第8話 果実

 年代物の邸宅は近寄ると更に不気味さを増して、サロンの胸を騒つかせる。入るのに躊躇などはしていない。宝石商の旦那には命を助けられた。今度は自分が助ける番だ。


 「メネムはすぐに馬車を出せるように待機しておいてくれよ。私達がいつでも化け物に追われて飛び出してきても良いように」旦那はサーベルを腰に結え付けて、颯爽と馬車を飛び降りた。


 「承知致しました」従順なメネム。サロンはひょっとして中に入るよりここで待つ方が辛いのではないかと思った。


 屋敷は一種の圧迫感を放っていた。木々や外壁、古びた建物までもが蔦に絡まれて一体化しており、陰鬱で大きな塊と化している。それは辺りの田園風景と完全にミスマッチで、あまりに不気味さが際立っていた。


 外壁の外の溝は思ったより幅広く、綺麗な水草が生えている。そこに渡された橋桁はまだしっかりしていて、サロンと旦那が乗っても軋み一つしなかった。


 2人はメネムの心配を背に受けながら、背丈よりは優にある屈強な扉を押し開けた。


 「家族同士で歪みあったそうだ。この家を受け継ぐ事でな」旦那は苔むしたステップを踏みながら辺りを見回した。伸び放題生えた木々やそれに巻きつく蔦は迫り出してはいるが空は見えた。しかしそれがあまりに小さく、辺りは薄暗い。


 「結末は?」サロンが訊いた。あまり聞きたくなかったが。


 「この家の没落を見れば分かるだろう。一人残らず死んだ。殺し合ったんだと」旦那が言った。


 「殺し合った?」


 「そうさ。ある日長男が納家からナタを取り出してきたのをきっかけに一家で血だらけの取っ組み合いを始めたのだと。その争いを見聞きした者も居たそうだ」


その時だった。


 二人をビクつかせるには十分な大きさの音を立てて、頭上から硝子が割れる音がして、細かで鋭利な破片が彼らに落ちて来た。


 「うわ」


「なんだ」


とっさに手で頭を覆う上にそれらは落ちて来て、それと同時に硝子ではない物も落下してきた。


 静寂。二人は互いに見合い、手や服から硝子片を払い落とす。上を見上げると二階の窓硝子が割れていた。


 次に地面を見る。粉々の硝子の側には果実が落ちていた。しかしそれはあまりに奇妙な代物で、完全に水分が抜けてしまっていると言っていいほどに干からびた林檎だった。


 握れば砕け散ってしまいそうなほどに乾いた林檎。それが窓硝子を突き破ってきたとは思えない様な、軽々とした物。


 そして彼らはこの建物に、自分達に敵意を持つ者が居る事に気付き、速やかに屋根の迫り出した玄関に身を寄せた。


 辺りを見回す。二階から何かを投げつけられる心配は無くなったが、誰かが身を潜める灌木や木々は無数にあった。


 敷地内の庭は藪と化している。そこには野鳥一匹居る気配が無かった。


 「何かが入り込んでいるのだろうか」旦那の口調に恐怖はあまり無かった。


 「それか、ここの者の怨霊でしょう」サロンが答える。


 「どちらにしてもという事だろう」


「そうだろうな。ますます何があるか楽しみだ」旦那の精神には感服してしまう。宝石商にしておくにはもったいないくらいだ、とサロンは思った。

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