第6話 蓋をしめましょう

 力が、強い。動けん……。


 顔が近くて。視線を逃がそうにも相手のまっすぐな瞳からは逃げられん。抗議も出来ず息すらも満足に出来ん状態。顔が真っ赤になるのを感じた。なんなんよ、この状況は。


「……好きでもないやつにこんなんされておまえ平気なんか」


「な……」なんしよるんよ、そう言いたかったけど声が続かんかった。


 誠司ってこんな、力強くて、大きかったっけ……。互いの息が混ざる気がして身体まで熱くなる。


 もう意味がわからん。誠司が……わからん。


 わからんすぎて、泣けてきた。


 すると誠司は「ふん」とその場からすっと身をどけてベッドの隅にあぐらをかいた。


「ああ、泣くんは多少防衛効果あるかもな、たしかに」


 やっと自由になって私もゆっくりと身体を起こした。涙ぐみながら乱れた服や髪を直す。相手の顔を見られんようんなって俯いていた。熱い……。


 今日の誠司は、いつもと違う。いつものふざけ倒しよるアホやなくて、なんか、どんどん核心に踏み込んでくるし……いつもより、怖くもあった。


「……彼女、おるんでしょ。こんなん浮気やん」


 責めるようにやなく、呟くようにそう言った。すると相手は「は。こんなもんで浮気なるか」というわけのわからんことを言う。


「線引きは知らんけど……でもほかの女の子の部屋でこんなんしよんの、最低よ。彼女のこと、もっと大事にしなよ」


 苛立ったのか貧乏ゆすりが始まった。タバコの煙が出そうなため息をつくと、誠司は静かに話し始めた。


「べつにええんじゃ。俺の方が浮気相手なんやし」


「え、芹奈ちゃん?」

「ああ芹奈とは違う方。電話してた子」


 はあ? もはや意味不明。その顔を見ると、誠司はカーテンをめくって黒い窓を覗いていた。窓には外というよりもこの部屋と誠司の姿が鏡のように写っていた。


「なんなんそれ……」ていうか二股?


 訊ねると「ふ」と笑って「お子様こちゃまにはわからんわ」とバカにされた。


 なんよ、それ。見慣れたはずの誠司が突然得体の知れんもんに感じてしまう。


「あんたこそ、ちゃんと幸せ見つけなよ」


 私がそう言うと相手はちろりとこちらを睨んで「いらん世話」と返してきた。


 その後は案外すんなり「帰るわ」と言い出して階段を降りた。お茶の間を覗き得意の詐欺師の笑顔で何事もなかったかのように「お邪魔しました、ああカレーごちそうさん」とおかあとおとうに挨拶をする。そして私を一瞬じろ、と見てからまた笑顔になって「ほんじゃ」と手を挙げた。


 誠司の言わんとすること、わからんわけやない。たしかに好きでもない人と──。そんな人生で本当にええんか。ええわけないんと違うんか。


 でもそれはたぶん、問わん方がいい。気づかんままの方がいい。目を瞑っといた方がいい。だって『お店を継ぐ』ちうことが、今の私の夢なんやから。


 寝る前に部屋の窓辺でひとり、小さくため息をついた。さっきの誠司のようにカーテンをめくると、黒い窓の外にあいつの家の明かりが見えた。


 はあ……。守ってほしいとか、ほんま頼んでないし。浮気相手かなんか知らんけど、彼女やってちゃんとおるくせに。


 カーテンを戻して、電気を消した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る