第四章 咲かない花

第四章 咲かない花1

 ――夜の虹。

 それを見たのはカメリアが十歳の頃のことだった。

 あの夜、父からもらった剣を腰に差したカメリアは野原へ向かって走っていた。


 昼間は子供達が駆けまわっている野原には誰の姿もなく、不気味さと恐怖を感じたが、そんな思いを打ち消すかのように、カメリアはただひたすら走った。


 ――夜の虹に祈れば、願い事を叶えてくれる。


 そんな言い伝えが夜の虹にはあった。


 夜の虹はそう簡単に見られるものではないが、何十年も前に真夜中の野原で夜の虹を見たことがあるという話を聞いたカメリアはひとり屋敷を抜け出して、ここにやって来たのだ。


 野原の真ん中あたりまで来ると、カメリアは足を止めて振り返った。


『誰だ!?』

 そうたずねると同時に剣を構えることも忘れなかった。

 しばらくしてカメリアの前に姿をあらわしたのは、息を切らしたカメリアと同じ年頃の少女だった。


『あなたも、夜の虹を見に来たの?』

『そうだが……』

『私も夜の虹を見に来たの!』


 嬉しそうに語る少女にカメリアは剣をおさめると改めて少女を見た。

 夜空と同じ色をした髪に青いドレス。

 シャツにズボン姿のカメリアとはひどく対照的だった。


『ねぇ、何をお願いしに来たの?』

『私は……』

 カメリアは剣を握り締め、答えた。


『騎士になれるようにと……そう願いにきた』


 幼い頃からカメリアはそうだった。

 よく言えば活発、悪く言えば女の子らしくない。

 花を摘むよりも剣を振る方が好きな子供だった。


 父が騎士だったこともあってか。カメリアは幼い頃から騎士に憧れを持ち、そして物心がつく頃には自然と騎士になることを夢見ていた。


 騎士になるために剣の修行も欠かさなかったが、カメリアは知ってしまった。


 女は騎士になれないということを。


『だから、私は願いに来たんだ』


 自分の願いを、この少女も笑うだろうか。そう思っていたカメリアの予想は大きく外れた。


『……かっこいい』

『え?』

 カメリアの予想に反して、少女は輝いた瞳でカメリアを見ていた。


『……笑わないのか?』

『どうして笑うの?』

 カメリアにそうたずねた少女だったが、何かに気づくと声を上げた。


『あっ! 見て!』

『すごい……』


 少女の声に我に返ったカメリアの目に映ったのは、空に広がる夜の虹だった。


 まるでカメリアと少女を包み込むように、光のカーテンが優しくひらめいていた。


 気付けば二人はどちらからともなく手を繋ぎ、空を見上げていた。

 そして空がいつもの夜空へと戻ると、どちらからともなく互いに顔を見合わせて笑った。


『よかった、これで願いは叶うね』

『あぁ……』

 カメリアは少女の手を強く握った。


『私は絶対に騎士になってみせる。だからお前もお前の夢を叶えるんだ』

『うん、約束する!』


 少女は繋がれた手を強く握り返すと、カメリアに言った。


『もしも夢が叶ったら、その時は……』

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