第1話 始まりの夢




---4月8日---


~木曜日~



春風が教室のカーテンを揺らし、暖かい日差しが俺を包み、眠りへといざなう。

俺はここ丸2日、1日の大半を睡眠についやしている。

入学早々、顔も知らない先生に心配され、名前も知らない先生に何度も注意された。授業?成績に内申?夏休み明けの体育祭に文化祭?修学旅行?俺はその全てを諦めていた。もういいんだ。もう...何も......。


優しすぎる日差しと、ひんやりと心地よい机の温度が、俺をさらに深い眠りへと落としていった。




意識の外側から、わずかに聞こえるチャイムの音。

「お〜い」

次第に意識の内側にまで、聞こえてくる誰かの声。

「お〜い、起きろー。もう昼飯だぞー」

「ん、ん〜〜しるこぉ〜俺のしるこがぁぁ〜」

「しるこ?どんな夢見てんのさ...ほら、起きろっ」

優しくもしっかりと痛いデコピン。

「んあっ...っう〜〜」

この、後からじわじわとくるしびれるような強烈な痛み。まるで、フカフカのベットに勢い良く飛び込み、体勢を変えようと動いた時『あ、これツる』と分かっていてもどうしようもにできず、だんだん悶絶もんぜつしていくがごとく。

まだ痛みが残るつむじ少し上をさすなぐさめながら、ゆっくりと顔を上げ、上目で一応確認。

「ん〜。やっぱり、涼哉か...」

「おっ、起きた起きた」


とても嬉しそうに、寝起きには眩しすぎる笑顔を放つこいつは、中学からの付き合い、詩波涼哉しなみ りょうや。痛かった俺の中学時代で唯一構ってくれていた友達で中学時代は〈成績トップ〉〈サッカー部キャプテン〉〈ムードメーカー〉それに加え、女子は勿論。男子も認める程の《イケメン》。俺にはもったいない友達だ。


「いいんだよ、もう。俺の青春は始まらずに終わったんだ。残り3年、テストの平均点だけ取って後は寝て終える...」

再び両腕で作った枕に顔を埋める。

「高校1年3日目が何言ってんのさ」

反応しない俺に、小さく鼻から息を吐き、ねた小学生をなだめるように優しく微笑む。

「...入学式で言ってた夢の事、俺でよかったら話聞くよ?」

「...違うもん」

埋もれながらも反響しわずかに聞こえる声。

「(おっ、反応した。)じゃあどうして、ずっと落ち込んでんの?」

反応して少し嬉しそうな涼哉。

「落ち込んでない...」

「ふ〜ん、そっか、ならいいや。もし落ち込んでんのなら話くらい聞こうかと思ってたけど、落ち込んでないって言うんなら俺、購買行ってこよっと」

席を立とうとする涼哉を足で止める。必死に笑いをこらえる涼哉が目に映る。

「笑ったら話さん...」

「はいはい」

眉間みけんにシワを寄せる俺を見て、軽くもう笑いながらも再び椅子に腰を下ろす。

「で、何があったの?」

ひじをつき、手であごを支え、満足げにこちらを見る。

またまんまと踊らされた感が少しいなめないが、4月6日の入学式。一体何があって今に至るのか事細かく話した。



---遡る事2日前---



~入学式当日~



照り、晴れ渡る空。

俺は、夢の現実に心を躍らせながら家を出た。あの日の俺は、いつも吠えてくる近所の犬も祝福の声に聞こえ。靴の裏にこべりついた水色のガムも幸運へのきざしと感じ。初めて見る校長のながったらしい挨拶も心を浄化していくような美しいクラシックに聞こえる程、放課後の屋上で夢子ちゃんと会える事で心が満たされていた。


入学式が終わり、クラス分けされた教室にそれぞれ別れ。担任の挨拶と生徒1人1人軽い自己紹介をし、なにかよく分からないプリントを幾つか貰い。チャイムが鳴り。そして、ついに待ちわびた放課後がやってきた。


俺は急いで、2階から5階の屋上まで駆け上がりたい気持ちをグッと押え、1度トイレに入り、入念に寝癖がないか確認。何度か自分とアイコンタクトを交わし、ゆったりとした余裕のオーラをただよわせつつも、いつもより少し早歩きで階段を登った。

深く深呼吸をし、体を落ち着かせ、心は躍らせながら。


「すう〜(ついに、ついにこの時が来た)はあ〜(夢にまで見た。いや、夢で見た、彼女との出会い!)」

色んな妄想が頭を駆け巡り、呼吸を忘れる。

「......っすう〜(落ち着け、落ち着け功樹。第一印象が何よりも大切)はあ〜(そう、メンタリストのDAIKOさんも言ってた)」


3階

「すう〜(あくまでも偶然に、自然体で)はあ〜(余裕のある、大人の男感を漂わせながら)すう〜(『いやあ、まさか他に人がいるとは...君も、風をあたりに?』)はあ〜(...よし、これで行こう)」


4階

古い机や椅子。赤のコーンで塞がれた階段を退けて進んでく。

「すう〜(いや、でも流石に風は引かれるかな...?)はあ〜(シュミレーション。そうだ、何でも1度シュミレーションしてみよう)すう〜(『今日の風は、何故か一段と気持ちいいね。どうしてかな...?』『は?風?きんもっ死ね!』)はっ..は、はあっ(落ちっ、落ち着け功樹!あくまでこれはシュミレーション。大丈夫、大丈夫だ...)」

胸を押さえ、手すりにもたれるように掴まる。相当なダメージを負ったようだ。

乱れた呼吸を、少しずつ整え。再度大きく深く深呼吸をし、あと残りもう少しの階段を、ゆっくりと登る。


5階

少しびかけた鉄とぼやけ硝子ガラスの扉。

「(ここを開けると屋上...)すう〜〜、はあ〜〜」

最後に1回。さっきより深い深呼吸を入れ、ドアノブへと手を掛ける。

「(ついに...やっと、ここから俺の青春が...始まる!!)」

勢いよくドアを回し押す。が...



俺はあまりにも予想外の出来事に1度、単純なことながら一瞬理解が追いつかなかった。



「え...あっ...鍵...?」

まあ、当然といや当然。むしろそれが頭に無かった事の方が不思議。

何度か押したり引いたりして確かめたが、やはり鍵はかかっている。俺はこの置き場の無い気持ちを一旦どうしようかと思い、一旦扉に背中を向けて腰を下ろす。



俺はこの現実から目を逸らす様にして、自分の来た時間が早過ぎたのだと思い。シュミレーションと言う名の妄想を何通りもしながら、時には傷つき、時には心が躍りを繰り返し、待った。もしかしたら階段から上がって来るかも知れない彼女への第一声を、何通りも考えながら、待った。

何度目かのチャイムがなろうとも、ずっと。

もしかしたら、出会ったのは夕時だったかも。そう思い込ませながら...

空がだいだいに染まっても、ずっと。待った。待ち続けた。



しかし——



結局、彼女は来ず。日は沈み。暮れた面持ちでゆっくりと、とてもゆっくりと。

一段ずつ。静かに。階段を降りた。



意気消沈いきしょうちん。まさにそれを体現しながらも、まだ完全に諦めた訳でもなく。

でも、ただ今はもう、ほんと...意気消沈いきしょうちんつらみの極地きょくち

すっかりうつろ状態になった俺は、あと残りもう数段の階段を6分かけて降り。おぼつかない足取りで下駄箱へと向い、靴を履き替え。冷たい風に当てられる。

この時、黄昏時たそがれどきがこれ程寂しく感じるものなんだと初めて知った。

息を溢し、駅へと向かう部活生の喧騒盲目けんそうもうもくな笑い声を掻き消してくれるように、校内放送が流れる。



《ブッ》

『え〜3組花澤〜。花澤〜。すぐに職員室へ来なさ〜い、これもう5回目だぞー』

《ブチッ》



この放送を聞いて、俺はいつも肩に掛けてる鞄が無い事に気が付き。

「はぁぁ...」

また吐き出る溜息と共に来た道のりを戻り、職員室へと足を引きずるように、教室の鍵を取りに向かう。




窓から見た外はもう暗く。職員室の灯りだけが伸び、真っ暗な足元を照らしてくれている。進むにつれ、次第に上履きの名前がはっきりと見えるようになっていくのをただ見つめ。職員室を横切ろうとした、その時。部活生も皆帰ったであろうこんな時間に、突然女子の声が誰もいない廊下に響く。


「きゃっ!」


どうやら俺は、職員室から出てきた1人の生徒とぶつかってしまったらしい。

一瞬、彼女かと思い顔を上げたが、そこにいたのは〈金髪で腰上まで伸びた髪〉〈長いまつ毛と大きく青い瞳〉〈右耳には小さくも目立つピアス〉〈緩めたリボンに今時見たことがない昭和ヤンキーを思わすようなロングスカート〉

俺は一目でその女子生徒をこう解釈した。



金髪女きんぱつじょヤンキー》と。



「す、すみません。少しぼーっとしていて」

本能的にこの人とは深く関わってはいけないと理解した俺は、ただちに謝った。

すると、彼女はうつむき、少しのを置いて、顔を上げこちらをにらみみながら———


「チッ」


小さめの舌打ちをして、ポケットに手を突っ込み。その場を去って行った。

取り残された俺は一度ちゅうあおぎ、ため息と同時にまた俯き、重い足取りで教室へと向かった。


心に期待と妄想、青春をいっぱいに注いだ夢は、現れなかったという耐えきれぬ現実と、金髪女ヤンキーによる舌打ちにより亀裂きれつが生まれ、一歩進むにつれ溢れ落ち、静かな夜へと少しずつ溶けていった。






「そして、それもほとんど溶け切り、今にいたるって訳」

全て話してまたあの時の感情を思い出したのか、机にあごを付け、さらにだらけきっていた。

「ん〜、なるほどね。功樹がどうしてこうなったのかは分かった。それで、その『夢子ゆめこさん』でいいんだっけ?」

「うん」

「それらしき人はこの学校にいたかい?」

「...分からない。今はもう顔も名前も覚えてないし、覚えてるのは肩下くらいまで伸びた茶髪ってだけ。これに当てはまる人なんか数え切れないほどいるから」

「そっか〜、確かに。いっぱい居るね」

教室を見渡し、当てはまりそうな人を見つけ、指を折りながら納得する。ぱっと見渡しただけでも片手全て使い切った涼哉を見て、俺は机に息を漏らす。涼哉が見渡したからか、辺りの女子たちがざわつき始める。さすが、モテ男は違うなと改めて感心し、また息を漏らす。


その時、1人の女子生徒が近づいてくる。


「あなたの不幸を撒き散らさないで。次吐いたら喉仏のどぼとけ潰すから」

このとてもおっかない発言をする女子は、幼馴染であり唯一の女友達である、館宮誘希たちみや ゆうき

「はい、これ。委員会の役員用紙。自分の仕事を生徒に押し付ける、あのクソ野......先生に渡しておいてって頼まれた」

「いや、もうほぼ言い切っちゃてるよ舘宮さん」


小柄で長い茶髪を赤色のヘアゴムで簡単に一つ括りにし、ヘアゴムと合わせた赤のメガネを掛けた、ザ・優等生代表のような風貌ふうぼう。性格はかなり掴めず、今みたいに表情一つかえず毒を吐くが、優しい面も結構あり面倒見がいい。まあ、一言で表すと『』ってやつだな。


分厚い辞書並の本の重力を角に集中させ、振り上げた腕を重力のままに、つむじ目掛け叩き落とす。


《ズドンッ》


「痛っ!何すんのさ!」

「何となくムカついたから」

やっと、デコピンの傷が引き始めていたつむじをまた摩り、とても冷めた目で館宮さんがこちらを見る。それを見て、涼哉が隣で楽しそうに笑っている。

「あははっ。やっぱ2人共仲良いね」

「どこがよっ!」

間髪かんぱつ入れず、館宮さんが否定する。

教室でもこの一時。数人の目を引き注目を浴びたのが嫌だったのか、一度大きく息を吐き、ぼやく。

「はあ、今のどこを見てそう思うのよ...」

次第に痛みと共に腫れていくつむじを押さえながら、机に置かれた用紙に目が行き、その内容に思わず声を漏らす。

「えっ...??」


そこに記されていたのは、〈図書委員 活動内容 方針 本に対する心持ち〉 


そして——


〈委員長 滝宮功樹〉



「...なんてこった」

俺は今まで、こういった休み時間や放課後の削られる仕事を、何としても避けてきた。学校終わりは即帰宅。それが俺のもっとうだったからだ。それに加え、ついさっき学校行事全てを捨てて、睡眠についやすと決めていた上。今、俺の放課後は夢子さんを屋上で待つという、とても重要な使命が。俺は息を漏らして、あからさまに落胆する。


「はあ〜(完全に、やらかした...)」

「あ〜。そういや功樹、昨日の委員会の役員決め爆睡だったもんな」

不敵で楽しそうな笑みを浮かべながら、こちらを見る涼哉。

「(こいつ...席、俺の前なのにわざと起こさないようにしてたな...)」

深いため息をつく俺に気を遣ったのか、珍しく館宮さんがなぐさめる。

「まあでも。図書委員ってそんな仕事なさそうだし、きっと何とかなるわよ」

委員長のその言葉にとても救われた。その時——



【〜ピンポンパンポン〜】

[え〜今日の放課後、図書委員は筆記用具を持って図書室にくるように」

【ブチッ】


「(いや切り方雑っ。って、あれ?今、確か図書委員って...)」

聞き間違いかと思い、館宮さんへと視線を送る。

すると、館宮さんは目を逸らし——

「...ごめん」

そう一言。


本日、俺の放課後と夢子さんとのわずかな可能性は静かに消えた。




「なあ、功樹」

「ごめん涼哉...俺、今消沈中...」

空を仰ぎ悲しむ俺を気にせず、涼哉はそのまま不思議げに尋ねる。

「あそこの女子になんかした?」

「え...?」

つむった目を開け、涼哉が見てる方向に視線を送る。

そこにはクラスで中心的な存在であろう女子グループが、こちらを横目にコソコソと話していた。すると、1人の女子と目が合うが一瞬にして逸らされた。それを見た涼哉が俺に視線を送る。

「ほら、あれ絶対なんかしたでしょ」

「してないよ!...多分」

疑いの目を向ける涼哉にすぐさま否定するが、あからさまに何かしたような女子の反応に、つい自信をなくしてしまう。

「最低...死ねっ」

館宮さんが犯罪者を見るような冷たい目でこちらを見る。

「いや、言い過ぎじゃない!?本当に何もしてないって!信じてよ!それに俺、入学してからほとんど寝ててクラスの奴らとほぼ喋ってないし!」

「...確かに、それもそうね」

何とか信じてくれたが、何もしてないのにあの感じ。少し気になるが、聞きに行くことも勿論できる訳も無く。時は過ぎ、放課後が訪れた。





「は〜い、帰りのホームルーム終わりっ」

寝癖と口元に絆創膏のついた気怠けだるけオーラ満載の担任が入って来て早々、そう告げ。クラスできっと初めて生徒全員の意思がリンクした。



「「「「「何も始まってねえええ」」」」」



先生はチャイムと同時に解散と告げ教室を出ていき、各々に皆も席を立って教室を後にする。俺も重い腰を嫌々上げ席を立とうとした時、涼哉が振り返り俺を呼び止める。

「なあ、功樹。もしかしたらなんだけど、入学式の日に会った金髪の子って、あの子...?」

「え?」

不安げに指差した先に目をやると、そこには腰上にまで伸びた金髪と明らかに目立つ長すぎるロングスカート、あの日ぶつかった金髪舌打ち女ヤンキーと全くの同一人物が、とても自然に荷物をかばんに入れ、席を立とうとしていた。


「は?え...なんで?」

「その反応。やっぱりそうか...」

涼哉は軽く頭を抱え、睡眠にてっしていたここ数日のことを教えてくれた。

「功樹。入学式から今まで、学校に来てしっかりと起きてたのってどんな時?」

「え?ん〜そうだな。朝来て机に座るまでの時間と、昼飯の時と、帰る時くらいかな」

「彼女は入学式以降、毎朝遅刻。お昼も誰ともつるまず、すぐに教室を出ていき。帰ってくるのはいつも五時限目の途中。その度、先生に怒られ。帰りも授業が終わるとHRを待たずに先に帰ってた。だから功樹は彼女を、入学式以降一度も見たことがなかった。そして今日初めて教室で対面した。いや、再会したって訳...」


俺はあまりの事に脳内処理機関冷静保安部が一時停止し、その場で立ち尽くした。

やっとのこさで少し回復し、涼哉に心のどこかで分かっていながらも、わずかな希望を込めて——


「あの子って、同じ3組...?」

涼哉は何も言わず、ただ静かにうなずいた。

希望が途絶とだえ、小さくため息をこぼし。彼女に目をやるとぱっちり目が合ってしまい、案の定睨まれ。更に何故かそのまま一切逸らさず、こちらを睨み続けてきた。


「あんな教室の端から端にメンチ切る子、初めて見た...」

涼哉が少し感心しながら呟く。

まだメンチを切り続ける彼女。俺は宙を仰ぎ心の内で叫ぶ。




「(...こんな再会。望んでなぁああ〜〜い!!)」




滝宮功樹たきみや こうき

2006年2月21日生まれ 15歳 水瓶座O型 一生黒髪宣言(済) シスコン素質アリ

中学時代:自称「深淵を司りし者」

趣味:読書(中学時代:ポエム) 好きな飲み物:おしるこ(中学時代:エルフの樹海でしか採れない、コルの実のジュース)




巧「え...何これ。罰ゲーム?」




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