第二章 そして王子は逃亡する8

 そうして互いに無言のまま、ようやく目的の場所にたどり着いた。


 普段と同じ道のりのはずだが、ここに来るまでがひどく長く感じたのは朝からの騒動のせい以外の何物でもない。


 廊下の奥にある部屋が騎士であるカメリアとセロイスが仕えているロベルトの執務室である。


 目の前にある装飾の施された扉をセロイスがノックするが、いくら待っても部屋の中から返事はない。


「……王子?」

 再びセロイスが扉を叩いてみるも、やはり返事はない。

 それどころか物音ひとつ聞こえてこない。


「どうなっているんだ? ロベルト様の身になにかあったのでは」

「いや、少し待て」


(まさかとは思うが……)


 カメリアはセロイスの前に出ると勢いよく扉を叩き出した。


「ロベルト様! いるのでしょう!? 中にいるのならば返事をしてください! ロベルト様!」


 カメリアの必死の呼びかけにも関わらず、何も返ってくることはなかった。


「……駄目だ。またやられた」

 なにがあったのかを把握したカメリアは扉の前で思わず頭を抱えた。


「やられた? まさか侵入者にロベルト様が」

「その殺られたじゃない……お前は知らないのか。ロベルト様の困った趣味を」

「趣味?」

(この様子だと知らないか……)


 ロベルトに仕えることが決まった際に、周囲からロベルトのことは聞いていた。


 ――ロベルト・バレーノ。

 バレーノ王国の次期王である若き王子で十八という若さながらも、既に王としての片鱗を感じさせ、周囲の者達の期待を集めており、さらに言うならば、その整った容姿から女性達の視線をも集めている。


 ――初代王を彷彿とさせる、王となるにふさわしい器を持った人物。

 それがロベルトに対する最初の印象であった。


 実際のロベルトは少しばかり印象と違ってはいたものの、噂に違うことのない、ルベールが昔読んでくれた本に出てきたような素晴らしい王子だとカメリアは思っていた。


 しかし、それもロベルトに仕え始めて三日目までの話だ。


「やはり私だけをからかっていたのか、あの馬鹿王子!!」

「馬鹿王子というのは、まさかロベルト様か?」

「まさかもなにもそのロベルト様のこと以外にない!」

「お前、なにを言っているかわかっているのか。あんなにも素晴らしい方のことを馬鹿呼ばわりなど不敬にも程がある」

「じゃあ、これを見てもお前は噂どおりの方だと言えるのか!?」


 騎士としての主に対する態度もなにもかも忘れたかのようにカメリアは叫ぶと、目の前にある扉を勢いよく開いてみせた。


扉の先に広がる部屋の中のどこにもロベルトの姿はなかった。


「……どういうことだ。この時間、ロベルト様はここで執務にあたっているはずではないのか?」

「私達が聞いている予定では、たしかにそうなっている」


 カメリアはため息をつくと部屋に入っていく。そんなカメリアに続いてセロイスも部屋に入ると、ロベルトが使っている机の上に一枚の手紙が置かれてあることに気付いた。


「これは手紙か?」


 手紙の宛先はセロイスとカメリアになっており、ひとまずふたりは手紙に目を通すことにした。

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