2020/12/24 ライオザッテの休日

 春、陽気に見舞われる街、ライオザッテ。

 キヨイはうつらうつら起床する。

 まだ眠たい目を閉じたまま欠伸を一つ。


 キヨイが階段を下りていくと、一階のテーブルでゼスタが新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。

「珍しい、ゼスタが朝早いとは」

「これが本来のダンディな俺の姿なのさ」

「さては馬の新聞だな?」

「何を、レイヨの田舎娘が」

 覗き込んでくるキヨイを邪険に扱うゼスタは余所行きの恰好に着替えていた。

「仕事か?」

「いいや、今日はオフだ。お前にも付き合ってもらうぞ」

「えぇ……、嫌だなあ」

 軽めの朝食と着替えを済ませたキヨイとゼスタはライオザッテの街に繰り出した。


 七月主義者に蜂の巣にされた挙げ句、不幸にも真っ二つになってしまったゼスタの車が使えないため、バスを利用する。

「大人一人、子供一人」

 ゼスタが前払い料金を運転手に告げる。

「貴様、私が子供に見えていると? 大体、私は貴様よりも――」

「お前のその感性を、この国じゃ子供ガキって言うんだ」

 頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜるゼスタ。

「運転手さんそれじゃ……精霊一枚」と言い直した。


 土曜日のバスはほどほどに混んでいた。座る席がないため、ゼスタはつり革に、キヨイは手摺りに掴まった。

「あんまりキョロキョロするな田舎モン」

「無礼な。見聞を広めることの何がダメだと」

 揺れるバスの中で、超高層のビル群と石積みの建物をキヨイは見ていた。過去の大戦の傷を文明の発展によって取り返そうとする人の営みを見ていた。

 そして、ゼスタがどこか虚ろな視線を彷徨わせているのも見えていた。


 バスを途中で降りて、昼食を取ることになった。

 キヨイはカルボナーラとアイスクリーム、ゼスタはバーガーを食べた。料金は二人分をゼスタが出した。

「現霊盟約の特権だな」とキヨイが言うと、

「被雇用者兼子守の苦難だ」とゼスタが溜息混じりに返す。

 アンダーグロウラーに乗るため、駅を目指す途中でゼスタは煙草を一箱買った。

「――それは、いつも吸ってるのとは違うだろ?」

「いや、今日はこれでいいんだ」煙草をポケットに仕舞ながら答える。

 海の下を走るカーゴの中でも、キヨイは窓を見ていた。時折、ゼスタの方を向くと、焦点の合っていない視線を水中に向けているのが気になった。


「美味! なんと言うのだこれは?」

 カーゴを降りて、駅構内の売店前で目を輝かせて頬張るキヨイ。

「ただのキャンディだ。おら、行くぞ。あんまり遅れると、帰りは夜だ。、足だってないのに幻影軍隊パストクウェイクみたいな厄介事には遭いたくないだろ」

「なぁに、私も日々研鑽を積んでいる。機能解放すれば幻影軍隊の一房や二房など余裕である」

「俺が困るんだがな」


 快晴の空、日が傾き始めた時刻。

 キヨイたちは潮の香りが漂う丘に辿り着く。

 整理された草原の上に突起のように生えている金属棒の群れ。

 「ここだ」と言いながら、その一つの前にゼスタは屈み込む。

 ポケットから出した箱から煙草を一本取り出し、具現銃インジケーターで火を付けた。

「ゼスタ、これは一体なんなのだ? ここへは何の用があってきたんだ?」

 キヨイはゼスタから離れて棒の群れの中をふらふらと歩いて行く。

 残りの煙草が入った箱を、棒の前に置き、それにも火を付けた。

「すまねえな、今日は騒々しくて」

 その言葉はキヨイに向けたものではない。

「お前と別れてから長いこと燻ってた。墓参りにも来てやれなくて悪かったな。だけど、ようやく少し前を向く元気が出てきた……。あいつと出会って、俺の生活も街も目まぐるしく変わっていくんだ……。いつまでもあの頃の俺じゃダメだよな? なぁ、戦友」

 自分の吸っていた煙草をもみ消し立ち上がるゼスタ。

 歩き回っているキヨイと視線が合う。

「キヨイ、祈祷はできるな?」

「どうした突然?」

「精霊の巫女っていうなら、せめて祈りくらい捧げてみせろ!」

「わ、分かった……」

 たじろぐキヨイは離界呪文を唱えて、緑色に発光していく。

 そのとき、一陣の風がゼスタの身体を突き通すように強く吹いた。

 地面で燃える煙草の煙が巻き上げられ遠くの空へと吸い込まれていく。

「一体どうしたというんだ、ゼスタ」

 呪文の詠唱を終えたキヨイが戻ると、ゼスタは少しだけ柔らかい笑みを浮かべていた。



お題:【架空の長編で世界観や設定の説明が粗方おわったタイミングに出すようなエピソード】をテーマにした小説を1時間で完成させる。

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