8人制サッカー
「今日はランニング後に、二年と一年に別れて15分ハーフの8人制サッカーをおこなう」
部活始まりの最初のミーティングで宮崎監督は突然、紅白戦の時と同じような試合形式の練習を行うと部員達に告げた。今度は二年チームと一年チームに別れた8人制サッカーだ。一年側から一瞬だけ動揺の声が聞こえるが宮崎監督が手を挙げずとも声の波は収まる。二、三年側からは声のひとつも上がらず、監督の声を待つ。
「フォーメーションは2-3-2〈DF2-MF3-FW2〉のミラー〈ミラーシステム=相手チームと同じフォーメーションで行なう練習〉でいく。メンバーはランニングが終わった後に発表する。ポジションもその時に指定させてもらう。審判は私がやるが、三年生からもひとりお願いしたい。試合に参加しない者は試合観戦をするも、この時間を個人練習に当てても構わない。私からは以上だ」
宮崎監督の以上の声を聞き終えるとキャプテン赤木の「それでは、ランニング!」の掛け声と共に部員全員によるランニングが始まった。このランニングが終わった後に二年の先輩達と試合をする事に、一年生は高揚する者や緊張する者が様々な思いで走る。今回の試合は小学生から慣れ親しんだ8人制サッカーであり、前の紅白戦と違い、完全に学年が分かれた力の差が明確だ。一年生の大半は二年生の胸を借りるつもりで試合に望む所存だ。
果たして、誰が一年から選ばれるだろうか。
宮崎 富乃監督が選んだメンバーとポジションは次の通りだ。
二年チーム―――GK=
一年チーム―――GK=
以上である。
「以上であるじゃないよっ。なんでリア、わたしフォワードに指定されたんだろ。フォワードって攻撃の要じゃんっ」
誰に向けたかもわからない叫びを上げたのは夏河である。隣に立つ雨宮の肩を揺さぶるので、雨宮は逆に夏河の肩を真顔で叩いた。
「落ち着きなさいよイチジョウさん。あなた、フォワード志望だったんだし武田先輩に実戦で直接シュート見てもらえるじゃない良かったわね」
「いきなり実戦で見てもらいたかったわけじゃっ。それに、わたし別に志望ポジションまだ決めてないよ?」
「……いや、レギュラーフォワードの武田先輩を師匠呼ばわりしてたじゃないの?」
「ん? 武田センパイししょーはシュートの師匠だよ。わたしの志望ポジションとなんの関係があんの?」
相変わらずのマイペース思考な夏河に雨宮はため息が出るが、これが夏河 苺千嬢であるとも理解できてしまっているので、ツッコミは袖に置く。
「まぁ、あなたの志望ポジションはクリアにしておくとして、確かにこの試合は大半が本来のポジションと違うわね。向こうの武田先輩もディフェンスに着いてるもの」
赤のビブスを着用した二年生チームは武田を中心にして見事にバラバラなポジションだ。唯一適正に近いのはゴールキーパーに指定された立壁くらいだろう。一年生側も志望ポジションに当てはまっているのは、先程からジッと雨宮を睨んでる可憐な見た目の正統派ツインテールヘアのハーフセンター「
「ねぇ、わたしなんだか外野から睨まれてる気がするんだけど?」
「でしょうね。イチジョウさんよりも自分が上手いと思ってるプレイヤーは多いもの。あなたが選ばれたのが納得いかないんでしょ」
一年生部員は15人。今年からサッカーを始めたばかりの夏河の素人っぷりは部活でも目立ってきている。納得がゆかぬ部員がいるのは当然だろう。宮崎監督が夏河を選んだ理由は不明だが、なにかしら夏河に試してみたい可能性を見つけたのだろうとコーチ時代から宮崎監督を知っており、いま現在似たような境遇である雨宮は特に不思議な事だとは思わない。だが、貴重なアピール枠を奪われたと疎まれるのは仕方がないとは思う。これは、試合中のプレイで黙らせるのが一番だが
「やっぱりそうだよね。わたしより上手い子も外野にいるしね。どうしよう、わたし、監督に変わりますって言ったほうがいい?」
夏河にしては珍しく弱気に見える。雨宮は以外だと思ってしまったが、夏河もひとりの人間だ。外からのプレッシャーに弱いのかも知れない。
「あの、監督お願いがあります!」
その時、宮崎監督に走り寄って直談判をしにいくシニヨン巻きのプレイヤーがひとり。一年生側のゴールキーパーに指名された「
「あの監督。どうして私がキーパー何でしょうか。私は本来、ボランチの志望なんです。確かにシュート練習時にキーパーをやったことはありますけど、ちゃんとしたキーパー経験なんて、ありませんよ。それに、キーパー志望なら阿部さんがいるじゃないですか。せめてポジションはMFを、阿部さんとのポジション交代をお願いしますっ」
監督を前に物怖じをせずに意見をする天生は一年生の中では度胸が座っている方だ。実際、MFに指名されたキーパー志望「
「そうか、君の言い分はよくわかった。しかし、私は指定したポジションを変えるつもりは無いぞ。今回は8人制サッカーだ。正式なポジションとは考えずにプレイしてくれて構わない。試すつもりで頑張ってみてくれ」
「ぇ……はい」
だが、監督の言いくるめてしまうような口調に天生は反論をしようという気力を無くし、曖昧な返事でゴール前へと下がっていった。
「と、監督は言ってるけど、あなたも直訴しにいく?」
「え、遠慮しときます。う〜、やるっきゃ無いなぁ」
流石の夏河も後ろに下がる。
「まぁ、今回はみんなが小学校から慣れている8人制だから、全員攻撃全員守備に自然になっていくわね、最終的にポジションにとらわれる事はないはず」
「え、小学生って11人でやんないんだ?」
驚くのはそこかと改めてサッカーを知らない夏河の発言はライン外に転がしておくとして、8人制サッカーは人数が少ない分、
「じゃ、あんまりポジションは気にしなくてもいいってこと?」
「そういうわけじゃないけど、11人制よりも気が楽になると感じるプレイヤーが少なくないのも事実ね」
同時に全てのプレイヤーにオールラウンダー能力を求めるという事でもあるが、夏河の緊張が多少は溶けているようなので余計な事は言わないでおく。
「……」
雨宮は後ろで大人しくゴール前で屈伸運動をしている鮫倉を、そっと見やる。部活前のあのやり取りから声が掛けづらいというのが正直な本音だが、無理に話し掛けても逆効果だとも思い、雨宮はこちらから話し掛けるのは止めておいた。だが、いちサッカープレイヤーとして見ると、彼女は本来はフォワード志望。僅かに見えたあの口を揉むような動き、恐らく不満を堪えたのでは無いだろうか。慣れたポジションから外されるというのは、先程の天生を見てもわかる通り、誰しも嫌だと思うものだ。今回は全員がストライカーともなれる8人制サッカーであると頭の中を納得させれば良いかも知れないが、雨宮は鮫倉自身の心を掴めていない、心の中の勝手な憶測は彼女に見えてはいなくても失礼なものだとグラウンドの先を見つめ、ゆっくりと眼を瞑り息を吐き、再び目を開けた。
(いまは、サッカーをすることに集中しよう)
雨宮は自分の両頬を叩こうとすると、隣で夏河が先に両頬を叩いていた。
「ようし、がんばろっ!」
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