第7話 ある種の決意

 サロンと従者は家には入らなかった。旦那が言うには自分に連絡してきたのはその家の老人で、それも人を介してだった。


 2人がしばらく馬車で待っていると、首を傾げた旦那が家から出てきた。


 「どうかなされましたか」その様子を見てメネムが訊いた。


 「うん。簡単にあの家の主が居なくなった経緯を説明されて、気をつけるように言われた」旦那は馬車によじ登った。


 「それだけ?」


「いや、うむ。最近起こる怪現象についても聞いた」


「怪現象?」サロンは雲がかかり始めた空を一瞥した。また怪しい天気だ。


 「誰も居ないはずの家から物音がすると近隣では噂になっているそうだよ」旦那はさらりと言ってのけた。


 「確かに無人なのか?何者かが入り込んでいるのではないのか?」サロンの顔が険しくなる。


 「盗賊とか例の魍魎の類でございますね」メネムはこちらを振り向いて話を聞いていた。


 「分からん。しかし誰かが入り込んだ気配は無いし、それを見た者はいないそうだ」旦那は何かを考えているようだった。サロンにはこのまま自分達で向かうべきかどうか迷っているのだろうと思われた。


 「どんな物音でしょうか」とメネム。


「何者かが物を壊して争う音が聞こえる、と噂されているらしい」


 「危険なのではないですか」メネムが言った。


 「ふむ。しかし盗賊なら盗る物を盗って退散する。魍魎なら……。というのが引っかかってな」


 「我々の手に負える事なのか」サロンは俯いて誰に言うでもなく呟いた。


「誰かに頼るとしても手間賃がかかる。それにここの人間達は不安がっていて真相を知りたがっている」宝石商の旦那の言葉はさほど重みがあるわけでも無く、かと言って楽観的であるわけでも無さそうだった。


 「行くんだな?危険かもしれんぞ」サロンが訊いた。


 「なあに。私一人でも行くさ。背に腹は変えられん。このままだと私も首を括らなければならないだろう。同じ事さ」


サロンは旦那のある種のたくましさに気圧されずにはいられなかった。営む宝石屋がどれほどの規模の店かは知らないが、彼からは事業主としての責任や義務が感じ取れ、それはサロンにとって尊敬に値する所だった。


 「何か残っていればいいなあ。行こう」サロンがそう言うと、旦那は表情ひとつ変えずに軽く頷いた。それを見て、サロンはやはり彼が一人で行く気だったんだと思った。


 メネムは無言で馬車を出した。また畑の真ん中を走り、静かな大地に轍の音を反響させながら、小さく見える邸宅に向かう。


 陰鬱で没落した屋敷の風景とは対照的な田畑は綺麗に手入れされていて、豊かな作物が収穫の時を待ち焦がれている。脇の水路には豊かな山水が計算された傾斜でどこかからどこかへ流れていた。


 メネムは馬の速度を落とし、馬車をゆっくりと邸宅に近付かせた。心なしか馬も嫌がっている様だ。

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