第9話 屋敷一階
分厚い両開きの正面玄関はやはり軋み一つ無く開いた。
中から漂う匂いには覚悟はしていたが、一種の腐敗臭だとかは無かった。匂うのは微かに蒸れたカビの匂いで、気になるかならないかという程度。
サロンも旦那も抜刀はしていた。そして息も殺している。
いつ何時、何が飛び出して来ても仕方ないと思っていた。
中の何かは我々を知覚して視ている。そんな風に感じていた。
サロンは旦那より先に館に足を踏み入れた。自分の役目だろうと思った。玄関は広く、足元には立派な刺繍の入った絨毯が敷かれていたが、模様はよく分からなかった。左右には調度品。しかし立派な棚に置かれていたであろう蝋燭立てや何かの皿、高そうな額縁は本来の場所には無い。
それらは足元の絨毯の上に転がっていた。
玄関が異常に散らかっていた。
2人はそれらを踏んで音を立ててしまわないかと慎重になった。
進むと右手には二階への階段、その側には閉ざされた扉。左手には奥へと進む廊下。室内はどこも明るい。カーテンや雨戸の類はされてないのだろう。
二人はとりあえず左に進み、一階部分を見て回る事にした。
一階には何もなければ良いが、とサロンは思う。左右に扉が見えてきた。かなり部屋の多い、大きな家だ。一つ開けてみる。
小さな部屋で、寝心地の悪そうな寝台と小さな机と椅子。この家の世話係の部屋とでもいったところか。
部屋の隅には落ちて割れたランタン。フックがあるので天井を見上げるとそれを掛けてあった金具があった。
しかしランタンの落下点が、金具の真下からあまりにも離れていた。何か強い衝撃で叩き落とされたとでもいうのか。
「怒り狂って、屋敷中を破壊したみたいだな」旦那は小声で言った。
「怒り狂って?誰がだろうか」
二人は次の部屋に向かう。次は炊事場だったのだが、ここも異常なほど散らかっていた。食物を入れる籠や木の箱、壺が粉々に砕け散っていて、一面に散らかっていた。そしてそこには文字通り足の踏み場が無い。
「おかしい」サロンが呟いた。
「ふむ」旦那も同意した。「何か違和感を感じるな」
次の部屋は広い食堂だった。長いテーブルがあった。しかし椅子は無い。かつて椅子であった物の木片が、部屋一面に散らばっていて、テーブルの上にまで乗っていた。
サロンは恐る恐る天井を見た。すると木の天井に無数の打撃痕がある。何かがぶつかった様な傷。所々板が禿げて屋敷の骨組みが剥き出しになっている所もあった。
「これは……」サロンはまじまじと頭上を見上げる。
「何が起きたのだろう。家族の争いの後、小作人達は惨状を目の当たりにして、彼らを共同墓地に弔ったと言ってはいたが」
「ならば彼らが一度足を踏み入れてはいるんですね」サロンが訊いた。「彼らがその時屋敷を掃除したか、してないか分からない。二階の奴の仕業かも知れないが、この有り様は明らかにおかしい。奇妙過ぎる。まるで……」
「そうだな。必要無さそうな破壊が多すぎる」旦那はバラバラに砕けた椅子の木片を拾い上げて言った。
他の部屋、居間らしき部屋や便所、湯浴み場などもやはり同じ有り様で、分別ある者の業とは思えないような破壊の跡が繰り広げられていた。
二人はそれらが何を意味するかも判断できないまま階上への階段に向かった。
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