第2話 よーしよしよし

「餌だよー」

「……」


 部屋に入った私をじっとこっちを見てる。

 見てる?

 目が虚ろで、見てるのか分かんないけど。


「あーん」

「……」

「おいしー?」

「……」

「そっかー」


 部屋を出る。

 さって、仕事行く準備しないと。



###



「えー、今日からこの部署に配属になった松原くんだ」

「松原太一たいちです。よろしくお願いします!」

「教育は……永野君。任せてもいいか?」

「はい。わかりました」

「よろしくお願いします!」


 めんどくさーい……



###



「永野先輩って下の名前なんて言うんですか?」

「……永野明日香です」

「じゃあ、明日香先輩ですね! よろしくお願いします!」

「はぁ……よろしくお願いします」


 胸見ながら言われてもなんも感じないけど。

 そんなにこれが気になるかい?

 ここ、猿を雇ったんかい?


「明日香先輩って若いですよね~、いくつなんですか?」

「はい。今日の分です」

「あの」

「まずはお願いします。こまめに確認しますので、ミスがありましたら修正お願いします。松原君の席はあそこです」

「はい。わかりました!」



###



 ここはそこまでブラックじゃないんですよ。

 新人教育をするとですね、その分今日の分が減るんです!

 やったね!


「明日香先輩、ここなんですけど!」


 でも、こいつは、はずれ。



###



「お疲れさまでしたー」

「お疲れさまでーす」


 さ、かえろー。


「あの、明日香先輩」

「どうかしましたか?」

「この後暇ですか? どこか行きませんか?」

「ごめんなさい。家に帰るので」

「いいじゃないですか~。どこか行きましょうよ」

「帰らないといけないので。失礼します」



###



「ただいまー」


 今日はお刺身。

 まー、お湯掛けちゃったらお刺身じゃないかもだけど……


「……んー」


 もしかして、このままでも食べるかな?

 お刺身以外混ぜてっと。


「餌だよー」

「……」

「これ、食べれるー?」

「……」


 んー、だめそーかな。


「ごめんね、こっちだけ食べてー?」

「……」



###



「餌だよー」

「……」


 反応ナッシング……まって。

 私、老いた?

 わぁー……まじかー……

 似たようなこといってた父さんばかにしてたじゃん……


「今日休もっかな~」

「……」

「なんてね」


 今日もお仕事頑張りますよー。



###



「あっ! 明日香先輩、おはようございます!」

「おはようございます」


 松……原君。

 あっぶな、名前覚えだせないところだった。

 なんか今日そういうの多いなー……


「今日もお綺麗ですね」

「ありがとうございます」


 めんど。



###



「おつかれさまでしたー」


 今日も終わり!

 何やってたかよく覚えてないけど、しっかりやったはず!

 やってなかったら部長とかが気づくだろうし、大丈夫!


「あ、明日香先輩! 今日は」

「松原君、ちょっと来てくれるかー?」

「あ、はい」


 ナイスだよ、課長!

 では、私はすたこらさっさと。

 ……ドロン、の方がまだ若いかな?



###



「ただいまんb」


 どうした、今日?

 やっぱ疲れてんのかな?

 てなわけで。


「おちゃけー!!」


 あっしたはおっやすみ~

 でも、飲む前に~


「あれ?」


 ん~?

 一つ、ない?

 ゴミ箱にもない。

 ……


「もしかして……?」


 扉を開ける。

 いつもと同じくただ座ってる。

 顔を近づけて、目を合わせる。

 実際には合ってないから合わせようとしてるだけ。


「おさしみ、たべた?」

「……」

「んー……」


 やっぱりこたえてはくれないけど……

 まあ、もう3か月だもんねー。

 そっかぁ……



###



「餌だよー」

「……」

「あのね」


 顔を近づける。

 やっぱり目は合わない。


「もしおひるごはん食べるなら、キッチンに置いてあるからね」

「……」



###



「あれ……永野先輩?」

「何ですか、日立さん」


 この子は私の一つ?下の日立紗々ちゃん。

 私の一年後に入社してきたんだけど、本当にまじめな子で大好き。


「何かいいことでもありましたか?」

「いいことですか」


 何かあったかなー?

 というより、そういう表情してるってことー?

 むにむに。

 ……若さ欲しい。


「いえ、ごめんなさい。何でもありません」

「そうですか」


 困ったことがあったら頼ってねー。

 無言でアピール。

 ういんくぱちぱち。

 多分伝わったことないけど。



###



「明日香先輩」

「なんでしょうか」

「これなんですけど」


 んー、だめぽ。

 時間はー?

 んー。


「続きはやっておくので結構です」


 私はいい上司なのです!


「え」


 見て、神様!

 目の前の……新人君。

 感激して言葉も出ないみたいですよ!

 これだけ善行しておけば何かいいことありますよね!

 恵みください恵み!


「悪いですよ! 自分でやりますので大丈夫です!」

「結構です」


 かーえーれー、かーえーれー。


「終業時刻が近づいています。このままのペースじゃ終わらないので、一部はこちらに回してください。やる気ではなく、現実的に終わる量だけ手元に残して、あとはこちらに回してください」

「そんな」

「時間がないのではやくしてください」


 おわるかなー?



###



「ただいまー」


 めっちゃ急いで帰ってきた。

 もうダッシュダッシュ。

 久しぶりにこんなに走ったかもー。

 でも、太ってません、私。

 えらい!


「ん……」


 ちょっと減ってる。

 そっか。


「これでいいやー」


 せっかくだし。

 私のご飯はいいとしてー……


「どーしよ」


 混ぜない方がいいかな?

 そろそろ歯も弱っちゃうよねー。

 今更だけど。


「ちょっと、ちょぉっとだけ」


 いつもより荒く?

 形が残るくらいに。


「えさだよー」

「……」


 いつもどおり返事はなし。

 でも、ちょっと反応したような?

 どーだろ。


「あー」

「……」


 スプーンで口に入れる。

 ……


「いけそー?」

「……」


 大丈夫かな?

 もうちょっと見よっかな。



###



「いってきまーす」


 今日もお仕事です。

 つらいなー。

 まだ電車の中だけど帰りたい。

 ごろごろしてたい~。

 この時間は全然座れないから余計疲れるし。

 もっと席増やせばいいのにー……


「あの」


 もしそうなっても席増やした分、人も増えて結局座れないのかな?

 もっと分散しろー。

 地方いこう地方。

 老後はどっか自然の中で暮らしたいなー。

 地元に戻るのもいいかも。

 こっちでお金稼いだら後はのんびり……


「あの、すみません」


 目の前の人が話しかけてきた気がする。

 若い?

 私とおんなじくらいの男の人。


「私に話しかけていますか?」

「はい、あなたです」


 私らしいよ。

 勘弁してほしいよね。


「なんでしょう」

「あの、この前、大丈夫でしたか?」

「?」


 なに、これってナンパってやつ?

 きゃー、どうしよー。

 なんて。

 流石にスーツ姿の人間をナンパする人なんていないでしょ。

 いたとしても自分勝手な猿くらい。

 ……あれ、職場にいるな?


「この前の、その、21時ごろの電車でのことです」


 ストーカー?

 実際にいるんだ、こういうの。

 まー、いないことはないんだろうけど、こんな、身近に?

 きも。


「よくわかりませんが」

「ええと、その、困ってらしたようだったので……」


 はい?

 ……あー、もしかして、あの痴漢のか。

 えー、無理。

 顔なんて覚えてない。


「人違いではありませんか?」

「……そうですね。ごめんなさい、いきなり話しかけてしまって」

「いえ」


 んー、こういう場合はお礼とかいうのが普通かな?

 でも、別に困ってなかったし……

 そもそもこの人かも覚えてないし。

 んー、また機会があったらということで。



###



「明日香先輩、今日もこのまま帰るんですか?」

「はい」

「明日香先輩って、帰りにどこか飲みに行くことってないんですか」

「あまり」


 鞄に荷物を入れながら返事する。

 見てわかんないの、話したくないんですけど。


「あまりってことは、たまに行くんですよね? その時はお付き合いします!」


 本当に結構です。

 これが迷惑系後輩か、ぜひ滅んでください。



###



「こんばんは」

「……こんばんは」


 そっかー……

 またの機会っていうか、この時間の電車だといるってことか。


「私は牧田まきた英一えいいちと申します。今、名刺を……」

「電車内ですし、名刺の交換はやめておきましょう」

「そう、ですね」


 そもそも、別に知り合いじゃないんだから話しかけてこないでほしい。

 かえりたいよー……



###



 命からがら、嘘だけど、帰ってきました我がマイホーム。

 マンションだしマイホームじゃないかな。


「ただいまー、今日もお疲れ様ー」


 自分で自分をねぎらうとかむなしい。

 言葉でってのが余計に。


「おちゃけのもっかなぁ……」


 扉の閉じる音がした。

 もしかして、出てたのかな?

 ってことは、聞かれてた?

 ……えっと、こういう時は病むって言うんだっけ。

 病み酒?

 ふざけてる場合じゃないわ。

 ご飯用意しないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私、24歳OLです! 男の子飼ってます! 皮以祝 @oue475869

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ