第8話 幼い恋の海デート
高校生同士の幼い恋愛。たぶんお互いがどうしたらいいかよくわからんままに、試したり試されたり、大人の真似をしてみたり。
そしてどうやらそれは、わからんからこそ必死になるタイプと、わからんからこそ何も出来んタイプとに分かれるらしくて。言うまでもなく私は後者で、そして掛井くんは前者というわけやった。
必死な彼は休みのたびにデートを企画した。よくもまあそんなにネタが尽きんな、そう思っていたら、案の定困ったらしい彼はある日どうやら『とっておきのネタ』らしいこんな提案をしてきた。
「海いこ、今度」
海? と怪訝な顔を返した。理由はこの辺りの海と言ったら漁港ばかりで、遊び場としては向かん印象があったから。けど彼の言う『海』はどうやらそれとは違うらしく。
「電車でさ、遠出しようや。泳げる海」
「泳げる……え!?」
「水着必須な!」
にっと白い歯が見えて血の気が引いた。むり、むりむり、水着!? 嘘!
「無理やよ、持ってないし、泳げんし!」
「用意してくれへんの」
「え……」
「高校最後の夏休みやん」
「……」
「思い出」
「……」
断り切れんのは、私の悪いところ。行き先をいつも任せ切りにしていたのも、私が悪かった。やっぱり悪かったんかな、なにもかも私が。
少ないお小遣いをはたいて仕方なく思い切って買った。とはいえ派手なんは絶対むりやもん、地味めな青系の小花柄。露出も極力少なめのものを選んだ。
嫌と思ても日は近づく。サイズもあるしさすがに一度も開けずに当日を迎えるのはよくないか、と前日にようやく値札を切った。
不用心、とはたまに言われよった。でもこんな田舎やし玄関の鍵もかけよらんのが普通の家で育った身。まして隣の奴は大学で下宿中やもん、これまでだってそんなに意識してカーテンや窓をきっちり閉めようなどと思ったことはなかった。気温も高い夏ですし。
「ないな。それはない」
空耳か、そう思った。
そろりと振り向いた先、開いた窓の向こうに見える別の家の窓から、窓枠に頬杖をついてこちらを見よる人影があって卒倒しかけた。
「……は!?」
着替え前やったのが唯一の救い。鏡の前で下着になって上から水着を当てて見よったところやった。
「ははん。帰省早々えらいもん見してくれてまー、ずいぶん大胆なったなあ、真知」
通報か射殺か、迷うより先にカーテンを思い切り引いた。見られた。見られた。見られた!
「おーい、それやめた方がええぞ。巨乳には映えるけど貧乳が着たら乳ないのんが目立つだけじゃ」
昇天……。
「うっさい! ハゲ! 痴漢! 変態!」
カーテン越しに怒鳴って布団を被った。もう、最低! 最悪っ!
そんなこと言われても今更返品や交換はできん。予定を変えてもらうにももう前日……。無理や。無理やもん……。
気乗りせんまま翌日を迎えていた。掛井くんには悪いけど、『思い出』……私にとってはいいもんにはならんかも。そんな沈んだこちらの様子を察してか、電車の中で彼は訊ねた。
「なんか……元気ない?」
「う……ええ? そんなことないよ」
慌ててそう取り繕う。相手は「ならいいけど」と返してからちらりとこちらを見た。なんやろか。
「ほんまは……嫌とか?」
どきりとした。ばれたらあかん、そう慌てて「そんなわけないやん、楽しみよ、めっちゃ!」と硬い笑顔で嘘を言う。
そんな私の嘘笑顔にすんなり騙されたらしい彼は「そっか、よかった」と安堵してまた突拍子もないことを言うてきた。
「なあ、俺のこと……好き?」
「へ……」
もしかしてこれ、電車で聞こうと事前に決めよったんかな、なんて考えてしまった。だからというわけやないけど、即答できずについ黙る。
「四ヵ月……経つで」
答えん私に痺れを切らせてか、彼は呟くようにそう言った。
「付き合ってから」
「あ……そっか」
気にしたこともなかった、なんて言ったら傷つけてしまうかな。こういう『何ヵ月記念日』をやたら気にしていちいちお祝いしよるカップルもおることは知りよるけど……え、まさか掛井くんもそのタイプ?
「『掛井くん』って呼ぶんも、そろそろやめん?」
「え……」
ああそうか、これも気にしたこと……あれ、私。どうしよ。なにか心の中がザラっとした感覚になった。恋愛って、やっぱり難しい。私には、やっぱり上手く出来ん……。
「じゃあ今日は下の名前で呼んで。今日はちうか、今日から!」
これも今日言おうと決めよったセリフなんやろな。
「あの……」
「え?」
本当に、言い出しづらいけど。
「……ごめん、掛井くん、……下の名前、なんやっけ」
きっとこの時点でお互い気づくべきやった。もしかしたら掛井くんは、気づきながらも気づかんふりをしよっただけかもわからんけど。
着いた駅の近くでお昼ご飯を済ませてから向かった海ではそれなりにちゃんと楽しむことができた。心配した水着姿も褒めてもらえたし、……まあ恥ずかしすぎて実際はほとんど上着を着たままやったけど。波打ち際で足を水につけたり、綺麗な貝殻を探したり、石を波に投げてみたり。海水をかけ合うみたいな、王道のカップルらしいことも、そこそこやれたと思う。笑えていたと思う。
夕方になって、そろそろ帰ろうか、と言う頃、オレンジ色と紫色のグラデーションになる空の下で彼はそっと手を繋いできた。
驚いてその顔を見ると、照れながらも真剣な表情をしていてどきりとした。
「今日、心に決めてきたことがあるんよ」
こういう時に皆目見当がつかん私は、やっぱり鈍いんか、それとも恋愛にほんまに向いてないんか。
「……いい?」
ピンと来てない私に構わず、まっすぐそう訊ねた。いいもなにも……。繋がれた手は少し砂が付いていて、海水のせいか冷えてべたべたとした。
すると彼は繋いでない方の手を私の肩に置いてきて、それでいきなり屈んで────
「──や! あっかんよっ!」
全力で押し退けていた。不意を突かれた相手はバランスを崩して砂浜に尻もちをついてしまった。うわ……これは、最悪。
「あ……ごめん」
咄嗟に謝ったのは、こかしてしまったことに対して、やと思う。自分が今どんな顔をしよるかわからん。たぶん、ひどい顔。
「……はは」
手を差し伸べたけど相手は俯いたままそう笑った。そして私の手を掴むことなく自力でゆっくり立ち上がるとお尻をはたいて砂を落とした。
「……帰ろ」
目を合わせることなくぽつりと言ってから先を歩く。その彼の背中を見て私はひどい罪悪感に襲われた。傷つけた。私が。彼の気持ちを、勇気を、踏みにじった。でも……。
でも、嫌やったんやもん。気づいてしまったんやもん。
もう、もうごまかせん。
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