第15話 守るんはお墓やない

「就活いうかな。教育実習もあるし、もうずいぶん前からこんな頭や」


 指でその髪をいじりながら照れるそぶりもなく無表情で答える。けど私はそんな見た目の話はもはやどうでもよくて、もっと気になることがあった。


「教育実習……」

 それは、ほんまにこいつが先生に? という疑問。


「ん、ああ、そこの天原あまばら中高でよ」

「ええ!? アマ高で!? いつよ?」

「来月あたまから」

「はあ!? ……誠ちゃん、ほんっまに先生なるん?」


 夕日に照らされながら訊ねると「なにを今更」と笑われて困った。


「で? 真知は? 旦那決まったんか」


 訊ねられて現実に引き戻された。答えずにぎっと一瞬睨んでから先を見つめて歩くと「ははん」と癇に障る声が横から聞こえた。


「売れ残り引くどころか、おまえが売れ残り、ちわけか」


 言われてかちんと来てつい言い返す。「ちゃんと相手おりますっ!」


 すると誠司は面白がったように「ほお」と返してきた。相手……おるんは、嘘やないもん。


「どんなん」

「教えるか」

「嘘かもしれんからな」

「嘘ちゃう!」

「じゃあ教えろや」


 しつこいから仕方なく答えた。お寺の次男で、歳は十一個上、明るい感じの人。その三つが私の知る限りの全てやった。けど誠司は訊いておいて「ほーん」と興味なさそうに返すばかり。そしてこんな更なる問いを寄越してきよった。


「ほんで、そいつこれまで彼女いたことあるん?」

「えっ?」


 思わず面食らうけど、問いは更に続く。


「酒癖やタバコは?」

「学生時代の部活は」

「趣味いうか、自由な金の使い道は」

「ギャンブルは」


「……知らんよ」


「はあん? 結婚前提の付き合いなんじゃろが。なんで知らんのじゃ」


 なんでってそれは……今日初めて会ったからや。


「まだ、一回しかおてないもん」


「一回目で聞くもんじゃろが。一番いっちゃん大事なことやろ」


 思いがけず正論をかまされて参った。なんやなんか……こいつやっぱ変わった。外見だけやなくて、中身もちゃんと伴いよる、なん言うんは悔しいけど。


「次いつ会うん。俺も会わして」

「はあ!? なんでそうなるん!?」


「かわいい妹の旦那やぞ? 適当なやつに任せられるかい」

「誰が、誰の妹て!?」

「じゃあなに。彼女?」

「はあ?」

「初恋相手」

「冗談!」

「初キス相手か」

「っ……アホ」


 初キスはたしかにこいつやった。それでもあれは幼稚園の頃の事故いうか弾みでたまたま唇同士が触れただけやし。


「なんならセカンドキスももらっとこか」

「通報すんで」


 睨むと「は」と笑って「変わらんの」とまた同じことを言った。どこか安心したように、どこか嬉しそうに。


「誠司は変わったな。良くも悪くも」

「悪くはなってないやろが」


「まあ、悪い部分は変わってないか」


「ああ、あれじゃろおまえ。どうせ大学でも俺が遊び呆けよったち思うとんじゃろ」


「ちがうん」

「ちがうわ」


「どうせまだやりよるんでしょ、その、浮気相手とかそういうん」


 正直あれは、軽蔑した。単純にショックやった。


「……まあアラサー女子とかはそれなりに収入もあって大人のエロさもあるし、いろいろ都合はええけどな」


 訊いた自分を呪った。くっはあ。アホ、私。


「もう、最っ低!」

「なんでおまえに怒られなあかんのじゃ」


「あんたなんか本命の彼氏さんにバレてボコボコに殴られればええんよ。縛られて海に沈められてまえ!」


「おお、暴言。録音して旦那候補に聞かそ」

「もうっ!」


 ふいと振り切って早足で歩いた。相手は追うそぶりもなく「ほんじゃーな」とのん気に片手を振っていた。



 数日後、教育実習が始まったとかで奴は忙しそうにし始めた。朝も早くから夜も案外遅くなる、と誠司のおかあがうちの店先に来て話して行った。本人もたまに店に訪れては筆記用具なんかを先生らしく買っていったりもした。


「立派んなったよねえ、誠ちゃん」


 先生の格好をした誠司の背中を見送りながらレジカウンターで言うのはおかあ。はあ、この人は常にペテン師誠司に騙されよる。


「金髪も悪くはなかったけど、黒髪で真面目んなって。びしっと決めたスーツ姿なん、私でもキュンとするもんね」


「おかあ、冗談きつい……」

 ほんま、なにを言い出すんよ。


「あの子、うちのお婿さんにならんかしらね、真知」

「……はあ!?」


 な、は、ほんまにどうした、おかあ!


「だって、家も隣やし昔からお互いよう知りよるやん。そんで大学卒業したら高校の先生なるんでしょ? この辺りで」


「この辺り、言うても県内全部でしょ? それに誠司てひとりっ子やん。婿養子なん、久原家が許さんよ」


「店さえ残れば……柏木の姓はもうええか、ちてね、この前おとうとも言うてたんよ、じつは」


「な……」


 驚きすぎて言葉にならんかった。まさか。そんなことあっていいはずがない。


「誠ちゃんとこやったら、安心して嫁がせられるしね」


「な、なん言うてるん、おかあ、そんなんあかんよ。柏木の姓は大事でしょ!? お墓やって守っていかなあかんのに!」


「守るんはお墓やなくて、あんたよ。あんたの気持ち」


「え……」


 見つめ合って、止まった。おかあはふふ、と微笑んで「急がんでええから、よう考え」と言い残して発注書を片手にお店の裏へ引っ込んだ。


 私の、気持ち……?

 それは、もちろん……。


 ええ……?


 ひとり残されたレジカウンターの中から、店内のどこを見つめるでもなく考えた。


 お店のために、家のために、お婿さんを取ることだけを考えてきた。物心ついてから、ずうっと。けどそれが今の今になって、「そうやなくてもいい」なんて、一番大切な人から言われたら、途端になんもわからんくなる。


 私は……、どうしたいんやろか。いきなりそんなん、わからんよ……。


 おかあ、なんで今日そんな話しよるんか。明日は、お見合い相手さんと会う日やのに。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る