第六章 終わりなき初恋を君に

第六章 終わりなき初恋を君に1

 翌日、カメリアはひどく不思議な気持ちで目を覚ました。


(何だか、不思議な夢を見ていた気がする)


 誰かに優しく頭をなでられる夢だった。

 誰かはわからないが、眠っているカメリアを見ている目はひどく優しいもので、ずっとこのままでいてほしいとさえ思った。

 その手にカメリアは覚えがあったが、脳裏に思い浮かんだその手の持ち主をすぐに否定した。


(そんなはずがない……)

 最初から形だけのものだったのだ。

 また今まで通りに戻る、ただそれだけのこと。

 今までと同じように騎士として、共にロベルトに仕えていく。


(しかし、自分はこれまでと同じようにいられるのだろうか)

 ふと心にそんな不安がよぎっていくのを感じ、カメリアは身体を起こした。

 すると、その拍子に何かが滑り落ちた。


「これは……」

 それはロベルトが用意したと言っていたあのドレスだった。

 しかし、どうしてドレスがここにあるのか。


(まさかまた城を抜け出したのか!?)

 そんなことを考えていたカメリアの耳にノックの音が届いた。


「はい?」

「失礼します」


 部屋に入ってきたのは数人のメイド達だった。

 その表情は非常に嬉しそうなもので、皆笑みを浮かべてカメリアを見ていた。


「どうしたんだ、一体」

「はい、カメリア様の身支度をお手伝いするように言われて、こちらに参りました」


 そう答えたのはメイド達の先頭に立つリーダーらしきメイドだった。


「身支度なら、わざわざ手をわずらわせなくても、ひとりで」

「そうはいきません。何と言っても、今日は特別な日なのですから」


 その言葉に、他のメイド達も嬉しそうにうなずいて答えた。

 何も知らない者達にとっては、セロイスとカメリアの婚約が正式に発表される日。


 本来ならば、自分達の仕えている主にとって喜ばしい日になるはずだったのだ。

 そう思うと申し訳ない気持ちになるカメリアだったが、メイド達はカメリアを目の前にして目を輝かせていた。


「この日をどれだけ楽しみにしていたか」

「えぇ、まさか私達の手でカメリア様を飾れるなんて光栄ですわ」


 目を輝かせながらも「ふふふ……」とどこか怪しげな笑い声を発する彼女達に抗う術などカメリアは持っておらず、伸ばされてくる手にカメリアは身を任せることしか出来なかった。


 これが彼女達の仕事である以上、余計な口出しは出来ない。

 たとえ彼女達がやけに興奮気味に、カメリアの周りで口論を繰り広げていたとしてもだ。


「素敵……素敵ですわ!」

「普段、制服の下に隠れている柔肌をこの目で拝める日が来るなんて」

「しっかりなさい! 私達にはまだ使命が残っているのよ!?」

「そうよ、カメリア様を無事に送り届けるまで、私達は絶対に倒れられませんわ」


 鏡台の前に置かれた椅子に座らされたカメリアは、ただ大人しくしているしかなかった。

 そうしている間にも、鏡の中のカメリアは姿を変えていく。


 カメリアの白い肌を活かすように薄めに、しかし丁寧に施された化粧。

 地毛と同じ色のつけ毛で長さを足して、ゆるやかにまとめられた髪。

 その様子は昔読んだ物語に出て来た魔法で変身する姫のようだった。


「……これが私なのか?」


 驚いた様子で鏡をのぞき込むカメリアの後ろでは、メイド達が満足そうな顔をしていた。

 ドレスを身にまとい、化粧をしたカメリアは、まるで別人のようだった。


「セロイス様は先に城に向かうとのことでした」

「そうか……」

「本当に綺麗ですわ。普段のカメリア様も素敵ですが、今日のカメリア様も本当に素敵です」

 

 ひとりのメイドの言葉に他のメイド達も大きくうなずく。


「その……ありがとう」


 これまで世話になったことへの感謝も込めて礼を言い、カメリアは用意されていた馬車に乗り込むと、メイド達に見送られて屋敷を後にした。

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