第2話 放課後の夢と異変




どうして、こうなった...

何でこんな......



「はい、皆さん集まりましたね。まあ皆さんと言っても、2人だけですけど」


この凛然りんぜんとした婆さん。多種多様な和柄の布を切ってい合わせたような服装に白髪7割、黒1灰2割と混色した肩につかない程度の短めな髪。丸渕眼鏡まるぶちめがねを掛けたとても優しそうな婆ちゃん像とはかけ離れた婆さん。


「私は、ここ図書室の管理役をさせていただいています、花咲と申します。今日は貴方達、図書委員の今後の活動についてお話しさせていただきます」

「(にしても、どうして俺と、この...金髪女ヤンキーが同じ...あ、そういや教室を出るときに涼哉...)」



{あ、功樹!礼はいいからな!👍✨}



「(そんなこと言って...あ〜、はめられたー!)」

恐る恐る、隣に座る金髪女ヤンキーに目をやる。

きっと携帯を片手にガニ股で退屈そうに爪でも見てるのだろうと思いながら



———え?



「はい!よろしくお願いします!!」

そこにいたのは、もはや別人と言っても納得する程の別人。しっかりと両足を揃え、携帯はおろか、手はひざに丁寧に置かれ、背筋は真っ直ぐに伸び切っていた。

「まず、毎週火曜日の放課後に本の整理として集まってもらいます」

「はい!」

「今日だけ、木曜日なんだけどお願いしてもいいですか?」

「はい!もちろんです!」

婆さんが淡々と進めていく中、俺は彼女の豹変ひょうへんぶりに開いた口がふさがらず、それからの内容が全く頭に入ってこなかった——





「説明は以上です。では本の整理よろしくね」

「はい!お任せください!」

席を立ち、お手本のようなとても綺麗なお辞儀に見惚れているうちに、婆さんは出ていってしまわれた。

扉を閉めて生まれた風が、2人の間を静かに横切っていく。



「「・・・」」



「(これは...気まずい...!)」

2人きりになりとても静かな空気が俺たちを支配する。


「(どうしよう、声をかけてみるべきか。それとも、そっと触れずにいるべきか...彼女も何故かそっぽ向いて微動だにしないし。んん〜...)」

あまりの空気感に耐えきれず、硬く引っ付いた唇をゆっくりと離す。

「あのっ」

    

《ガタッ》


俺の声をさえぎるかのように、彼女は椅子を机に戻し。そのまま席を離れ、1人頼まれた本の整理へと向かって行く。


「ちょ、あのっ!俺、何したら...」

彼女は足を止め、一言。

「気安く話し掛けんじゃねえ、いんキャ」

「なっ。どこがっ!」

思わぬ罵倒ばとうに、慌てて反論する。しかし──

「前髪は長いわ、寝癖も付いてる。部活にも入らず、学校でも来て寝てるだけ。おまけにその厨二病的思考」

かなり芯の突いた事を言う彼女に、顔から徐々に物怖ものおじがにじみ出る。

「何故そこまで...」

指摘されればされる程、膝の関節が無くなっていくかのよう。

「これだけでも十分、《陽》ではない」

「...(ガクッ)」

ダメ押しの一言に、完璧に関節が溶け落ち。彼女は満足したのか長い金髪をなびかせ、その場を離れて行く。

「(...くそぅ、ちょっと自覚はしてたけど、あんなはっきり言わなくても...絶対いつか見返してやる)」

心に誓い、腰を上げ彼女の後を追う。


一つ扉の向こう。そこはびっしりと本のき詰まった段ボールの山々が隅々すみずみに重ね置きされ、壁にも本棚が並ぶ。ひとりがけ用の椅子と机。婆さんの趣味なのか、部屋の隅々に硝子ガラスで造られた多彩で個性的な魚や花の置物が並んでいる。机に急須きゅうすやポットが置かれている事から、恐らく此処ここは婆さんの事務休憩部屋なのだろう。

そして、この部屋は一段と本の匂いが強く、あの透けた白いカーテンのせいかとても暖かく感じ。祖母の家に帰った時みたく、懐かしい気持ちになる。


「すう〜〜はあ〜〜...いい」

「きんもっ」

(ピクっ)

「そうゆうの、軽々しく言うんじゃありません。俺じゃなければ傷つくので」

「・・・」

何か言い返してくるかと思い身構えたが、彼女は何も言わずそっぽを向き、机の上に置かれた段ボールに手を掛ける。

「ちょ、それ1人じゃ流石さすがに」

彼女は聞く耳を持たず、そのまま持ち上げる。しかし想像以上に重かったのか、そのまま本の重さに耐えきれず——

「わっ!」

「危ないっ!!」


段ボールから本が飛び出し、宙に舞う。








そして、重力に従い無数の本が俺たち目掛け降り注ぐ。


《ドンッ!バタバタバタッ...》


「痛っつあ〜」

腰からじんわりと痛みが伝わる。

「(ん?何これ...)」

痛みと同時に感じたことのない感触が胸に、

「(え、嘘...まさかこんな、アニメでしか見たことないのに...まさか)」

恐る恐る、目を開け、そのまさかが的中する。


透けたカーテンをまたぎ、雲に隠れていた夕光りが俺たちを照らす中。本は床に散らばり、彼女が俯き姿で俺の胸元に倒れて...


俺は思わず目を逸らし、宙を見上げ未来をさとる。

「(あ...終わった。きっと、目覚めたら俺の腰以外の骨数本やられる。そして学校中に変態として広められ学校生活も終わる。あ〜、もうこのまま時が止まり、目が覚めたら自分の部屋のベットだったりしないかな...)」

なんて事を考えるも、今を変えるすべは無く。つばを飲み、覚悟を決める。


「あのっ...大丈...えっ?」


そのあまりにも予想外の光景に思わず言葉が詰まる。

そこにいたのは顔を耳まで赤らめ目を逸らす、とてもあの金髪女ヤンキーとは思えない表情をした女の子。もはや、はじめましてのレベルの女の子。

そんな彼女を前に呆然ぼうぜんとした俺を見て、彼女はすぐさま立ち上がる。スカートのほこりを払い、乱れた髪を簡単に手で解き耳に掛け。一度、浅く息を吐き深く息を吸って整えた後、彼女の喉から鳴る小さな声と共に、細く繊細な手が目の前にスッと、差し伸べられる。


「ん...」

その彼女の一連の行動をただ見つめ。尚、唖然あぜんと見上げる俺に、さらに手を伸ばし声を鳴らす。


「んっ...!」

俺は思考が追いつかないまま、その差し伸べられた細く小さな手を掴み、倒れた体を起こす。

「あ、ありがとう」

立ち上がりそう言うと、彼女は何故か少し不機嫌そうに答える。

「何で、あんたが先に言うのよ...」

「え?」



沢山の本と、ただよう優しく過去の情景じょうけいを想いしのばせひたらせるような、その暖かい本の匂いが一室を支配する。そんな静寂せいじゃくに囲まれた部屋の中、彼女の声が胸へと小さく語り掛ける。



「...助かった、ありがと」


彼女の髪は夕焼けに染められるも、時折ときおり垣間かいま見える月明かりのように輝く金髪は、とても幻想的で。こちらを向く深秘的な碧い瞳は、俺を更に彼女へと引き込んでいく。


そんな彼女から発される優しい声は耳を通って胸に落ち、高く波打つ鼓動に



この時、ようやく気付いた。




きっとこれが、彼女を初めて知った日。

俺はこれからずっと忘れない。



手を取った彼女の手は、とても暖かく。

手を取った俺の手は、とても熱かった。





---4月9日---


~次の日~



「で、どうだった?」

朝、席に着いて早々、目を輝かせながら振り返る涼哉。

「お前なあ〜...どうもこうも、知ってたんなら言ってくれよ」

「だって、知ってたら帰ってただろ?」

「...まあ」

いつも全て見通されてるというか、知り尽くされているというか。

3年の付き合いでこうも分かるもんなのか...。

「それで、仲良くなった?」

さらに前のめりで、楽しそうに詰めてくる辺り恐ろしい。

「まあ、きっと涼哉が思ってた通り、悪いやつじゃなさそうだったよ」

「ほ〜、その感じ。何かあったな?」

不敵な笑みを浮かべ、目を鋭くしこちらを見てくる。

一瞬、図書室で倒れたシーンが頭を過ぎるがすぐに頭を横に振ってき消す。

「な、何もないよ!」

「へえ〜」

「あら、今日は珍しく起きてるのね」

後ろから凛然りんぜんとした館宮さんの落ち着いた声。

「あ、委員長おはよ〜。今日も可愛いね〜その、赤のヘアゴム」

涼哉が褒めてるのか馬鹿にしたのか分からない、上げて落とすような際どい発言を朝の挨拶からぶっ込む。

シンプルすぎて褒める要素なんて無いヘアゴムに対し取った涼哉の行動に、俺は思わずられると思い目をつむる。

「おはよ。...ヘアゴムってこんなにも褒められて嬉しくないものなのね」

意外にも冷静に答える館宮さん。更に言葉を続ける。

「少し、あご...引いてくれる?」

「え?こう?」

そう涼哉が聞いた瞬間——


《ズドーン!!》


重く深いエグるような音。

「ってえ〜〜〜」

今日は涼哉の後頭部が腫れた。


「(ですよね〜...)あ、委員長おは......ん??」

自分の口から出た言葉にとても違和感を覚えた。





「え!?館宮さん委員長なの!?」

思わず前のめりになり問い掛ける。

「まあ、成り行きで、ね...」

「おぉ〜。まぁ確かに、これ以上無い程適任だね」

成績もトップクラスで先生からの信頼も高そうだし、それに館宮さん以上に委員長の肩書きが似合う生徒は他に居ないだろう。

「それも、委員長の仕事?」

涼哉が興味ありげに、手に持つプリントの束を覗く。

「そうね。これは龍円寺先生にクリームパンと一緒に押し付けられた感じよ」

「(あの担任はっ...)」

自由すぎるというか、あれでよく教師やれてるな。※今年だけで校長に8回呼び出し食らってます。

「貴方達にはもう先に渡しておくわ。ここに保護者さんの名前とハンコ貰っておいて」

手元のプリントから2枚引き抜いて机に置き、サインする場所を指差す。

「あれっ、館宮さん。ここって」

「いっ」

少し気になった所があり机の下から手を出して指そうとしたのだが、タイミングが悪く、軽く館宮さんの腕に当たってしまう。

「あ、ごめん!大丈夫??」

「えぇ平気よ、気にしないで。そこはあなたの名前でいいわ」

軽く抑えながらも、教えてくれる。

「あ、うん。ありがとう」

その様子を見ていた涼哉が気になったのか、館宮さんに問いかける。

「ねえ、館宮さん。もしかして腕怪我けがしてる?」

「え、そうなの?!」

「え...えぇ。まあ、少し、ね。」

見事、涼哉の予想が的中し、俺は怪我した腕に当たってしまった俺の左手をにくんだ。

「ちょっと見して?」

涼哉が心配そうに声を掛ける。

「大丈夫よ、昨日少しぶつけただけだから...」


《ガラララ》


涼哉が何か言おうとした時、先生が今日も寝癖のついた乱れた髪をきながら、チャイムギリギリで教室に入ってきた。後どうでもいいが、今日は肘にも絆創膏が増えていた。

「は〜い、ホームルーム始めるぞー。席につけー」

それぞれが席に着き始め、館宮さんも席へと戻っていった。

金髪女ヤンキーの席はまだ、空いていた。



そして俺は、いつもより少し遅めの眠りについた——





それから、金髪女ヤンキーは図書室での一件以降、学校に1度も姿を現すこと無く



4日が過ぎた。




---4月13日---



~火曜日~



朝。今日もいつもの時間に家を出て

「おにいちゃん、いってらっしゃーい!」

「気をつけてね〜」

窓際2列目一番後ろの席に着き

「おっは〜、今日もいい寝癖だね〜」

「それめてんの...?」

いつもの様に椅子と腹合わせで座り、俺の机にひじを置きてのひらあごを乗せて楽しそうに笑う涼哉。

「褒めてる褒めてる!もう何年その寝癖見てきてると思ってんのさ!」

涼哉のドヤ顔はそのオーラのせいか、一段とドヤって見える。

「ほ〜、じゃあ今日の寝癖は何点?」

「今日のはねえ〜、右曲がりが一束にそこの生え際から左曲がりの枝毛が2本あって、アホ毛寄りの寝癖だから82点ってとこかな!」

「おお〜」

不意にも、それらしい回答に少し感心してしまった。

「寝癖くらい直してから来なさいよ、あほぅさん」

今日も朝からプリント片手に軽いジャブのように言葉を掛ける委員長。

「何その罵倒にさん付けした言い方...(ん?待てよ。あほぅさん?アホさん...アホ毛が...3本...)」


「「おお〜」」

涼哉と声を合わせて思わず拍手した。


「そこはツッコミなさいよっ!」

思っていた反応と違い恥ずかしくなったのか、少しほほを赤らめながら溜息をく。

すると、館宮さんのいつもとの大きな違いに涼哉がいち早く気付く。

「あれっ、委員長今日眼鏡めがねは?!」

「あっ!ほんとだ!」

眼鏡が無いだけでまるで別人かのよう、かたく真面目な印象が少し引き、元々顔立ちは整っていたが、より一層美人で可憐かれんさが強調されていて思わず見入ってしまった。

「ちょっと、落として割ちゃって...ってそんなジロジロ見るなっ!」

さっきまで持っていなかった本をどこからか取り出し、俺の後頭部目掛け突き落とす。

「イテッ!どっから出てきたのそれ!?ってか何で俺だけ...」

今日もまた後頭部に腫れができた。



そんないつも通りの日々の中、何故かずっと彼女の顔が頭から離れず、反対側の空席を時折、ただ眺めていた。



「何だろうこのモヤモヤ、君と過ごしたあの日からずっと消えない。早く来て...じゃないと俺、もうどうにかなっちゃいそう...!!」

恋する乙女おとめのような台詞セリフを目の前で真剣に演じる涼哉。

「勝手にアフレコすなっ」

「イテっ」

しっかりと痛いデコピン。

「でも、心無しか間違ってなかったんじゃない?」

4時限目が終わり皆がそれぞれお弁当や財布を持って教室を出て行く中、涼哉が楽しそうに聞いてくる。

「そんなんじゃ無いよ!俺は夢子さん一筋だ!」

これに関しては胸を張って言い切れる。

「だけど、それとは別で...なんか胸に突っかかるというか。一週間前のあの日から一回も学校に来てないってなると、俺...なんかしたのかなって。ただ気になるというか...」

そう言う俺を見兼みかねて、やれやれと言わんばかりの顔で、とても自信ありげに——


「大丈夫だよ、きっと。それに、もうそろそろ来るんじゃないかな...?」

「え?何でそんな事わか」


そう言うと、俺の声をさえぎる様に教室のドアが開き。太陽に照らされて輝く金髪をなびかせながら、大きく青い瞳の彼女が悠然ゆうぜんと入って来た。一瞬、太陽光のフィルター効果もあったのか思わず見惚れてしまったのを誤魔化ごまかすように、俺は涼哉の宣言通りになった事にとても驚いた。


「え!!何でわかったの!?何?涼哉、神の使いかなんか?!」

「ふっふ〜ん」

とても自慢げにドヤる涼哉が、凄いと恐ろしさを超えて、とても眩しく見えた。

彼女はそのまま6日振りの登校とは思えない程、何事もなかったかのように席に着いた。


すると、その様子をまじまじと見ていたら鞄を机に掛ける彼女と目が合ってしまった。

俺は慌てて目を逸らし、少し時間を置いてからまたゆっくりと彼女の方へ目をやるが、

「あれっ?」

そこに彼女の姿はもう無かった。

「彼女ならお弁当持って出て行ったよ」

「え。あ、そっか」

一週間振りに目が合うも、彼女はすぐにまた僕の目の前から姿を消してしまった。今日の放課後、彼女は現れるのだろうか...そしてこのモヤモヤは消えるのだろうか...。





「(そういや、彼女いつもお昼どこで食べてるんだろ...)」

「さあ?」

「え...俺今、心の中で話してたと思うんだけど」

「あ、ほんと?ごめん間違えたっ」

この時、涼哉の凄さが眩しさを超えて、恐怖へと変わった。




詩波涼哉しなみ りょうや

1月1日生まれ16歳 天秤座AB型 特技:サッカー、心理戦 

赤茶髪の学校一のイケメン優等生 恐ろしい程に勘が当たる

好きな飲み物:ブラックコーヒー  嫌いな食べ物:納豆 

うそまことうわさ逸話いつわ:1日で7人に告白され、各休み時間に1人ずつ丁重に断った。放課後、複数のヤンキーから嫉妬しっとを買い、目をつけられ喧嘩けんかを持ち掛けられるも、たった1人でそれも無傷での撃退。その他諸々もろもろ...




巧「え、俺の時と全然違うじゃん...」

涼「あ、あと親友思いって追加しといて」

巧「涼哉...(照)」

舘「きもっ...」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る