第二章 そして王子は逃亡する9

 セロイス・カメリアへ


 共に過ごす夜はどうだったかな?

 突然のことに驚くセロイスと怒るカメリアが浮かんでくるよ。

 

 本当ならば色々と聞きたいところだけど、楽しみは後にとって……いや、野暮なことをするのはやめておこう。

 これでも品行方正な王子と言われているんだ。その夢をわざわざ壊すことはない。


 この一週間はきっと夢のような日々なのだからな。その日々を楽しむといい。


 今日くらいはふたりでゆっくり過ごさせてやる。俺に感謝してもいいぞ?


 追伸 

 俺のことならば心配はいらない。詳しいことはカメリアに聞け。

 カメリアのことだ。

 今頃「あの馬鹿王子!」と叫んでいることだろう。

 まぁ、そこがひどく面白いところで俺も気に入っている。不敬だなんだとは言ってくれるな。


「どういうことだ?」

「どうもこうも手紙にあったとおりだ」

「俺が聞きたいのはそんなことではない」

「お前が困惑するのは理解できるが、これを見ればわかるだろう」


 カメリアは机の後ろにある窓に目を向けた。大きく開かれた窓からは何枚かのカーテンを結んで繋ぎ合わせて作った一本の縄が垂らされ、その端がまるでこちらに向かって手を振るかのように下でひらひらと揺れている。


「……何だ、これは」

「見ての通り脱走だ」

「そんなものは見ればわかる。俺が言いたいのは、どうして王子であるロベルト様がこんなことをする必要があるのかということだ」

「ロベルト様の趣味だ」

「趣味だと?」

「皆の目をあざむいて、こっそりと城を抜け出して街へ行くことがロベルト様は好きなんだ」


(ここ最近おとなしかったせいで、すっかり油断していた)


 窓に残って揺れるカーテンはカメリアを挑発するかのよう見えた。


「カーテンをすべて外しておくよう、あとでメイドに頼んでおくか」

「慣れているな」

「こういったことが何度もあれば嫌でも慣れる」


 カメリアはため息をついた。


「なにせ私の騎士としての初めての仕事は脱走したロベルト様を探し出し、城へ連れ帰ることだったからな」


 今思い出してみても、あの時は本当に大変だった。


 ロベルトの部屋を訪れたカメリアが見たものは慌てふためくメイド達の姿と、椅子に置かれた「俺を捕まえてみろ」というカメリアへの挑戦状ともとれるようなメッセージカードが付いたロベルトそっくりに作られた等身大人形だった。


 なにが起きているのだと、ありえない光景に呆然としたカメリアだったがとりあえずメイド達を落ち着かせ、脱走したロベルトを探すために部屋を飛び出したのだ。


 まさか騎士である自分が人探し、―れも自分が仕える人物を探すことになるとは思ってもみなかったカメリアだが、どうにか街をぶらついていたロベルトを見つけ出して城へと連れ帰ることができた。


 メイド達から感謝されるまではよかったのだが、これをきっかけにロベルトは度々脱走をするようになったのだ。脱走を重ねるたびに手が込んでいき、そんなロベルトを毎回探し回るはめになっているカメリアは知らない間にロベルトを捕まえることが仕事になっていた。


今となっては、ロベルトがいなくなっていることに気付いたメイド達がカメリアに泣きついてくるほどだ。


(私の仕事は本来はこうしたことではないんだけどな……)


「とにかく、いつまでもここにいても仕方がない。ロベルト探しにいく」

「探しに行くと言っても、どこに行くつもりだ?」

「大体の目星はついている」


 部屋を後にしようとしたカメリアだったが、その隣にセロイスが並んだ。


「おい、どういうつもりだ」

「俺も行く」

「お前は兵達の指導があるだろう」

「問題ない。俺が一日指導しないくらいで腕が鈍る者はあそこにはいないはずだ」

「それはそうだが……」

「ロベルト様に仕える騎士として、俺も一緒にロベルト様を探しに行くべきだろう。それに」

「それに?」

「俺はお前の婚約者だからな。婚約者が困っているなら助けるのは当然のけとだ」


さも当然という顔をしているセロイスにカメリアはひどく戸惑ってしまった。


「それはあくまで形だけの話だろう!? 今まで私ひとりでやっていたんだ。私ひとりで探しに行ける!」

「いいのか。俺との婚約について、街であれこれ質問責めにされても」


 その一言にカメリアは足を止めた。

 どこまでカメリアとセロイスの話が伝わっているかはわからないが、仮にその話が広がっていたとすれば質問攻めになることは間違いない。


「俺と一緒なら、お前ひとりが質問責めにされることは避けられるだろうが、どうする?」


 質問責めにされるのは正直避けたいところだ。なにせカメリアとセロイスの婚約は形だけのものであり、婚約を解消するために色々と考えているところなのだ。


 そんな婚約について、あれやこれやと聞かれても答えようがなければ、どう答えていいのかもわからない。


(まぁ、人避けくらいにはなるか?)


「……勝手にすればいい」

「あぁ、そうさせてもらう」


 こうしてカメリアはセロイスとともにロベルトを探すために街に向かうことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る