第13話 またツツジの咲く季節

 何もない日々は過ぎるのが早い。定期テストや夏休みやと慌ただしい学生時代と違って毎日が似たようなもんの社会人というのは、知らん間に月日が経っていて恐ろしい。


 浮いた話のひとつもないまま、この初夏で前回の『大事故』から一年もの月日が過ぎようとしていた。


 仕事は順調に覚えて発注や配達みたいな難しめの仕事も出来るようになっていた。もちろん失敗もあったけど、職場は家やし土地のみんなも温かい。こんないい環境、他にないわ、そう思って感謝して過ごす日々ではあった。


 そんな中、舞い込んだのが二度目の縁談の話。


「今度は大丈夫。ちゃあんと婚活中の人やもん」


 胸を張るおばちゃんに苦笑いで応えた。懲りへんね、と心の中で呟く。それを感じてかはわからんけどおばちゃんは少し笑ってこう話した。


「おばちゃんもね、ここのお店、守りたいんよ。自分は嫁いで、今はよそもんやけど、生まれ育った場所やしね、おばちゃんのおとうとおかあ、つまり真知ちゃんのおじいとおばあが、物凄ぉ大事にしよったお店やし」


「うん。わかってます。私も同じ気持ちやもん」


 言うとうんうん、と嬉しそうに頷いてくれた。


「真知ちゃんが物分りのええ子で、ほんに良かった。けどせやからって誰とでもええからよ結婚、なん思うてないんよ。むしろ反対で、真知ちゃんに釣り合う、相応しい相手を、ち思うて、おばちゃん一生懸命に探しよるんよ」


 頷きながら、少し緊張した。今度はどんな相手が来るんか。


「今度の人は、お寺さんの次男さん。お寺さん言うてもお坊さんやないからね、安心して。ちゃーんと毛もあるし」


 くく、と笑った。こちらも愛想で笑っておく。


「まあお父さんとお兄さんは本物のお坊さんやし、つるつるの坊主頭やけども」


「はあ……」


「その人、今は会社勤めなんよ。小さい会社みたいなんやけどね、町工場、いうか」


「それって、跡継ぎはしてもらえるん?」


「うん、まあしばらくは兼業いうか、お店は真知ちゃん主体になるやもしれんけどね。そんでもゆくゆくは跡継ぎしても構わん、ち話で」


「へえ……」

 なんとも微妙な。


「歳は30。今年31やもん、ちょっと上やけど」


 十個以上も上か……。話は合うんかな。


「ほんでもねえ真知ちゃん。跡継ぎのお婿さんいう条件は正直結構難しいんよ。適齢期で婚活しよる男の人が無職なわけないし、次男や三男がこんな田舎に留まりよること自体稀やもんね。都会に出てしもてる人は今更田舎に帰りたないじゃろし、かと言うて長男さんは嫁さんの跡継ぎなんやれん。この一年、探し回ってやあっと見つけた人なんよ、今回のこの人」


 なるほど。遠慮して縁談の話をせんかったんやなくて単純に当てはまる人がおらんかった、ということらしい。「やっと見つけた」そんなこと言われたら、また断りづらいやん、おばちゃん……。


「ね、おてみてくれる?」


 上目遣いで頼まれても困る。けどこうされては無碍に出来んのが私で。どうせ浮いた話のひとつもないですし。



 そんなわけで、またピンクのツツジの咲く季節に例の喫茶店に来ていた。思い出したくないあの日の記憶が嫌でも甦る。今回はどうなるんか。そもそも上手く話が進んだとしても、ほんまにそれでええんか。『幸せ』、なにがどうなればそうなんか、もはやわからんくなっていた。


「柏木さん、ですか」


 呼ばれて、俯いていた顔をばっと上げると相手は驚いて一歩下がった。


「あ、そうです……ああ」


 お相手の方ですね、と確認すると、その人はほっとした表情になって「そうですそうです。沖野おきのです」と嬉しそうに歯を見せた。



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