第六章 終わりなき初恋を君に2

 舞踏会の会場となるホールにはすでに大勢の人達が集まっており、カメリアはそんな中をどこかぎこちない足取りでセロイスを探しながら歩いていた。


「……おかしいな」

(セロイスは一体どこにいるんだ。メイド達は先に城へ行くと言っていたが)


 慣れないドレスと靴に悪戦苦闘するカメリアは全く気付いていないが、周囲の人々の目はカメリアへと向けられ、注目を浴びていた。


 深紅のドレスに花飾りがついた黒いリボンチョーカーと、舞踏会にしてはシンプルな格好だが、逆にそれがカメリアの魅力を最大限に引き出していた。


 カメリアの普段の騎士姿しか知らない騎士や兵達はそのあまりにも普段とは違う姿に、そして女性達は隠れていた美しさに見とれていたのだが、カメリアはそれどころではなかった。


(とにかく早く合流しないと)

 騎士であるカメリアにとって、剣を手放すなど考えられないことだが、普段とは違う服装であることと、今日が舞踏会であることを理由にメイドにひどく止められ、今のカメリアは剣を持っていなかった。


 紅蒼の騎士の披露の際にロベルトから剣を授けられることは知ってはいるが、身体に馴染んだ剣の重さがないことがカメリアを更に落ち着かなくさせた。

 カメリアは人の間を縫ってセロイスを探すが、その姿は一向に見当たらない。


 そうしている間にカメリアは人波に押されるようにしてバルコニーに出た。

 外の風にあたり、カメリアはようやく少しだけだが落ち着きを取り戻すことができた。


「しかしドレスというのはこんなに動きづらいのか」


 一息ついていたカメリアだったが、隣のベランダにふたつの影があることに気付いた

 影のひとつは正装に身を包んだロベルトだったが、そんなロベルトに寄り添うようにしているのは、思いもよらない人物だった。


「どうして……」


 カメリアがその顔を忘れるはずがなかった。

 ロベルトの隣にいるのは、街でルベールと抱き合っていたあの青年だ。

 カメリアが隣のバルコニーにいることに気付かず、ロベルトは穏やかな表情を浮かべて青年に何かを話している。


 青年もまたロベルトの話に耳を傾けてうなずきながらも、時折何かを話している。

 そんなふたりの様子は、まるで恋人同士のようであった。


 呆然とそんなふたりを見ていたカメリアだったが、青年がカメリアの存在に気付いた。すると、青年はロベルトを抱き締めるようにその首へと手を回したのだ。


(やはり狙いはロベルト様だったか!)

 カメリアはとっさに髪に挿してあった髪飾りを抜くと、それを投げた。

 髪飾りはバルコニーの手摺りに当たり、その音でロベルトはカメリアに気付いた。


「離れて下さい、ロベルト様!」

 その言葉を聞いた青年はカメリアを挑発するように笑い、バルコニーの柵に手を掛けたかと思うと、そこから飛び降りた。

 柵から身を乗り出して下を見れば、青年は植木をクッションにしていた。


(ここで逃がすわけにはいかない)


「ロベルト様は他の騎士達と安全なところに!」

 カメリアは迷うことなく、バルコニーから飛び降り、植木をクッションにして着地すると青年の後を追って駆け出した。


*****


 カメリアの姿をロベルトは呆然と見ていたが、ふいに笑い出した。


「やはり俺の目は間違っていなかった。あの者ほど紅の騎士にふさわしい者はいない!」


 この日のために用意した舞台は無駄にはならなさそうだ。


(そしてセロイスに用意してやった衣装もな)

 ロベルトが会場へと目をやれば、やけに人々から注目を浴びる人物がいた。


 ――流れるような黒髪に、青いドレス。

 女性にしては長身の部類に入る身長も、不思議な魅力を醸し出していた。


 どこか謎めいた魅力を持った女性は誰かを探している様子であったが、目当ての人物が見当たらないのか深くため息をついていた。


「どうしたんだ、そんな辛気臭いため息なんかついて」

 女性に声を掛けたのはバルドだった。

 舞踏会ということもあり、ルベールも一応正装をしてはいるが、普段と変わらずボタンを外して襟元を大きくくつろがせている。


 その手には皿を持っているが、皿に盛られているのはどれもデザートばかりだ。

 こう見えてバルドは甘党だった。


「何があったか知らねぇけど、これでも食って元気出せよ。甘い物でも食えば、気持ちも少しはましになるってもんだ」


 目の前に皿を持って来られた女性は何も言わず、少し困ったように笑うだけだった。そんな女性にバルドはどこか見覚えに似たものを感じた。


「……なぁ、お前どっかで会ったことがあるか?」


 バルドの問いかけに女性の肩が揺れた。

 この反応からすれば、バルドは間違いなくどこかで出会っている。

 しかし、一体どこで出会ったのか。


(何か見覚えと言うか、知ってる気がすんだけどな)

 頭を悩ませるバルドの前に現われたのはルベールだった。


「あぁ、ここにいたのかい」

「あれ、ルベール文官の知り合いなんすか?」


 女性は誰かを探していたようだったが、探していた相手はルベールだったのだろうか。しかし探していたはずのルベールに出会えたにも関わらず、女性は固まっている。


(どうなってんだ?)

 固まる女性を不思議そうに見ていたバルドにルベールは笑った。


「まぁね。でも、君だって知っているはずだよ」

「俺も知っている?」

「あぁ、そうとも。ねぇ……セロイス」


 一瞬ルベールが何を言ったのか、バルドには理解出来なかった。

 しかし、確かにルベールは女性のことをバルドのよく知る名前で呼んだ。


(いや、でも、まさかな……)

 バルドは恐る恐る女性にたずねた。


「セロイスじゃ、ないよなぁ?」

「うるさいぞ、バルド」

 バルドを咎める声は間違いなくセロイスのものだった。


「お前、どうしてそんな格好してんだよ!? ここは仮装大会じゃねぇんだぞ!?」

「うるさいと言っているだろう。そんなこと俺だってわかっている」

 再びバルドを咎めると、セロイスはルベールにたずねた。


「どうして、俺だとわかった?」


 自分で言うのも何だが、セロイスの女装は完璧なものだった。

 実際にルベールに言われるまで、近くで話をしていた友人のバルドでさえ、セロイスだと気付くことはなかった。


 それなのに何故ルベールは一目見ただけでセロイスだとわかったのか。


「だって、僕は君のその姿を見たことがあるからね」

「それは」

「今日こうしてこの場に集まってくれたことに、礼を言おう」


 セロイスと重なって聞こえてきたのはロベルトのあいさつだった。

 しかし舞踏会が始まるまでにはまだ時間があるはずだ。

 ざわつく会場内にロベルトは言った。


「舞踏会の前に特別な余興を用意してあるのだが……見たいとは思わないか?」


 形こそ問いかけになっているが、ロベルトの言葉には絶対的な何かが含まれていた。


 ――この舞踏会で何かが起こる。

 そんな予感に対する期待が会場内には漂っていた。


「舞台はすでにすべて整っている。舞台に足りないものはただひとつ。ここに集まっているお前達、観客だけだ」


 会場を見渡していたロベルトはセロイスを見付けると、どこか楽しげに笑った。


「さぁ、新しい舞台の幕開けといこうではないか」

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