第12話 例の不良の噂
「うっはは、それはきつい」
うちの店先でそう苦笑いするんは学生時代のひとつ上の先輩、誠司と同級生のミクさん。
幼稚園の先生を目指していて今は県内の短大に在学、下宿中やけど家が
それでうちの商店にもよく買い物に来るため学生時代よりも今の方がよく話す仲になっていた。
「婚約者がおる人とお見合いやなんて……あるんやねえ、そんなこと。事故やん」
「事故ですよ、ほんに。大事故」
「災難やったねえ。ほでももう結婚の話? 真知ちゃんまだ18でしょ?」
たしかに普通なら結婚なんてまだまだ先の話。普通なら、ね。
「仕方ないですよ。跡継ぎ探しも兼ねよるもん」
「跡継ぎかあ……」
ミクさんはそう繰り返して遠くを眺めた。
「じゃあまさかもう次の人の準備もあったりするん?」
「いや、さすがにそれは」
親戚のおばちゃんも反省したんか、それとも弟である私のおとうからきつめになにか言われたんか、わからんけど縁談の話は当分ないから安心しなさい、とおかあに言われた。
私としても今回の話はちょっと早すぎたし、こういうのは焦っていいもんでもない、と思うもん。年齢的にもまだ余裕はある。だから今はとにかく就いたばかりの仕事に集中するのが優先やと思う。
「そいや真知ちゃん知っとる?
すっかり油断しよったところにいきなり爆弾を投下されて目を剥いた。え、ミクさん、今なんて!?
「こ、高校のせんせ……?」
誠くん、って、あの誠司ですよね!?
「ありゃ、知らんやったか。ふふ。全然想像できんよねえ」
「想像できん……いうか、やったらあかん、ち思いますけど。あんなんが先生なんて」
なにを教育してまうか! 想像しただけで青ざめる。
「うはは。
「芹奈ちゃん……。え、芹奈ちゃんってまだ……?」
たしか誠司と付き合いよったはず。私が探るように訊ねるとミクさんはゆるゆると首を横に振った。
「とうに別れたよ。なに、真知ちゃんなーんも知らんのねえ」
「……興味ないですし」
「その割に知りたそうやけど。ふふ」
意地悪ねえさんに口を尖らせて反抗した。ミクさんは悪びれることもなく「うふ」とまた笑う。
「去年の夏やったかな、誠くん帰省してたんは知っとるよね? それ、芹奈が呼び出したんよ」
「えっ」
去年の夏、ということは……私が掛井くんと海に行ったあの時か。
「案の定いうか、浮気よね。それも二度目やもん、ビンタ一発では気が済まんと、大変やったらしいわ。あの子も結構気ぃ強いもんね」
「う、わあ……」
安易に想像がついてしまうのが悲しい。
「ま、そんなもんで懲りんけどね、誠くんは。大学でもいっぱい彼女おるみたいやし。ちうか、誠くん彼女いてない時ってないもんね。昔から」
「はは……」
『いっぱい』というのが誠司らしい。そういえば昔、誠司が「ミクだけはつれん。ええ女やのになあ」とボヤいていたのを思い出した。そう、ミクさんは誠司に騙されてない貴重な人。
「そのうち教育実習で帰ってくるかもよ」
「な……!」
「さすがに金髪や茶髪じゃ務まらん職業やもん、どんなんなりよるか、楽しみやね」
くく、と肩を揺らした。つまりは黒髪、いうこと? あの金髪の不良が……? なんとか想像しようとしたけどまったく上手く出来んかった。
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