第三章 未知なるもの10

「どこに行くんだ?」

「どこに行くって、自分の部屋に決まっているだろう」

「そんなものはないぞ」

 カメリアはベッドに座ったままのセロイスを振り返った。


「……は?」

 どうにか口からできてきたのは、言葉にならないひどく間の抜けた声だった。 


「俺達の婚約についての正式な発表は一週間後だ。それまで寝食を共にしろと言うことだ」


 ちゃんと誓約書を読んでいなかったのかというセロイスに対し、カメリアはそれどころではなかった。


(そこまでするのか……)

 こんなことだとわかっていたのならば、カメリアは迎えを振り切ってでも自分の屋敷に帰っていたが、ロベルトはこのことを知った上で早く帰るように促したのだろう。カメリアの脳裏にはロベルトの妙に楽しげな笑顔が浮んで消えた。


 あのロベルトが絡んでいるならば、すでに様々な方面に手を回しているはずだ。

 そうなると、この状況はもう回避しようもない。

 ロベルトは逃げ道を残しておくような男ではない。


(そうだ。これは任務だ)

 カメリアはそう自分に言い聞かせることにした。

 そう思うとベッドで眠れるだけ、まだマシと言える。


「……一週間、ここで世話になるしかないようだな」

「あぁ。ただひとつ問題がある」


 問題ならばひとつどころではないように思うが、神妙な顔をしたセロイスにそんな言葉を投げかけるのはやめにした。


「なんだ、改まって」

「ベッドが一つしかない……」

「そんなことか。それなら問題ない。一緒に寝ればいいだけの話だ」


 どうにもならない問題を聞かされると聞かされると身構えていたカメリアは肩の力を抜いた。幸いベッドは広く、カメリアとセロイスのふたりが寝転がってもまだ余裕がある。


「……それはさすがにどうかと思うが」

「どうしてだ?」

「いや……」


 なぜか言葉に詰まっているセロイスをよそに、カメリアは上着を脱いで、シャツとズボンだけになると着々と就寝の準備を整えていく。

 訓練と割り切ってしまえば、どうってことはない。

 むしろなぜ早くその方法を思いつかなかったのか。

 自分のことながら、ひどく不思議だった。


「何をしているんだ? とっとと寝るぞ」

 セロイスはため息をつくと、上着を脱いで手近にあった椅子にかけるとシャツのボタンを外した。


「お前は着替えなくていいのか?」

「今日は色々あったからな……とにかく今日は寝て、明日に備えたい」


 疲れたを隠さずつぶやき、ベッドに横になるセロイスに続いて、隣にカメリアが横になった。

 大きなベッドはふたりが横になっても充分な余裕があり、疲れたカメリアの身体をやわらかく包み込んでくれる。隣を気にすることなくゆっくり眠れそうだ。

 

「明日からもしばらく世話になるが、よろしく頼む。おやすみ」

「……そうだな、しばらくこれが続くんだったな」


 目を閉じたカメリアに聞こえてきたセロイスの返事は、ひどく疲れ切ったものだった。

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