お題:【音】をテーマにした小説

「絶対音感ってあるじゃないですかぁ」


 昼下がりの喫茶店、パフェをつついていた小林こばやし紗耶香さやかは唐突に呟いた。


「あー、あのどんな音でも音階が分かるっていうやつ?」


 紗耶香が前後に繋がりのない話題を切り出すのは一度や二度ではない。三浦みうら若菜わかなは慣れた様子で相槌を打つ。


「そうそう。例えばあのバイク見てああこれはソだねとか」


 そう言って紗耶香が指さした信号待ち中のバイクは、ガラス越しに店内にまで聞こえるほどにブンブンと音を鳴らしている。


「あるある。絶対ソじゃないと思うけど」


「えー、わかんないよ?私達絶対音感無いからアレがソかミかわかんないじゃん。シュレディンガーの音階だよ」


「ソってさぁ、もっと高くない?」


「いやいや、すんごい音階の低いソかもしれないし」


 そこまで話した時点で気が済んだのか、紗耶香は再びパフェを食べ始める。唐突に切り出した話題を唐突に終わるのもいつものことなのだが、今日は逆に若菜の方が話を続けたい気分になっていた。


「ところでさぁ、相対音感って知ってる?」


「なにそれ?」


 再びパフェを食べる手が止まる。結構適当な切り出しだった割に思いもよらない食いつきを見せてくれたのが少しうれしかった。


「絶対音感は音を聞いたらすぐドとかレとかわかるじゃない?相対音感は最初に音を聞いて、次に聞いた音が高いか低いか分かるってやつらしいのよ」


 若菜が聞きかじった知識をもとに簡単な説明をすると紗耶香は最初に驚いたような顔、続けて納得したような顔、疑問が浮かんだ顔といった百面相を見せ、そしてしばらく悩んだ後で口を開いた。


「ぶっちゃけ誰でもわかるんじゃない?」


「あー、アタシもそう思う」


 だよねー、と脱力した様子で言いながら、紗耶香は一口パフェを食べ、若菜もそれに倣うようにぬるくなったコーヒーを一口だけ飲んだ。


「初めて相対音感のこと聞いたのって確かテレビか何かだったんだけどさ、それ聞いた時から今までずーーーーーっとそれ誰でも持ってない?って思ってたのよ。いやー紗耶香と共有出来てよかったわー」


「それを聞かされてモヤモヤまで共有しちゃった私の気持ちはどうなるのよー」


 大げさに不満げな表情を浮かべる紗耶香を見て、若菜はどこ不思議な満足感を得ていた。自分の話に相手が答えてくれて、予想通りの反応をくれた嬉しさというのは想像していたよりもずっと心地よい。思えば、紗耶香が不意打ちのように突拍子もない話をするのもこういうのが好きなのだろうか。


「ごめんごめん、ほら紗耶香っていつも唐突な話するじゃない?私もたまにはそういうのやってみたいなーって思って」


「失敬なー、私のはちゃんと意味があるんだよ?まあ唐突なのは否定しないけどさー」


 その一言が妙に気にかかり、コーヒーを飲む若菜の手が止まる。


「……それってどういうこと?今日の絶対音感の話にもなにかの意味が?」


「むふふー、思い返してごらん?」


 怪しげにほほ笑む紗耶香の顔を見ていると、小骨が刺さったような無視しにくい不安が脳を占める。若菜はコーヒーカップをソーサーの上に戻してからじっくりと思考を巡らせる。


(思い出せ。今日の話題は絶対音感、昨日話したのはゾルタクスゼイアン、一昨日がダイヤモンドはハンマーで壊せるって話で、その前はチーかまのチーズ抜きはチーかまと言えるのか否か……ううん、なんか考えれば考えるほどよくわかんない)


 見えてこない関連性。大きくなる不安。何もかも分からなくなり、そのうち若菜は両手を上げて溜息を吐いた。


「だめー、降参。答え教えて?」


 ギブアップした若菜の様子を見た紗耶香はとてもとても満足そうな笑みを浮かべる。そのままパフェを三口ほど食べてから、残り時間が15分を切ったバラエティ番組のような引っ張り方をしてようやく回答を発表した。


「答えはねー、話題の頭文字が50音の逆順になってる、でしたー!」


 大げさに発表する紗耶香。それを見た若菜は一瞬感心したが、数秒ほど考えるとどうでもいい答えだったなと言うことに思い至ってしまい


「……そ」


 たった一言しか返事をできないのだった。


<了>

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