのだが」旦那は恐れもせずに像の側まで行って顔を近づけて物色し始めた。


 部屋にはその祭壇の他に何も無い。その像のためだけに作られたと言っても過言では無いのだろう。いや、無さ過ぎる。窓さえも無いのだ。


 「旦那」


「何だね」旦那は像の裏側なんぞを見ている。


 「あまり近づかない方がいい。その像に」


 「なんだ。何故だね」


「その像は嫌な感じがする。呪われている」


「呪われている?」


 そう言うや否や突然像が地震にでもあったかのように小刻みに震え出した。サロンは急いで旦那な手を引いて像から引き剥がそうとしたが、意外な抵抗の力でこちらがつんのめってしまった。


 旦那の顔を見る。すると旦那は有り得ないくらいに顔の筋肉を歪ませて怒りの表情を剥き出しにして、サロンの掴んだ腕を振り解いた。その荒々しさやまるで敵意を持っているかの様で、次の瞬間に旦那は抜刀した。


 彼には見境がついていない。サロンはそう感じた。彼は切り掛かって来る。


 ?この家はあの像のせいで怒りに満ちていて、何から何まで怒って暴れているのか。


 

 

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