第14話 345ページに隠された夢



---9月1日---


~水曜日~始業式当日



始業式を終えた俺たちは各々教室へと戻り、背を伸ばす。



そこに彼女の姿は無く、1つ空いた椅子だけが教室で目立っていた。


1ヶ月半ぶりに腰つく硬い椅子の感触。夏が熱を振り絞り最後の息を吹きかけてくる。



そんな中、空気が変わる...いや。冷える予感と共に、担任が教壇に立つ。



「とても、残念なお知らせがあります...」



その一声を聞き、俺はもう既に背筋が凍った。


それは語らずとも読み取れる、担任の



とても、とても悲しい顔。



その先、まるで耳を両手で塞がれたように、自分の鼓動の音だけが思考の中を巡回した。






「「「ありがとうございました」」」


号令を終えた生徒たちが席を立つ。






誰もいない教室。薄らと記憶に残る館宮さんと涼哉の心配の声。

脳裏にスルりと入り込み感情を埋めた、



さんがんだという2つの言葉。



「あぁ、そっか」


時計を見るとまだお昼にもなっておらず、静まった教室で1人、今日は半日だったと言うことにようやく気が付く。



俺は重いなまりが入ったような腰を上げ、教室から足を引き、廊下を放浪ほうろうと歩いては立ち止まり、また歩き出しては宙を仰いでを繰り返す。


青空の下。窓から見下げる活気溢れる部活生を眺め、俺はただひたすらに酷い虚無感にさいなまれていた。



階段を一段、一段、降りる度。かかとから響き湧き上がってくる婆さんとの短くも濃い過去の情景。



身内で誰かの死を経験したことは...



彼は突如、喉先まで込み上げた吐き気と共に考える事を辞めた。



「滝宮」

背後から聞こえる自分の名前を呼ぶ声に、俺は足を止め振り返る。


「ちょっといいか...?」

声の主は職員室の扉に手を掛ける担任だった。


「(突き指...)あ...はぃ」

指輪が目立つ薬指に巻かれた不恰好な包帯。俺は担任の言うまま職員室へと入り、担任の散らかった仕事机の前に立つ。




「あの、なんですか...?」

「いやな。図書委員で関わりが深かったお前には言っておこうと思ってな」

「(あぁ。婆さんの話か...)」

俺は心を閉ざして、耳を傾ける。


「いや...それもそうだが、何よりあいつと最も仲良くしてくれているお前だから。言わないといけない事がある」

「(あいつ...?)」

俺は首を傾げて担任の言葉を待つ。


「『花咲』これは婆さんの苗字だ」

「...はい」

俺はその久しく耳にする苗字に、初めて会った時の図書室を思い出す。


しかし、それも束の間。次の担任の一言でしのぶ情景が一気に吹き去り、俺は耳を疑った。




「これは、だ」



「・・・はい?」



「『花澤はなざわ 未依去みよこ』これがあの人の本当の名前だ」



俺は度重なる衝撃と混乱に、今にも考える事をやめてしまいそうな脳を必死にいで、思考を一回転巡らせる。

担任が言うには、婆さんは彼女と俺が入学する6年前にこの学校に就任したらしく、その強い口調や事細かい指摘に生徒達からあまり良く思われない事を婆さんは就任する前から危惧しており、6年後に身内が入学する際自分の身内だと周りの生徒から反感を買い迷惑が掛かるからといって校長へ頼み込み、かなり異例の偽名の使用を許可されたらしい。



「それって...もしかして」


「あぁ。花咲先生、いや...花澤先生は、花澤栞のにあたる」



可能性として浮かんでいた事が、現に担任の口から確証へと変わり、俺は息を辞めて記憶を辿たどった。





「あの子とは縁あってもうとても長い仲だけど、あの子はあんたの言う通り優しい子でね」



「実は、小さい頃両親2人共、交通事故で亡くなったんだ」


「未帆さんは住み込みじゃ無いから夜には帰っちゃて、今はあたいと婆さんの二人暮らし。まあ、その婆さんも最近は仕事場に泊まっててあんまり帰ってこないんだけど...」



「こちら実はお婆様のお部屋でして、一応許可は頂いておりますが出来るだけこの部屋での飲食はお控え頂けると助かります」


「全然全然!!分かりました!(...それにしては生活感がない部屋だな)」





「...あんた、あの子の彼氏かい?」




たった一つの事実で点だった過去が次々に線となり繋がっていく感覚に、俺は言葉では言い表せない、胸を強く締め付けられるような感情に縛られる。


そんな俺に担任が穏やかな声で語りかける。



「伝言...預かってんだ。夏休み前。帰ろうとする俺を花咲先生が呼び止めてな。いつも校内の清掃担当サボって怒られてたから、またそうだと思って俺は身構えたんだよ。だけどその時は違ってな。初めて見る穏やかな表情で伝えてきたんだ」


俺は偲び微笑んで話す担任を見つめ、その隠しきれてない悲しい表情に思いを寄せて婆さんからの言葉に耳を澄ます。



『感想文。来年の夏、図書室の机に提出しておくように』



婆さんからの最後の言葉。


俺はその言葉の奥に、『なに立ち止まってるんだい』と悲しみで虚になった俺の尻を叩き押されてるような気がした。



俺は鞄に入ったままだった一冊の分厚い本を手に取り


何かが挟まってできた隙間を開いた。





それを目にした瞬間。彼は一瞬かなしげな表情を見せたが、すぐに何か決心したかのような...いや。何か気付かされたかのように前を向き、



「...先生ありがとう。俺行ってくる!」



そう言い残して、勢いよく走り出していった。





彼の背中を視界から消えるまで見送ったその1人の教師は、椅子に背をつき宙を仰いでかぼそく呟く。



「また...叱ってほしかったなぁ」



その声は一瞬にして空気と馴染み、一滴のしずくが彼の頬を濡らして消えた。






「はぁっ、はぁ」


俺は走った。


学校を抜け、斜面山々を駆け上り、


息切れる自分の運動不足を恨みながら、ただひたすらに走った。



まぁ実際。走ったところで何かが変わる訳でもないのだろうが...


それでも俺は、走らずにはいられなかった。



「はぁ、はぁっ...鞄。邪魔っ」


肩から落ちてくる鞄を掛け直し、ブレザーのネクタイを緩め首元に風を通す。  



日は落ち着いてきたがまだ9月の始め。夏の残暑とは言えない蒸しかえる熱気。時折挟む木の影が恋しくなりながらも、重たい足を動かす。




「はぁ...はぁ。(ゴクッ)...着いたっ」



約20分程走り続けてようやく辿り着いた、巨大な門がそびえる花澤家。

俺は一息だけ付いてから、呼び鈴を鳴らす。



《ピーン ポーン》



静けさまとう風が俺の前を横切る。



「...」



「はい」

「あっ。こんにちわ、功樹です」



出たのは未帆さんだった。


少しの話をした後、門の施錠が開き、俺は門を潜った。



《ガチャ》


「どうぞ」

「お邪魔します」


そう言って玄関を開けて案内する未帆さんは平然を装いつつも、いつもより心が滅入っているのがその声色から読み取れた。


「この先、ふたつ奥の扉が栞お嬢様のお部屋です」


「...ありがとうございます」


未帆さんは俺を扉先まで案内すると、気を遣ってかどこか席を外していった。




「......」


彼女がいる部屋まで10メートルも無いところまで歩みを進めたところ。


俺は一度足を止めて、インターホン越しに交わした未帆さんとの会話をもう一度、頭に起こす。



------------------------------------------------------



『えっ...それって』



俺はその余にも信じられない事実を耳にし、未帆さんにもう一度聞き返す。



『はい...お婆さまが亡くなられたのは、花火大会の3です』



『(それじゃあ...あの時、ずっと)』



『お亡くなりになられてから数日の間、お嬢様は食事が喉を通らず、おかゆを飲み込むのでやっとの状態だったんです。毎晩のように扉越しから鼻をすすり泣く音が聞こえてきて...一度だけ寂しさと悲しみからか、亡きお母様とご主人様の事を泣いて呼び止める声すらした事も...』


未帆さんは声に詰まりながらも、俺に彼女の事を話してくれた。


『そんなお嬢様を見て、私は、花火大会に行く事をお止めしたのですが、誘ったのは自分だからと言って聞き入れてはくれず...』


『そう...だったんですね』


『それなのに...私の前で、栞お嬢様は笑うのです。栞お嬢様は...泣かないのです』


初めて耳にした未帆さんの震える声。


そんな中、


『功樹様...』


細い糸を針に通す時のように、真っ直ぐな思いで


『どうか、メイドとして不甲斐ない私からの切なるお頼みです』


未帆さんは言葉を託した。


『栞お嬢様を...泣いて。笑わせてあげて下さい』



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きっと、どれだけの物を差し出そうとも、人の死を拭える事はないだろう。


そんな事は分かってる。


どれだけの言葉を並べて包もうとも、人の心を揺らすので精一杯だろう。


それでも声を掛けずにはいられない。


孤独。悲しみ。胸に抱えきれない痛みに現実。


それらを超えるものなど、あるのだろうか...


俺がそれを今、持ち合わせているのだろうか...



答えなくとも、俺は知っている。


涙なくして、人は本当の意味で笑えないと言う事を。



そして、



その涙を、今の俺では引き出せないと言う事を。






《コンコン》



「あのっ、功樹...です」



直前で緊張したのか、敬語が語尾に付く。



扉の向こう。

鼻を啜るような音はしなかったが、とても人が居るとは思えない程の静けさを感じた。



15秒ほどの沈黙が流れた後。鍵の開く音が俺の背筋を吊り伸ばした。


《ガチャ》


ゆっくりと開いた扉の先に居たのは当然、彼女であったが、それは俺が知る彼女では無かった。


「え〜っと...あぁー。すまんっ。あれだろ?急に連絡取れなくて今日も学校休んだから...」


いつもより口早に話す彼女。その間、一度も彼女と目が合うことはなかった。


「いやー、あれなんだよ。あっごめん、立ち話もなんだし部屋入って」


「あ、ううん。ここで大丈夫」


「あっ...そっか。いやさっ、なんかずっと体調優れなくてさ〜あたいもどうしたものかと悩んでたんだけど、まあ1日ぐらい休んでもいいかな〜って思っちゃって」


それはまるで独り言のように、


「それに今までのこと考えると1日くらい休んでも全然問題ないかなってさ?」


まるで自分を偽っているのを自分に気が付かれないようにと、


「後、もしなんか、えーっとあれ...食中毒?ノロウイルスって言うんだっけ?それだったら皆にも迷惑かかるし、それに」


口を走らせ続ける彼女の姿。


「栞...?」


俺はそんな彼女の言葉をさえぎるように、彼女の名前を呼んだ。


「えっ...」


彼女はとても驚いた様子で、この時、ようやく彼女と目が合った。


「あぁ...ごめん。聞いてるんだよね、全部」

「うん」

「黙ってて、ごめん」


俯く彼女に俺は首を横に振る。

俺は鞄から婆さんから課せられた一冊の本を彼女に渡す。


「これは...?」

彼女は渡された重い本に首を傾げる。

俺が口で指す前に、彼女は本にできた隙間に気付き


そのページを開いた。



そこには——




【栞へ】




『一通の手紙』が挟まれていた。



[私の部屋の前で読む事]


達筆でそう書かれた文字に、彼女は驚きと動揺が混じった声で俺に聞く。


「これって...」

「うん。婆さんから」


彼女は理解と心の準備、息切れた時を休めるようにジッとただその手紙を見下ろして幾つかの時を置いた後、渦巻き分離した感情がなんとかひとつの形を成せたように彼女は顔を上げ、俺を霞むような声で婆さんの部屋へと手招く。



視界が懐かしさを訴える、テスト前に皆と訪れて以来のその部屋の扉。


きっと俺がその部屋に抱く、この感情とは全く別の重い想いを偲ばせる彼女の眼は、遠く、静かに、扉の先を見つめていた。



「俺...席外そうか?」

そう聞くと、彼女は口にはせずただ首を横に振った。



そして、彼女は視線を落とし。

手紙の口を開けて、文字肌透けた四つ折りの手紙の袖を広げる。




         :

         :

         :


————————————————————

         栞へ


      ごめんなさい。


私は沢山の気持ちと言葉。

あなたを置いて、出掛けてしまいました。


その中でも私はあなたに沢山、謝らなければなりません。



ここ数年。あなたの祖母として、接せれなくてごめんなさい。


私の我儘わがままで、一人ぼっちにさせてごめんなさい。


あなたが高校生になって、図書室で会った時


制服とても似合ってるわよ。と言ってあげれなくてごめんなさい。


大きくなったね。幼さが少しだけ抜けたね。


そんな事をあなたに思う時間を与えてしまいごめんなさい。


あなたが中学2年生の時。


私を引き止めるあなたに強く言ってしまいごめんなさい。


その次の月の誕生日を、一緒に祝えなくてごめんなさい。


お母さんとお父さんが突然居なくなって、


私が祖母として初めてあなたと会ったあの秋祭りの日。


まだ幼かったあなたは、甘える先を探すように


私の小指をそっと掴んでくれた。


その小さく柔らかい手の感触は、今でも忘れない。


それから毎年行くようになった秋祭りも、もう最後に行ったのは3年前。


毎年楽しみにしていたのに...本当にごめんなさい。



こんなにも、あなたに謝る事ばかりで、


一緒に暮らしてた時も叱ってばっかり。


まあ、でも流石に昼寝してる私を見つけて、


救急車を呼んだのは今でも有り得ないけどね...人生で1番気まずかったわ。


叱られて泣いて、甘えてまた叱られて。こんな叱ってばかりの私に、


それでもあなたはりずに笑って色々と困らせてくれた。


今思えば、私にとってそれが1番幸せな時間でした。


今も尚、私にとってあなたは1番の宝です。


そんなあなたから、離れる決断をした私を、あなたはきっと怒るでしょう。


それでも、今のあなたなら、あの子達なら大丈夫。


ついさっき、そう確信したわ。


こうして、最後まで声にして伝えれずに


あなたの前から姿を消すことを、


...そうね。あなたはそう言っても許してはくれないわよね。


だけど、もう年齢には逆らえないのよ。


だからと言っちゃなんだけれど、


3年越しの誕生日プレゼントをその扉の先に置いてあるので


受け取ってちょうだい。



長くなってしまったわね。もうそろそろ首も痛くなる頃だろうから、


この辺で終わりにするわね。



あなたの祖母だけど、まるで友達のように接してくれていた


心優しいあなたに出逢えて、私は


本当に幸せでした。


こんな私を、あなたの親にしてくれて



本当に、ありがとう



またね。



    あなたのお婆ちゃんより


        追記:よろしく頼んだわよ


————————————————————




どこからだろう...水滴が落ち滲んで読みづらくなったのは。


いつからだろう...霞む視界に慣れてきてしまったのは。



彼女はその瞳から逆らう事なく溢れだす大粒の雨に、下唇を噛んで幼い少女のような顔で手紙を胸に抱き、声を震わす。



「〟おばあ..ちゃん゛。おばぁちゃん゛...!!〟」



彼女は張った糸が切れたかのように、沢山の涙を床に落として崩れ落ちた。


俺は一瞬躊躇した左手を、そっと、優しく彼女の背中へ添え、ゆっくりと小節を刻みながら彼女の悲しみにただ耳を傾ける。





10分位だろうか。



「ありがと...もう、大丈夫」


彼女は涙を拭う動作と共にそう言って顔を上げる。

それと同時に俺も彼女の髪から手を退ける。


「なんか飲む?」

「ううん。大丈夫」


彼女は大きく胸で深呼吸をし、息を整えて扉の先を見つめる。


「開ける?」

「...うん」


そううながすと、彼女は少し緊張を帯びた様子で頷く。


俺は彼女の確認をとった後、彼女と同様肩を固まらせながら、


ゆっくりと


ドアノブを押して、扉を開いた。






「...ねぇ。また泣きそう」


そう震えそうな声で呟く彼女の目先に飛び込んできた、鮮やかな光景。


それは——



鳥居型の衣紋掛えもんかけに掛けられた、とても綺麗な浴衣だった。



その華やかな蜜柑みかん色の浴衣には白紫陽花あじさいが美しく描かれており、俺はその浴衣を見て容易に彼女が袖を通し着こなす絵が頭を過ったが、それと同時に浮かんだ実際目にしてみたいという私欲な気持ちを俺は必死に押し殺した。


「凄い、綺麗だね」


「お婆ちゃん。毎年私が秋祭り行く度に浴衣の人見て羨ましがってたから...うぅ」


彼女は浴衣を前にして、また溢れそうな涙をグッと抑え、鼻を啜る。


「お婆ちゃん...ありがとう」


亡き祖母からの盛大な誕生日プレゼントに彼女はお礼を言い小さく首を折る。





この時。俺は、とても悩んでいた。


ポケットに潜ませた彼女への渡しそびれた誕生日プレゼントを握って。



「(どうしよ...きっと今彼女への誕プレ期待値ライン、物凄い上がっちゃってるよね、これ)」


目の前にした婆さんから彼女へのプレゼントに俺も感動したのだが、それは同時に自分のプレゼントが物凄く出しづらい状況だと言う事を示していた。


「(んん〜〜...)」


俺は隣で涙を堪える彼女をよそに、考えに悩み、


ようやく渡す決断に至った。


「あの〜...」

「ズズっ...ん?どうじた?」


鼻声になってしまった彼女に俺は勇気を出しポケットから小さな箱を取り出す。


「これっ...誕生日、プレゼント」

「えっ.........え!!?!?」


彼女は充血した目を見開いて驚いた。


「少し遅れちゃったけど、受け取ってくれますか?」

「えっ、はい!ごもっともです!」

「んん?ごもっとも?」

「あっ、違う。是非ともです!」

「あ、あぁ!では...どうぞ」


俺は彼女の手に箱を乗せた。

彼女は息を呑み、緊張と期待を漂わせた瞳でゆっくりと箱のふたを開けた。


そこには、蒼碧そうへきがかった美しい翡翠ひすいの玉が埋め込まれた...


「...ピアス?」

「う、うん。何がいいか迷ったんだけど、ふと耳のピアスを思い出して...」


俺は彼女の耳に付けられたシンプルな銀のピアスに目をやり答える。

しかし彼女は、少し困ったような顔を見せた。


「えっ、あ...気に入らなかった?」

「ううん!そうじゃなくて...とっても綺麗なんだけど」

「??」


俺は不安に首を傾げる。


「いや...実は。これ、イヤリングなんだ」


「・・・・・・え?」


俺はその予想外の発言に、思考が止まった。


「あっ、でもね!きっと未帆さんがイヤリング用に変えてくれるから大丈夫!」


彼女は慌ててフォローを入れる。


「あ、あぁ。そっか!それなら...まぁ、うん。よかった。...ごめん」


「ううん!大丈夫だから!ほんとっ...だから謝らないで!」


「うん...」


明らかにしょげる俺を見て彼女の会話のリズムが少し狂う。


「えあ〜、こりゃ綺麗だ!ほんと、あたいの目の色と一緒!《チラッ》」


横目で彼の様子を覗く。


「まさかそれでこの色に!?いや〜流石だな!《チラッ》」


少し元気が戻ったように見える。


「ありがとな!これほんっと、嬉しい!《チラッ》」


彼は次第に顔が上がる。


「うん。気に入ってもらえて良かった...」


ションげりからなんとか照れ嬉しまで彼の表情が戻り、彼女は安堵あんどする。



「ふっ...ふふ。...ハハハハハっ!」


「えっ?!なに...?やっぱり嫌だった?」


「ううん、違う違う。ただなんか面白くて...ハハっ、ハハハ」


「え〜〜〜〜...ん〜、面白いの?」


「うんっ...はぁはぁ、お腹痛い」


「まあ、それなら良かったけど...」


理由は分からないが、その泣いて笑う彼女の姿に俺は心から安堵した。



「はぁはぁ...ありがとな。今日1日」


「...うん。こちらこそ」



一度泣いて崩れ落ちた彼女だったが、今は腹を抱え笑っている。

それは俺が起こしたものなのか、彼女が少し気を遣ったものなのか。

理由なんか、そんなのどうでもいい...

ただ今は、この笑った彼女が見れただけで...もう、それだけで



俺は...





婆さん...いや、先生へ。


よろしく、頼まれました。


功樹より。




「あ、今年の秋祭り。勿論、ついて来てくれるよな?」


不意をつくその無邪気に笑う顔。


あぁ...もう本当に、


「...勿論っ!」


ずるいと思う。





【番外編〜おばあちゃんとあたし〜】


これは彼女がまだ9歳だった頃のお話。


[TV]

  ⊥

[迷子になったその少女は、道行く人に自分の住所を的確に伝え、無事家に着いたとの事です]

[いや〜やはり親御さんがしっかりお子さんに、住所を覚えさせるというのは大切なんですね〜]

[そうですね〜]


婆「…」



婆「これ、覚えなさい」

栞「な〜に?これ」

婆「住所よ。この家の場所が書いてるの」

栞「ふ〜ん。分かった!」



[TV]

  ⊥

[その長年、地元県民から愛された華の動物園のパンダ『ベアロト』ですが、つい先程息を引き取ったとの事です]

[付き添ってお世話をしていた遠藤さんは、ベアロトの最後を、眠るようにとても安らかでしたと語っています]

[日本全国をその愛らしい姿で活気付けてくれた『ベアロト』。ご冥福をお祈りします...]


栞「…」



〜数日後〜


婆さんは座椅子にくつろぎ、昼寝にほうけていた。


栞「おばーちゃーん!巻貝、巻貝が!」

婆「スピィ〜...スピィ〜...」



栞「(・・・死んでる...!!)」



《バタバタバタバタ》


栞「え〜と、え〜と、けいさつ、けいさつだから」


[119]《プルルル〜...ガチャ》


[はい。火事ですか?救急ですか?]

栞「死んでます!!」

[え?あ、えーと...かしこまりました。救

急ですね。住所分かりますか?]

栞「住所?...ハッ!」



これが、婆さんが人生一の恥をかいた事件までの流れである。

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夢いた未来 Yumemi @6yuMemi9

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