第6話 宝石商の旦那

 「魑魅魍魎の類とか、野党や山賊が出るかもな」と旦那様は説明した。敢えてサロンは彼に名前を尋ねなかった。メネムが旦那様と呼んでいるから自分も旦那さんと呼んだ。


 「なるほど。その遠縁の荘園領主の屋敷が没落してどれくらい経つんだ?」サロンは腹が満たされて眠くなっていた。


 「10年は経っているだろう。私も今更とは思ったが」


「10年。もう誰かが中の物を持って行ってるんじゃないか」


「まあ、うちの宝石屋も儲かってはいないから、何もしないよりはマシだと思ってな。その遠縁の荘園領主はかなりの財産があったらしいから」


 「その屋敷には相続する者が全く居ないのか?」サロンが訊いた。メネムは黙って馬を走らせている。


 「ああ。今は無人らしい。それにその屋敷には良からぬ噂があってな」


「なんだ」サロンはやっぱりいわくつきかと思った。


 「内容は分からないが、周囲に住む、かつての小作人達は気味悪がって近付かないのだと」


「なるほど。ならばその屋敷に何か残っている可能性は高いな」


「だろう?そうでなければこうして出向かないよ。私は若い頃から剣を握っていないし、メネムは年寄りだ。力を貸して欲しい」


「分かった。もう食べたし。剣が使えるかどうかは分からないが頑張るよ」


「サーベルが2本ある。一つを」旦那は古びた鞘に入った刀剣を馬車の隅から取り出して、一本をサロンに手渡した。


 「ちらほら、家や畑が見えだしましたぜ」メネムが言った。



 広大な田畑が広がり、そこに小作人のものと思われる家が点在している。主人をなくしても引き続いて作物は作られており、実質そこで出来た物は彼らの物だ。


 その地域一帯はかなり開けてはいるが地理的に便利というわけではなく都市からも街道からも遠い事から外敵も少ないだろうと思われる。しかし、今実際彼らを守ってくれる武力は無く無防備な集落だ。


 例の屋敷はすぐに分かった。田畑や小さな家が放射線状に立ち並ぶ中心に一際大きな建物が建っていた。


 三階建てで木が生い茂る豪邸。であった建物。雑草が生い茂るお堀の、内側にくすんだ石垣が立ち並び、その上から生え放題に伸びた木がこちらを覗いていた。


 またその木からちらほら見える立派な建築物。それらある物全てに絡めるだけ絡んだ蔦。この距離からは人工的な物などほとんど見えず、10年以上の歳月がかつて栄えた富を覆い隠して封印してしまっている。


 「まず話をしに行こう。私に人を介して相談してきてくれた、今ここらを取り仕切っている者がいる」宝石商の旦那はメネムに合図した。


 「豊かな土地だ。あんなに野菜や果実が生っている」サロンは馬車から広大な畑を眺めた。向こうでサギが嘶きながら歩いていた。土地作業をする老夫婦に物珍しく見られる。よっぽど外から人が来ないのだろうか。それに物言わぬ大地の真ん中で、動く馬車がひどく目立つ。まるで時が止まっているかの様だ。


 

 馬車は藁葺き屋根の大きな掘立て小屋みたいな家の前で停まった。家の敷地と田畑の胸懐線などなく、家の横には馬の居ない馬屋と鶏小屋。鶏小屋の中からは鶏が鳴く声がした。


 旦那は馬車を黙って降り、家の扉を叩いた。


 

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