入部

「……で、なんであんなに時間かかったんだ?」

 嫌味な口調だが、本気で怒ってはいない。

 それは輝矢も理解している――と、梓真は信じていた。

「いやあ、ゴメンゴメン」

 笑顔が屈託ない。

 しみじみ思う。

(俺はコイツに依存してんだなあ……)

「ホントよ。そしたらあんな大事にならなくて、わたしも一緒に怒られなくて済んだのにぃ」

「怒られたんですか?」

「あなたの指導が足らないからです! 教師としての自覚があるんですか!……って、あっくんと並んで座らされて。おかしいわよね? 私、松本先生と同じ側よね?」

 輝矢、今度は苦笑い。生徒に愚痴をこぼすのは、教師として大変よろしくない。

「俺、松本と初めてまともに話したぞ」

「今回は強気に出られると思ったんだねえ」

「ふん、根性なしが」

「それで、あの男、どうなるんです?」

 ここで、梓真は真琴と顔を見合わせる。

「……お咎めなし、だと」

「ただし、今日のことは他言無用、どこかに書き込んだりしたら会社に言いつけます、ですって」

「それはツマラナイなあ」

 と、おもしろそうに笑う。

「なんかね、表沙汰になると、逆に過剰防衛とかで問題になるかもって。……ほら、オルター排斥団体? とかに目を付けられたらまずいじゃない?」

「いい標的になりそうだからな、ウチのは。……ところで……」

 梓真は横目で振り返る。

「なんでアイツがここにいるんだ?」

「なんでって、部活見学だよ」

 放課後の部室はある一線で明・暗くっきりと分かれていた。視線の先では、楽しげな会話が続いている。

「彼女ガ、ディアナ」

「よろしくディアナ。……ねえ、この腕はどうしたの?」

「修理中」

「そうなんだ」

 少女はオルターたちを、時に近づき細部を確かめ、時に下がって全身を眺めた。

 ほてった顔にはずむ声、活発な仕草と、傍目はためにわかるほどウキウキしている。

 室内には四体のオルターがいた。

 片膝を立てて背中合わせに座るのは、マルス、メルクリウス、ディアナ。人を模した、ほぼ同型のオルターだ。

 隣で解説役をしているのがポボス。黒いしなやかな動物型のオルターは、この中でただ一体、言葉を発することができる。

「ずいぶんと楽しそうだな」

「何か言った?」

 理緒は腰を上げてこちらを向いた。

「梓真。彼女のおかげで助かったんだから、感謝しなきゃ」

「……」

 もちろん感謝している。

 しかし、何か腑に落ちない。

 あの時彼女はなぜ男が捨てた鞄を見つけ、中に盗品があるとわかったのだろう?

「なあ――」

「ねえ、質問いい?」

「……なんだ?」

「マルスたちって、その辺で売ってるようなオルターじゃないわよね? どうしてこんな田舎の普通科高校にあるの?」

 梓真はむっつり。

「部外者には教えん!」

「部外者じゃありません。ね、輝矢?」

(呼びつけかよ……)

 不機嫌度はさらに悪化した。

 呼びつけされた当人は、

「ああ、うん。……そうそう、これ渡さなきゃ」

 と、折り畳まれた紙を机に広げる。

 “恩田理緒“と署名された入部届けだ。

「梓真と先生のサインで、彼女の入部が決定します」

「……」

「あれ、うれしくない?」

「そうよ、あっくん、良かったじゃない」

「またどうせ、仮入部だけしてトンズラするんじゃねえか?」

「あったね、そんなこと」

「あったわねえ」

 三つのため息が同時にこぼれる。

 去年と今年の四月、SCCにもそれなりのにぎわいを見せた時期があったのだが、この部の実態を知られるにつれ、しだいに顔を出さなくなっていった。彼女らはどうやら、輝矢目当てのひやかしだったようだ。

(年下にも年上にも人気あんだよなあ。まあ童顔でにこにこしてるし、腹黒を知らなきゃモテるかもな)

「そんなこと、わたしはしないわよ」

(……まあいいか)

 理緒の様子を窺いながら、梓真はボールペンのキャップを外した。

 これは正式な入部の届けだし、数が揃うなら幽霊部員であってもかまわない。何しろこの部には梓真と輝矢の二人しかいないのだ。

 それにさっきの様子。オルター好きなのは間違いないだろう。

「じゃ、次、私ね」

 嬉々として真琴がサインする。

 それを見届けて、理緒は空いているイスの一つに座った。

「これで正式な部員よね? じゃ、質問に答えてくれる?」

「……」

 一同の視線はさまよいながら、最後に梓真のところで落ち着いた。

「……話せば長い。また今度な」

「梓真ぁ……」

「いいわ。じゃ、別の質問」

「……」

「例の昼間の騒ぎの時、あなたのヴェルちゃんへの態度、何かおかしかった」

「そりゃ驚くだろ。突然後ろから――」

「それよ、その驚き方! もしかしてあなた、オルターが怖いんじゃない?」

「だ、誰が……」

 ぐうの音も出ない梓真。真琴はぷぷーと吹き出し、輝矢は笑いをかみ殺しながら弁護した。

「その質問、梓真には酷だよ」

「わたしが聞きたいのは、そんな人がなんでこんな部活をしてるのかよ。その――」

 少女の視線は人を離れ、オルターたちへ。人型の三体は静止したまま、ポボスだけが興味深そうにこっちを見つめている。

「彼らを、使うような」

「うーん、難しい質問だねえ。どうなの、梓真?」

「どうってなあ……」

 明確な答えは出ない。出ないことは明確だった。

 そんな梓真を客観視できるのは輝矢だけだ。

「マルスたちには、小さい頃から慣れ親しんでるっていうのがまず一つだよね」

「小さい頃から?」

 理緒の疑問に輝矢は“それは置いといて“とジェスチャーで返し、その上で、

「実は、ここのオルターはもともとは軍事用なんだ」

「え……?」

「軍用オルターが、なんで形も動作も人に似せているか知ってる?」

「……知らない」

「地上戦では人がオルターの指揮をする。小隊でも分隊でもね。だから、敵は真っ先に人間を狙うんだ。だから歩兵は全身をびっしり装甲で覆う」

「ええ……それで?」

「だからオルターは人のフリをし、囮にもなる。彼らの動作にはちゃんと意味があるんだ」

「ええ、それはわかった……けど……」

「じゃあ民生用の、クレイやヴェルが人のフリをするわけは?」

「え? それは、やっぱり……街に溶け込むようにって……」

「そう。彼らは街に、社会に自然な形で入り込む。……でも言い換えれば、それは人の心に入り込んでるってことさ」

「……」

「それを許せる人ばっかりじゃない。オルター排斥を訴える人たちとかね。もっとも……」

 輝矢の言葉を梓真はじっと聞いていた。

「梓真がそうなのか、本当のところはわからないけど」

「どうなの? あっくん」

「……よくまあぺらぺらと」

 輝矢は悪びれもせず、いつものように笑っている。

「どうなのよ?」

「さあ」

 ぷいっ。梓真は理緒からそっぽを向く。

「まあいいわ。それにしても、軍用ねえ……」

「型落ちだけどな。それでもクレイなんざ相手にならねえが」

「それはクレイがかわいそうよ。彼は事務仕事のためのオルターなんだから」

「……だったら、よそから来る人間ぐらい、ちゃんと調査してくれ」

「人の心まではのぞけないよ。今回は、まんまと取られちゃったのが失敗。防犯体制を考え直さないと。鍵を使った侵入者には、警戒レベルが下がるんだよね。あと、メルクリウスも起動しとくべきだった」

「そうだな。油断してた」

「あれ、ディアナちゃんは?」

「だから修理中だって。忘れたのか?」

「あは、そうでした」

「早く直してあげなさいよ」

「それにはちょっと、理由があってね」

 含みのある輝矢の言葉。

 続いて、阿吽の呼吸で梓真が真琴に姿勢を正す。

「で、まこ……いや、万久里先生には本日、次のステップに進んでいただこうかと」

「あっ、はい。……?」

「じゃ、ゴーグル付けて」

「はーい」

 真琴が頭に装着したのは通称“ゴーグル“。オルターのコントロールユニットで、マイクとイヤホン、それにヘッドマウントディスプレイが一体となったものだ。

「ではこれより、万久里先生によるディアナの修復作業を行います。はい拍手っ」

 男子二人の拍手に、遅れて理緒も参加した。真琴だけがハテナマークを浮かべている。

 だがはっとして――

「で、できないわよっ、そんなの!」

「先生、難しくないから」

「うぇ~」

「まずはメルクリウスとディアナの主電源を入れる。これはわかんだろ」

「うー、わかる」

 真琴はしゃがんでいるメルクリウスに歩み寄り、首と胸部の隙間に上から手を差し込んで“起動キー“を抜き取った。と、かすかな作動音とともにバイザーの灯が入る。

「これで起動?」

 首をかしげる理緒に輝矢が解説する。

「軍用だよ。スイッチでオンオフすると思う?」

「ふつうは動かす時にキーを差すでしょ?」

「それじゃ敵に抜かれて停止しちゃうよ」

「ああ、そうか」

 映画やアニメで見かける「敵アンドロイドに接近戦で停止ボタンを押す」行為は、現代の歩兵用オルターに通用しない。動作を止めるには、マスターキーの“挿入“が必須だ。

 梓真は二体の起動を確認し、新たな指示を真琴に伝える。

「オッケ。次は作業台まで移動だ」

「ええっと……」

「ディアナを修理するって言やいいんだ」

「あ、えっと、ディアナちゃんを直すから、作業台に移動して」

 梓真は声に出さずに笑った。

 真琴のマイクを通さなくても、人の声はマルスたちに届いているし、曖昧な指示も理解できる。それでも真琴の指示を待っているのは、これが習熟訓練であると知っているからだ。

 主従が逆転しているようで、どこかおかしい。

 そこへ――

「ねえ梓真」

「うん?」

「理緒、SCスティール・コンバットのこと知らないみたい」

「……知らない?」

「知らない」

 理緒は首を振った。

「あー、あのバカ女どもも知らないで入ってきたんだよな」

「何よ。いいじゃない別に」

 理緒は“バカ女“と一緒にされたことが悔しいようだ。

「輝矢、そいつに――」

「ねーっ、なんかいっぱい出てきたー。応急処置? とか」

「ちょっと待ってろ。……輝矢、そっちは任せる」

「うん、りょーかい」

 輝矢は机に戻ると、ラップトップの映像を大型モニターに流しはじめる。上映会をやるようだ。

 それをゴーグルを上げた真琴まで見ていた。

「どうした?」

「あっくーん、休憩しよ?」

「始めたばっかじゃねえか」

「いーじゃない、試合の映像見るんでしょ。わたしも見たいー」

 ハァ、とため息で梓真は承諾の意を示した。

 輝矢と理緒はモニター前の特等席に並んでいる。

 映像は、司会と解説の前振りが終わり、試合会場へと移るところだった。

 中継先にまず登場したのは、厳つい顔の中年男性だ。

「第一回、二回、優勝チームリーダー……神木幸照かみきゆきてる

 理緒がテロップをそのまま読み上げる。

 インタビューは試合の直前。後ろでは揃いのツナギのチームスタッフが映り込み、機材の周りを行きつ戻りつ、活況までも伝えていた。

 雰囲気を感じるにはいいが重要な場面ではない。

「いい? 冒頭で解説の人も言ってたけど、SCは三年前に始まって、毎年八月に行われる。今年で四回目。僕たちはそれに出場する」

「ええ」

 輝矢に続いて梓真も口を挟む。

「でな、この番組、雑魚同士の試合映像はまったく出てこねえ。基本的に、最有力の“チームジュピター“が、ライバルチームとどう戦うか? って構成になってる。おまえはまず、この神木さんのジュピターの戦闘スタイルをよーく観察しとけ」

「神木さん? 赤の他人をずいぶんと持ち上げるわね」

「まあ、敬意は払うさ。三回連続チャンピオンなんだから」

「三回連続? つまりこのあと、このチームが勝っちゃうのね。なんだか、楽しみが半減したわ」

「……」

「でも、この神木さん? シブいわねえ。社長で、そのうえ独身なんでしょ? きっとモテるわよぉ」

 気まずくなったところへ真琴が割り込み、輝矢が受ける。

「そうですかねえ?」

「そおよ。朋ちゃんとかきゃーきゃー言ってたもん」

「ともちゃん?」

 首を傾げる理緒。

 その横で、輝矢は真琴に振り返る。

「まこ先生はどうなんです?」

「え、わたし?」

「たとえば、父兄参観とかに来てたらどします?」

「うーん……パスかな。年上はちょっと」

「つき合うなら同じ年頃ですよね? 万久里先生なら」

「え、ええと、そう……かな」

 真琴の視線が宙を泳いだ。なぜだろう?

 ともかく、頃合いと見た梓真は声を掛けた。

「輝矢は……あー、恩田さんの相手をよろしく」

「まかされた」

「んで、こっちも再開すっぞ、まこ」

「えー」

「十分休めただろ?」

「わかったわよう、ぶう」

 真琴は素直にゴーグルをかぶり直したが、頬だけは膨らんだままだ。

 そしてものの十秒もしないうち――

「……あっくーん、わかんないよう~」

「どこまでやったんだっけか?……えっと……」

「なんか選べって……」

「ああ、視線でカーソルが動くから、上下で項目を選択したあと、右に移動すると決定って出る。……やってみ?」

「えーっと……できた! “ただちに実行しますか?“」

「その前に、マルスのサポートを入れたいから、“追加の設定“ってのをだな――」

 ガタン。

 振り向くと、理緒がイスから立ち上がっていた。

「……帰る」

「は?」

「急用を思い出したの」

 言うが早いか自分の鞄を引ったくり、つかつか出口へ歩き出す。

「帰ル?」

「うん、じゃあね、ポボス」

「バイバイ、理緒」

 愛想よく、少女はポボスに手を振る。が、梓真には顔を伏せたまま部室をあとにした。

「おい、待てよ!」

 しかし理緒は、追いかける梓真に目もくれず、足早に渡り廊下を進んでゆく。

 戸口から、輝矢も顔をのぞかせる。

「梓真……」

「何かあったのか?」

「普通に動画を見せてただけなんだけど……だだ……」

「ただ?」

「途中から、顔がだんだきつくなって……」

「なんなんだよ、あいつは。ったく!」

 梓真はあとを追おうとした。

 ところが――

「梓真!」

「……なんだよ!」

 苛立って振り返る。と、輝矢は端末を差し出していた。

「夕乃先輩から」

「……掛け直すって言っとけ」

「すぐ来ないと、廃部だって」

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