第四章 咲かない花10

「……ドロシアは、恋をしているんだな」

 ドロシアはカメリアにじっと見られていることに気付くと、すぐに普段通りの表情に戻ってしまった。


「そんなことはありません! 大体カメリア様みたいに素敵な方がいるのに、どうしてあんな人に恋なんて……」


 そこまで言うとドロシアはふと口を閉ざしてしまった。


「ドロシア?」

「……私がしていることは、カメリア様の負担になっているのですか?」


 ドロシアからの言葉は、カメリアにとって意外なものだった。


「どうしてそう思うんだ?」

「言われたんです……私のせいで、カメリア様は無理をしているのではないかと」

「そんなことはない」


 カメリアは断言した。


「こんな私を応援してくれるドロシアがいてくれるから、私は頑張れるんだ」

「でも……」

「それに、これは私が望んだ道だ」


 年頃の女の子達の好む恋の話も、流行のドレスも、愛らしく甘い菓子も。

 どれもカメリアには似合わないものばかりだ。


 カメリアはそれらが似合う彼女達を可愛いとは思うが、羨ましいとは思わない。


 何故なら腰に差した剣こそ、カメリアが選んだものだからだ。

 カメリアが心の底から欲し、願ったものが今ここにある。


(そうだ、私は騎士だ。それ以外に何を望むというのか)


 カメリアは椅子から立ち上がった。

 店の時計に目をやれば、随分ドロシアと話し込んでいた。

 これ以上、ここにいてはバルドに怠慢であると言われても仕方ない。


(それにバルドもドロシアを好いているようだからな)


 そう考えれば、バルドがカメリアに突っかかってくることも理解出来る。

 バルドにとってカメリアはさしずめ恋敵と言ったところだろう。


(まぁ、私には似合いの役だ)


 少なくとも、恋をする乙女よりも余程お似合いだ。

「話を聞いてくれてありがとう。お茶もおいしかった」

「カメリア様っ!」


 店の扉をくぐろうとしていたカメリアをドロシアが呼び止めた。

 ドロシアは少し迷った様子だったが、振り返ったカメリアを真っ直ぐに見ると言った。


「カメリア様は、カメリア様らしくいてください」

「私らしく?」

「はい! 私は、どんなカメリア様のことも好きですから!」

「……ありがとう、ドロシア」


 礼を言い、カメリアは店を後にして歩き出したカメリアは誰に言うでもなく、つぶやいた。


「恋、か……」


 しかしドロシアの言い方だと、まるでカメリアがセロイスに恋をしているようではないか。


(そんなことあるわけがない)


 セロイスはルベールのことが好きなのだ。この胸の痛みも、きっと何かの間違いに決まっている。


(痛みも、そのうち消える……むしろ少しでも早く消してしまわねば)


 そんな想いを抱きながら、カメリアは城へと戻るために足を早めるのだった。

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