第四章 咲かない花9

 一方、あの場をあとにしたカメリアの姿は街にあった。

 ロベルトを探す以外で昼間にこうして街に来るのは初めてだった。


(私がいるせいで、あんなことが……)


 ルベールは可能性はふたつあると話していたが、もしもカメリアが男であれば、あんなことは起こらなかったのではないか。


 少なくともくだらない考えにとらわれてしまうことなく、ロベルトを守ることができたのではないか。


 カメリアの心の中ではそんな想いが渦巻いていた。


 あの場にいた者達がこの件はカメリアが引き起こしたものだと考えていることは明らかだ。


 そしてそれを口実にカメリアから紅の騎士の名を取り上げてしまえばいいとことも理解していた。


(それもすべては、私が……)


「カメリア様?」


 ふいに名前を呼ばれたカメリアは足を止めた。考え事をしている間に無意識に足を向けてしまっていたようで、気付けばドロシアの店の前にいた。


 下ろしたままの髪を揺らしながら、カメリアのそばに駆け寄ってきた。


「どうされたのですか、一体」

「いや、その……ドロシアのことが気になってな。ついでに寄ってみたんだ」


 そう言ってごまかすカメリアの手をドロシアは引くと、扉にかかっているクローズの札はそのままにカメリアを店の中へと招き入れた。


 普段は客でにぎわっている店内には客の姿もなく、どこかひっそりとしていた。


「どうぞ座っていてください。今、お茶を用意しますね」

「ありがとう」


 カメリアはドロシア勧められ、椅子に腰を下ろした。

 そばにある窓にはレースのカーテンが下ろされており、そのカーテン越しから店内へと入ってくる光がどこか優しくカメリアを照らしてくる。


(こんなのんびりとした気持ちになるのは随分と久しぶりだ)


 そんなカメリアへとドロシアはあたたかい紅茶が入ったカップを差し出すと、カメリアの向かいの席に腰を降ろした。


 ふたりの間には紅茶の湯気だけが漂っていたが、口を開いたのはドロシアだった。


「何かあったのですか?」

「どうしてそう思うんだ?」

「今日のカメリア様は、どこかいつもと違う表情をされていますから」


 自分はそんなにひどい顔をしているのだろうか。

 思わず確認するように顔に手を伸ばすカメリアにドロシアは笑った。


「ごめんなさい、私の言い方が悪かったですね……今日のカメリア様はどこか普段とは違って見えて、だから声をかけたんです」


 カメリアは持っていたカップをテーブルの上へと置いた。


「……今日の私は、いつもとどう違うんだ?」

「そうですね……」


 ドロシアもカップをテーブルに置くと、カメリアを見た。

 きっと余程情けない姿になっているのだろう。

 そう思っていたカメリアにかけられた言葉は意外なものだった。


「今日のカメリア様は、何だかとても可愛らしいです」

「別に私に気を使う必要なんてないんだぞ?」

「気なんて使っていませんよ。カメリア様が可愛いのは本当ですから」


 カメリアがどこか居心地の悪さにも似たものを感じながらうつむけば、カップに入った紅茶の水面に映る自分と目が合った。


 そこに映っている自分は普段では考えられない、ひどく不安な顔をしていた。


(これのどこが可愛いものか)


 そんな自分を見ていられなくなったカメリアは一気に紅茶を飲み干した。


 お世辞にも行儀がいいとは言えないカメリアの行動をドロシアは咎めるでもなく、自分もカップを取って紅茶を飲むと静かにテーブルへとカップを戻した。


(……綺麗だな)

 一連のドロシアの動作を見ていたカメリアはそう思った。

 ドロシアには可愛いという言葉が似合っているが、こうした細やかな動作の随所に美しさが見え隠れしている。


 それは本当にさりげなく気付かないようなものなのだが、その動作はとても女性らしいものであることがわかる。


(それに比べて、私は)

 思わずドロシアと自分を比較してしまったカメリアは小さくため息をついた。自分はそんなことを気にする人間ではなかったはずだ。


(どうしてしまったんだ……)

 そんなカメリアが抱いた疑問を見抜いたかのように、ドロシアは再びたずねた。


「どうされたのですか?」

「……よくわからないんだ、自分にも」

「わからない?」

「こんなこと、今まで一度もなかった。鍛錬だってずっと続けてきた……それなのに」

 カメリアは胸に手を当てた。


「突然わけもわからず鼓動が激しくなったり、胸が痛んだりするんだ」


 どこかおかしくなってしまったのだろうかと胸元を握り締めるカメリアにドロシアはゆっくりと口を開いた。


「それは、きっと恋じゃないですか?」

「……恋、だと?」

「えぇ」


 驚きと困惑の入り混じった表情を浮かべるカメリアにドロシアはうなずいた。


「その人のことを想うだけで、胸が締め付けられて苦しくなる……そんな気持ちになるものなのです」

「……恋とは、体調に不調を来たすくらいに苦しいものなのか?」


 あまりにも真面目な顔で問いかけるカメリアにドロシアは笑った。


「そうですね、人によって様々ですけど……」


 ドロシアは少し間を置くと、ポケットの中から紙に包まれた飴を取り出した。

 その飴は店にある商品とは違い、ひどくシンプルな紙に包まれていた。


「私の場合は、ハーブキャンディーを食べたような気持ちになります」

「ハーブキャンディー?」


 ドロシアはうなずくと包み紙を解いていくと中から出てきた飴は澄んだ黄色をしていた。


 ドロシアはその飴をカーテン越しに入ってくる光にかざしてみせた。

 飴はきらきらと、まるで宝石か何かのように光輝いて見えた。


「苦いとわかっているのにまた食べてしまう、食べたいと思ってしまうのです」


 やわらかな光に照らされるドロシアの横顔はとても優しく、そして美しいものだった。

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