第六章 終わりなき初恋を君に3

「待て!」


 カメリアは青年の後を追いかけていた。

 城で舞踏会が開かれるということもあってか、街には普段と比べると人影が少なく、そしてどこか薄暗くさえ感じる。


 そんな中をカメリアは青年を見失わないよう、慣れないドレスの裾を持ち上げながら、必死で足を動かす。靴のかかとはいつの間にか折れていたが、走りやすくなってカメリアには有り難かった。

 周囲にはふたりの足音だけがひどく響いていたが、やがてその足音は止まった。


 先に足を止めたのは青年だった。

 その行く手を阻むのは、乗り越えられそうにもない大きな壁。


「もう逃げられないぞ」

 青年に武器になりそうなものはなく、体格もカメリアとそう変わりはない。


(しかしこれなら捕まえることもできる。いや、捕まえてみせる)

 カメリアは青年へと距離を詰めた。


「どうしてロベルト様を狙った? 一体、何が目的だ?」

「何か勘違いがあるようだ。私はロベルトを狙ってなんかいない」

「ふざけるのもいい加減にしろ! 兄上を利用して情報を得て、ロベルト様の命を狙っていたのはお前だろう!?」

「私が、ロベルトを狙う? ふふ……ははは!」

 

追い詰められているにも関わらず青年は笑い出した。


「何がおかしい!?」

「いや、本当に聞いていたとおりだと思ってね」


 青年は笑うことをやめると、カメリアに言った。


「もう一度言うが、私はロベルトを狙ってなんかいない」


 その言葉を素直に聞き入れるわけではないが、考えてみれば青年の行動はどこかおかしい。

 バルコニーでロベルトを殺すことも出来たにも関わらず、青年はそれをしなかった。


 それに目の前にいる青年は、何故武器を持っていないのか。

 武器を隠しているのかとも思ったが、それならば青年と抱き合ったロベルトが気付くはずだ。


(もしかすると、私はなにかとんでもない勘違いをしているのか)


 しかし、だとすれば犯人は一体誰なのか?

 そんなことを考えていたカメリアに悲鳴が聞こえてきた。


 カメリアが振り返れば、荷物のように少女を肩に担いだ男が、暗闇の中に消えようとしているところだった。肩に担がれた少女にカメリアは見覚えがあった。


「ドロシア!?」

「くそ、遅かったか!」

 カメリアが駆け出した隣で、青年の舌打ち交じりの言葉が聞こえた。


「遅かったって、どういうことだ!? なにか知っているのか?」

「説明している時間はない。とにかく」


 ふいに青年の言葉が途切れたかと思うと、カメリアに背後から衝撃が走る。


(くそ、他にも仲間がいたのか)

 そんなことを思いながら、カメリアの意識は闇に落ちていった。


*****


「……ア様、カメリア様!」

 自分の名前を呼ぶ声にカメリアは目を覚ました。

 目を開けた先にいたのは、心配そうに自分を見ているドロシアだった。


「よかった……カメリア様が目を覚ましてくれて……」

 安堵の息を漏らすドロシアの姿にカメリアは徐々に気を失う前の記憶を取り戻していく。


(そうだ。路地に青年を追い詰めて……)

 なにがあったかを思い出したカメリアは慌てて起き上がろうとするが、そこで腕が縛られていることに気付いた。

 見ればカメリアだけでなくドロシアも腕を縛られている。


「ここは……」

 周りを見れば木の板で出来ている壁のすき間から月明かりが漏れ、天井に吊るされたランプが風でかすかに揺れている。


「どうやら閉じ込められたのは、訓練場のはずれにある倉庫みたいだな」


 そう答えたのはカメリア達とは少し離れた場所に座る青年だった。

 青年も腕を縛られているらしく、器用に足だけで立ち上がるとカメリア達のそばにやってきた。


「一体どうなっているんだ。どうしてドロシアまでこんなことに」

「それが私にもどうしてこうなったのか、よくわからなくて。いつものように店の片付けをしていたら、突然知らない男達が来て、それで……」


 その時のことを思い出したのか、ドロシアはかすかに震えていた。

 いきなりこんな目に遭えば無理もない。

 少しでもなぐさめになればと、カメリアはドロシアに肩を寄せた。

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