第14話 アホチンピラとは別の人

「おかしいな、そろそろかな、ち思うて待ってたんですけどね、そこの席にずっとひとりでおられる女性がいたもんですから。もしかして、ち思うて思い切って声掛けさしてもらったんですう、いやあ、声掛けて良かった! 一生会えんとこでしたね! あっははは!」


 底抜けに明るいその笑顔には好感が持てた。まあ見方によっては『場馴れ』しよるようにも取れるけど。見た目は年相応かちょっと上にも見える。体型はうーん、太めで短め……? デブ、というわけやないけど。ハンカチでよく汗を拭う仕草が少し気になった。


「にしても大変ですねぇ、跡継ぎいうんは」


「ああ、いえ。私にとってだけやなくて、家族みんなにとって大切なお店ですから」


 私の言葉に目を丸くして「ほほー」と感心した。ちょっと大袈裟やない? と思えるその反応になにか仕事の面接をされているような変な感覚になった。対してお相手さん、沖野さんはにこやかな表情でこう話す。


「いや、とうも年下やし若い子やもん、正直どういう子かな、ち心配やったんですう。話も合うか、オッサンや思われへんか、はは。いろいろ気にしよったんですけど、今の言葉聞いて安心しました。なんち言うか、物凄しっかりしとられるし、身なりも落ち着いた印象で、ああ、ええ、もし柏木さんさえ良かったら、ぜひまたお会いさしてほしいです」


「え……はあ」


 思いもしない急展開に慌てた。けど聞けばお見合いというのはそういうもんで、初回でだいたい合否が決まるとうのが基本らしかった。そんなことすらもこのお相手さんに教えてもらったという事実に、私は心底情けなくなった。


「で、どうですか」


 つまりは私はこのお相手さんに見初められた、ということらしい。よかった……、よかった? それは嬉しい、とはまた違う、例えるならやっぱり仕事の面接に合格したような感覚に近かった。もちろん私にそんな経験はないけど。


 なんにせよ『好き』とはもちろん違う。けど拒絶するほどの理由もなくて、その場ではただ「お願いします」と頭を下げるよりほかなかった。


 嬉しそうな沖野さんに対して、私はなんとも言えん中途半端な気持ちのまま帰路に就いていた。


 夕日が眩しい。いつか見た夕日も、こんなやったな、とふと思い出した。あれは……いつやったか。


「なにたそがれてるん、ババアみたいに」


「えっ……」


 声はたしかに本人やった。けど、その姿は絶対に別人やった。


「……えっ、誰?」


「ぶは! そんな反応かい!」


 声がやっぱりその身体から発されるのを目の当たりにしてなんとか脳内を納得させようとする。けどやっぱり上手くいかん。だって、だってな、その姿よ。


 黒髪なだけやない。細メガネに、キッチリとネクタイ!? 似合う似合わん以前に、完全に別人やもん。そこにはあのアホチンピラの欠片もなかった。


 唖然と固まる私を見て、「変わらんのぉ、真知は」などと言って笑った。


「誠司……?」


 とにかく確認せんことにはなにも始まらんかった。そのくらいのレベルで、ほんまに別人やったんやもん。


「ほかに誰がおるかい」


 蔑む目が、誠司やった。「ああ誠司や」思わず指さして言うと「アホか」と呆れられた。


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