VS二年生――先制点――
いよいよ、8人制の試合形式練習が始まる。審判は宮崎監督とおかっぱボブが特徴的な三年生「
監督からキャプテンの指定は無く。一年生陣は直前にチーム全員が集まり話しあう。だが、話しあいを始めてすぐに寺島が雨宮に目を向けてくると
「雨宮でいいんじゃないの?」
鼻に掛かったような声色で推薦された。まるで「やってみせてよエリート」とでも言われているようであまり気持ちの良いものでは無いが。
「そうだね、リアなら適任だよっ」
という、邪気の無い夏河の明るい後押しを受ける。鮫倉や他のメンバーにも異論は無いようだ。色々と複雑なものはあるが、あまり長引かせる事も無いと判断した雨宮はキャプテンマークを引き受ける事にした。
そして、試合が始まる。先攻・一年生チーム。
開始と同時に雨宮が夏河へとボールをトス。受け取った夏河は先ずは真っ直ぐにドリブルを開始ーー
「えっ?」
ーーしようとした瞬間、ボールを目の前に蹴り飛ばし、仕掛けるタイミングを図っていた林田にボールを送る形となってしまった。単純なボールコントロールミスであるが、ボールを受け取ってしまった林田本人が一番困惑している。一瞬のア然とした空気。すぐに切り替えた林田は美井へとパスを送った。一年生サイドから「なにしてんだっ!」とどこからと飛ぶ声が響き、夏河はマズイ流れを挽回しようと美井を追いかけてゆく。一年生チームいきなりのピンチの場面となった。
美井のドリブルを追いかける夏河と正面に葉山が迫る。美井はドリブルを止め、ボールコントロール。チャンスと踏んだ夏河が全速でボールを奪いに仕掛ける。
「無茶しないでっ!」夏河を静止する声が聞こえるが、焦った彼女の頭には入っていない。前へと攻めるより後ろのプレスは薄いと判断した美井は振り向きざまに後ろへとボールを蹴り戻す、予想外な行動に動きが止まる夏河の横をボールが通り過ぎる。ボールは後ろに控えていた鈴木に渡る。すぐさまロングパスを右サイドへと走っていた林田に送る。林田は胸トラップで受け取るとドリブルへと移る。だが、目の前には威圧感のある阿部がディフェンシブスタイルで待ち構える。
(迫力だなっ)
キーパー志望の
(ま、そんなもんに付き合う義理は無いわな)
林田は
「っ!」
瞬間的に、圧力が近づいてくるのを感じる。サイドに動いていた鮫倉が鋭い三白眼で美井を射抜くように睨みながら走り戻ってくる。
(やばっ)
迫りくる強迫観念にシュートの精度が鈍る。
「っっ!!」
だが、ボールへと走り飛ぶ影がひとつ。攻撃的に中央から攻めてきた武田だ。ガラ空きなど真ん中に鋭くヘディングシュートを容赦なく撃ち込んだ。ボールがネットを揺らし、ゴールを抜いた。二年生チーム速攻の先制点が決まった瞬間だ。
この先制点に一年生陣はハイタッチをしている二年生陣をぼう然と見つめる。先輩の胸を借りるなんてとんでもなかった。二年生達は試合形式の練習をしているつもりはないのではないか、自分達を潰すつもりできている迫力を一年生達は感じた。お前らにレギュラーの座はひとつも譲らない。武田のヘディングシュートの一点はそう言ってるような迫力があった。何人かは気力が萎んでしまっているようだ。この状況、空気の流れがマズイなと雨宮は危機感を覚える。ただでさえ、まだチームとしての纏まりがない一年生チームだ。ここで戦意を失っている場合ではない。
「ちょっとあんたっ!!」
その時、意気消沈とした空気を吹き飛ばすような声がチーム全員の耳にやかましいほどに届く。雨宮は声の主の方を見やる。
「天生! あんたに言ってんだっ、キーパーが突っ込んでどうすんのっ! あそこは鮫倉が間に合ってんだから任せなよっ! 古市もいんだから、二人でゴールカバーできただろっ!」
その声の主は、雨宮を目の敵のように睨んでいた「
「しょ、しょうがないじゃない、ちゃんとしたキーパーなんてはじめてやっーー」
「ーーしょうがないじゃないじゃない! ポジションが変わってないあーしが言うのもなんだけどっ。みんな、ほとんど慣れてないポジションでやってんだっ。そんなん理由にすんなっ」
天生の言い訳も聞く耳は持た無いと詰め寄る寺島は感情が高ぶったか声の圧を強めて迫る。天生は涙目で目のあった夏河に助けを求める。
「あのさ、そのへんにーー」
「ーーあんたもだよ夏河!」
「は、はいィッ!」
振り向きざまに指を突きつけられて夏河は思わず、悲鳴のような声で背筋を伸ばす。
「なんだよあれっ、素人にも限度があんでしょっ、無茶すんなっつってんのもガン無視だし」
初っぱなのボールコントロールのミスを指摘され、グウの音も出ない。先制点を取られてしまったのは自分のせいだという自覚がある夏河はシュンと沈む。そんな夏河をみても寺島は言葉をやめない。
「夏河、なんであんたが選ばれてっか知んないけど、グラウンドに立ってんならちゃんとやれ、選ばれなくて外野で悔しがってる奴らもいるんだよ、また中途半端なことすんなら、あーしは許さんっ!」
「……寺島さん」
「言われて悔しいならやってみせて、他のみんなも、グジグジしないで悔しがれっ、あーしは悔しいかんなっ!」
寺島の感情的な声に周りも徐々に顔が上がってくる。雨宮は空気が変わっている事を感じ、寺島の悔しさを隠さない顔をジッと青い瞳にとらえた。
「そこ、なにやってんの!」
寺島の大きな声といつまでも動かない一年生陣に審判の乾田から注意が入る。
「はいすいませんなんでもありませんっ!」
寺島はすぐに乾田に頭を下げて、奥歯を噛む程に身体を震わせる。
「くそっ、先輩達も余裕にゴール決めて、腹立つくらいカッコイイなぁ……ちょい、雨宮」
すでに試合再開を待っている二年生達を上目に盗み見ながら寺島は雨宮に声を掛ける。
「あーし、正直に言ってあんたのことめっちゃ嫌いだけど」
正直に言うなと雨宮は表情薄く寺島の言葉の続きを聞く。
「けど、先輩達に勝つにはあんたのエリートパワーが欲しい。結果的にキャプテン任したのもあーしだし、だからさ、わかるよなっ」
エリートパワーだなんだと棘を隠してない態度とか曖昧だけど理解しろと言いたげなニュアンスは引っ掛るが、言わんとすることは理解できる。 雨宮は薄い表情を少し笑わせてみせた。
「
かなり余裕めいた上から目線な表情に見えたのかまた強く睨まれたが、雨宮は見えていないフリをする。チーム全体も寺島に後押しされるように、悔しいという空気が前向きに流れていると感じる。もちろん、雨宮自身も負けるつもりは無い。元来、雨宮 リアは負けず嫌いな性格だという事を先輩達にわからせる。8人制らしく、全員サッカーで二年生に挑むとしよう。
一年生チーム、気持ちを新たに、試合再開だ。
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