第7話 恋愛には少々ウブで

 それから誠司はうちにも、学校にもあまり姿を現さんくなった。ほんに謎な奴。まあ不良のあいつのことやもん、べつに今に始まったことやない。


 それほど気にせず日々を過ごすうちに、三年生は卒業を迎えた。誠司の大学受験はどうなったんか、気にならんこともなかったけどわざわざ私からおかあに訊くのも癪で、結局ほ知らんまま過ごした。


 そんな中で私が所属する吹奏楽部で毎年春休みに恒例行事として開催される定期演奏会が本番当日を迎えていた。


 誠司たち三年生も、この日だけは卒業生としてフォーマル着用で裏方とゲスト出演で参加することになる。


 ……はずなんやけど。


 その姿が会場のどこにもない。なんで、そんなはずないじゃろ、とあちこち探した。けど当日券販売のカウンターにも、クロークにも、チケット切りのカウンターにも舞台裏にも……、金髪の姿は見えんかった。


 なんで……? ああ見えて部活には真面目で、しかも『前部長』やのに。まさか体調不良、なんてことは考えにくいけど、もしかしてもしかしたら、そういうこともある?


「ミクさん。誠司、来んのですか?」


 誠司と同じ三年生の先輩にそう訊ねてみると先輩は「えー、なんで? 真知ちゃん聞いとらんー?」と不思議そうに言って教えてくれた。


せいくんはの大学やもん、もう引越しも済んでて来るんは無理やーち言うてたよ」


 驚きのあまり言葉が出んかった。お、大阪? それって、あの大阪? それはここから近そうでも実際は結構遠い都会の地。


 唖然として固まる私の目の前を「おーい、大丈夫?」とミクさんが手をひらひら振っていた。反応は出来そうにない。


 近場、言うてたやん……。県内か、せめて隣県くらいと思いよった。ああ、またペテン師に騙された。



 そんなわけで結局あの二日目のカレーの日が誠司と話した最後の日となった。とはいえべつに死んだわけやないし、実家は隣なんやから今後まったく会えん、なんてわけはないんやから。……などと無意識に自分を励ましていて慌てた。


 いやいや、なに言うとる、私。あいつと会えんで困ることなん、一個もないのに。


 それでも一応しょっちゅう顔を合わせていた相手がすっかりおらんくなるというのは、なんとなくもの足らん、というか、すこんと何かが抜けて足りんような感じはどうしてもあった。


 こちらがそんなことを感じていようが、どうせあいつのこと。大学に行ったら私らのことなんか綺麗に忘れてアホみたいに遊びほうけよるに決まりよる。そんなら私も、もう忘れよう。


 四月から私も高校三年。最後の青春時代。誠司に邪魔されることももうない。めいっぱい『自由に』楽しめるんや。そう、楽しもう!



「柏木さん……!」


「あ……」


 せっかく希望に満ち溢れよったちいうのに、ほんまに『しつこい』いうか、この人は。


 新年度一発目の部活前、目の前に現れたのはもじもじとしたいつかの告白男子、掛井かけいくんやった。


「あの……ごめん、この間は、その、ほんまに。あの……ちょっと二人だけで、話せる?」


「……嫌」

「え、なんで」

「付き合わんし」

「……わかっとる、でも」

「わかっとるならもう放っといてよ」

「放っとけんよ!」


 はあ……?

 意味がわからずその顔を見ると、掛井くんはなぜか憐れむような目でこちらを見ていた。更に困惑する私に彼はこんなことを言う。


「久原先輩と……その、付き合いよるんじゃろ? あの……こんなん言うたら怒るかもやけど、その、やめといた方がええよ、あの人」


 はは……。なるほど。わかりました。親切なご忠告、というわけで。


「ちょっと調べただけで柏木さん以外に三人やで!? 他校の人もおったり……それ、知りよるん? ええん? なあ」


「ああ……ええと」

 さてどうしよか。っていうか三人か。二股やなくてもうひとりおったか。


「俺、放っとけん。柏木さんが泣かされんの、見過ごせんよ」


 案外ええ人なんかもな、この人。そういえばぬいぐるみ蹴った、という話もあの誠司の言うことやしあてにならんと言えばそう。


「あの……だ、大丈夫。その、もう別れたし!」

 もとから付き合うてませんけどね!


 すると相手は心底ほっとしたような顔になって「あ、そうなんや!? ああ、そうかよかったぁぁ」と自分の胸に手を置いた。ほんま、よかった。と私も苦笑していると、なにやら相手の様子がおかしい。


「ちょ、なんで泣きよるん!?」

 やめてください! ほんまに!


「安心したし、なんか……はは、なんでやろな、ごめん」


 慌てる私に手のひらを向けて「大丈夫」と示す。ぐずん、とはなを啜ると、へへっと歯を見せた。


「やっぱさ、好きな人には幸せなってほしいよって」


 こんなことでぐらっとしてしまった私は、少々恋愛にウブ過ぎた。


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