お題:【ディストピア】をテーマにした小説

 午前6時。彼はたっぷり7時間の睡眠をとった後、スッキリとした目覚めで朝を迎える。二度寝することもなく速やかにベッドから出るとそのまま普段着に着替え、てきぱきとした様子でリビングに向かった。


「おはようございます、ミスタージョンソン」


「おはようございます、ミスキャサリン」


 リビングに付いた彼、ジョンソンを迎えたのは金髪碧眼の美女、キャサリンだ。キャサリンはジョンソンよりも先に起床し、ジョンソンのためにモーニングコーヒーを準備していた。


「あなたのために少し早くコーヒーを入れていたんですよ?きっと飲み頃の温度になっているはずです」


「いつもありがとう、キャサリン。僕はあなたのおかげで素晴らしい日々を過ごすことができています」


 いつも通りの会話を挟んだ後、ジョンソンはキャサリンと同じテーブルに座りコーヒーを飲む。彼らがずっと敬語で喋っているのは決して他人行儀にしているからではない。親しき中にも礼儀あり、という言葉があるように仲が良い間柄だからこそお互いを尊重するために敬語を続けているのだ。これはUTシティにおけるごくありふれた家族形態のひとつである。


 二人がコーヒーを飲み終えた時、ロボットによって食事の載ったプレートが運ばれてくる。今日のメニューは栄養価抜群の合成パンとバイオ野菜のサラダ、新鮮な精製牛乳に不足栄養素を補うサプリメントだ。


「それじゃあ今日も」


「ええ、今日もUT様に感謝を捧げながら」


「「いただきます」」


 こうして、今日も新たな一日が幕を開ける。





 午後0時30分、ジョンソンは職場内に設置された食堂で昼食を取っていた。今日のメニューはバイオミートとバイオ野菜を使ったサンドイッチに栄養価を補給するバイオバーとサプリメント、そしてバイオ野菜ジュースだ。すべてUTシティ内の食品製造工場内で安定的に供給されるこれらのメニューは味もボリュームも良くすべての市民に好評だった。無論、値段は0だ。

 ジョンソンはこのメニューを一人で食べることもある。しかし今日は仲の良い同僚、スティーブと二人で相席だ。一人の時間も多くの人と囲む食卓も、等しく尊重されるものであるためこれは珍しいことではない。


「やあジョンソン、君は本当にそのサンドイッチが好きだね」


「そうなんだよスティーブ。そういう君はいつもより食事量が少なくないかな?」


 ジョンソンが指摘した通り、今日のスティーブの昼食はバイオバーが一本だけだ。ダイエットに勤しむ若者の食事と言えば納得だがスティーブは仕事に勤しみ多くのエネルギーを必要とする社会人、バイオバーによって得られる栄養素を加味しても不足しているように思えた。


「実は、先週ちょっとしたトラブルのせいで骨にヒビが入ってしまっていてね。治療のために強化カルシウムプロテインを飲んでるんだけど、UT様によればバイオバーだけでも丁度いいくらいらしいんだ」


「なんだ、そういう訳だったのか。UT様に従ったメニューというなら安心だよ」


「ふふ、心配してくれてありがとう。君のような友人を得られて僕は幸せだ」


 そう言うと二人は心から笑い合い、そのまま談笑しつつ昼食を楽しんだ。UTシティの住民は平均的に高い幸福度を保っているが、彼らはその中でも高い幸福度を持つ友人関係と言えるだろう。





 午後9時30分、入浴を終えたスティーブはキャサリンと共にリビングでTVショウを見ていた。番組はUTシティの歴史をユーモアたっぷりに学習するもので、今日は”UTシティ成立初期における食品合成技術の試行錯誤について”をテーマとして取り上げている。毎週木曜日の夜9時に放送されるこの番組はUTシティにおいては5年連続視聴率トップを維持する大人気番組だ。


「UTシティと言えども最初から完璧だったわけじゃない。本当にためになるね、キャサリン」


「ええ。私はやっぱりUTシティ成立初期のエピソードが好きだわ。結構辛いところもあるけど、MCクレイグのおかげでとっても明るく、力強く感じられるのだもの」


 番組を見ながら二人は思い思いの話をする。例えば今放送されている内容、例えば以前放送された内容、今日あった出来事、お互いへの、そしてUT様への感謝。とりとめもない話題が続き、そうしているうちにやがて番組が終わった。


「おや、もうこんな時間か。それじゃあそろそろ寝ようか」


「私はもうちょっと起きてるわ。あとちょっとで読み終わる本があるの」


「わかった。それじゃあ明日のコーヒーは僕が入れるから、君はゆっくり寝るといいよ」


「ありがとうジョンソン。それじゃあおやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 そんな会話を交わした後、二人は別れジョンソンは寝室に向かう。そのまま明日に着る予定の服を準備すると、ベッドに入り静かな眠りに落ちる。何事も無い一日がこうして終わり、そしてまた来るべき明日を待つのだ。





 ————映像が終わった。そのまま暫くの間は真っ暗なままの画面が映し出されていたが、やがて少しずつ部屋が明るくなり、映像を映し出していたスクリーンは収納されていく。


「……以上が、UTシティの一般的な日常になります」


 白衣を着た教官がゆっくりと口を開き喋り始めた。


「UTシティでは就職、健康、娯楽、その他あらゆるものがメインコンピュータ、通称UT様によって徹底的に管理されています。万が一にも不幸な市民が生まれないよう様々な面でサポートされ、幸福かつ良好な生活を送ることができます。……質問は?」


 ぼくは、ゆっくりと手を上げた。


「UTシティには、自由はあるんですか?好きなものを食べ、好きな仕事に就き、好きな映画を見る……そんな自由は」


「……ある程度は保障されています。しかし完全ではありません。一定レベルを超える自由を与えるということは、それだけ不幸の種を生み出すことに繋がりますから。それが、我々人類が長い歴史の中で得た結論です」


 そう言うと、教官は一枚の紙を手渡してきた。


「UTシティへの扉は誰にでも開かれています。あなたはUTシティへの移住を希望することも、DTエリアへの移住を希望することもできる。1年後の今日、あなたの12歳の誕生日が提出期限となっており、一度提出した後も直前まで変更は受け付けています。何か質問は?」


 来年、ぼくの初等教育期間が終わる。それに合わせて僕は最初の進路を選ばなければいけない。だからとりあえず、聞いておかねばならない。


「……DTエリアについての説明が少ないのですが、その詳細は?」


「DTエリアは……UTシティの外部に広がる、自由を最優先しUT様の管理を拒んだ人々による生活領域です。あそこについての情報は……説明していないわけではなく、そもそもありません。どの程度の文明レベルが維持できているのか、政治形態はどうなっているのかも。それだけ交流が少ないのです」


「それじゃあ、判断のしようが無いじゃないですか……」


 思わず呟いていた。失言をしたかと一瞬焦ったが、教官は特に表情を変えずに続けた。


「その通りです、ですがそれでもDTエリアへの移住を希望する子供は毎年一定割合現れます。付け加えると、DTエリアとUTシティ間での移住も可能なのですがこれまで希望した市民はUTシティだけでなくDTエリアにもいません」


 参考になるのかならないのかよくわからない話……いや、結局何も参考になっていない。


「……あなたがどちらを選ぼうと、その選択を非難する人間はいません。罰則も何もありません。ですからゆっくりと、後悔のない選択をしてください」


 それで話は終わったらしく教官は部屋を後にし、僕も自室に戻るよう指示された。


 UTシティ、コンピューターによって徹底管理された都市。確実な幸福が約束された場所。

 DTエリア、何も分からない、けれど少なくともコンピューターによる管理からは解放された自由の場所。


 ぼくが用紙に記入したのは――――


<了>

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