誕生日
四月十八日は
四月二十日はおれの誕生日。
二人の誕生日は二日違い。そして同じ病院で生まれた。おれたちはずっとそこから一緒にいた——。
「ただいま」
——帰ってきた!
今日は雪の誕生日だ。外勤からのそのままの直帰。新年度が始まって忙しい雪の帰宅が遅いことはわかっていた。
彼が帰ってくるまでの間、どうしたものかと室内をうろうろとしていたのに、その声にはったとして、緊張が走った。
いつもそう誕生日など重要視はしていない。なにせずっと一緒にいるのだ。誕生日は特別のものでもないと思っていたのだが……。誕生日というものを祝いあっている他人を見ていると、やはり羨望の思いがわく。
今年の誕生日は一味違うぜ、雪。なんてったって、おれが——。
「……」
リビングの扉を開いた雪は無表情のまま固まっていた。
——そうか。あまりにも嬉しさで言葉も出ないということだな。これはもしかして? だ、い、せ、い、こ、う!
「雪、誕生日おめでとう!」
「……」
「お、おい。やだな。そんなに感激した? 言葉にもできないくらいの感無量って感じか?」
「……
彼は無表情のままおれの目の前に立つと、おれの頭にまかれたリボンを指さした。
「縦結び」
「え? え?」
慌てて廊下に飛び出してから玄関先に据えられている姿見を見る。その中に映るおれの姿はかわいらしいものだ。頭にはピンクのリボンをしているのだ。
どうだ。驚いたか。今年の雪へのプレゼントはおれ自身なのだから——!
しかし彼の指摘通り。確かに頭上に結ばれている大きなリボンは縦結びだ。
「ちょ、ちょっと待てよ。今直すから」
——くそ。何度やっても縦結びだろうが!
わたわたと修正を試みていると、雪がやってくる。それから、そっとその細い指でリボンを結びなおしてくれた。じっとしている間、目の前に見える彼の顔に心臓が高鳴った。
「できた。——本当に不器用なんだから」
ふふと口元を緩めて彼は微笑を浮かべると、そのまま部屋に戻っていく。
「お、おいおい。ちょ、ちょっと。それだけ?」
「リボン結んで欲しいんでしょう。できたよ」
「ち、違くて。そういうんじゃなくて——」
ソファに座った雪は怪訝そうに目を細めた。
「え? なに。なんか文句あるの」
「い、いえ。ありません、けど……。あのね。誕生日でさ。おれがこうリボンをつけていたら理由は一つしかないだろう? お前、わからない訳?」
「仮装……パーティ?」
「——ぶはっ」
「あ、そっか。おれもなにかしないと……」
雪はぶつぶつと言いながら廊下に出て行ったがすぐに戻ってきた。彼はなんと。今日していたネクタイを頭にまいて、戻ってきたのだ。鉢巻のようにまき、左側に余ったネクタイを垂らしていた。そして、赤いマジックで頬をくるくると赤く染めていた。
「どう?」
「ど、どう、どう、どうって……もしかして、酔っ払いですか? ねえ。酔っ払いのサラリーマンですか?」
「そう」
——どこで覚えてきたんだっ!
「この前、水野谷さんに誘われて
「いやいや。あのさ。アイデアとかじゃないって」
「おしぼりで顔を拭くんだって。気持ちいいって言っていた。氏家さんっていう方は日本語じゃないみたいな日本語を話す。『課長はかっちょええ』とか、『飲酒していいんしゅか』とか……興味深い」
——雪。それを世間は『親父ギャグ』って言うんだぞ……。
ネクタイを巻いたまま、彼は「ふふ」と笑い出す。呆れていたはずなのに、彼の笑顔を見ていると自分も釣られて笑ってしまった。
——おれは雪が好き。
「リボンとネクタイ。お揃い」
そう笑っている雪の細い首に手を添えてから引き寄せる。
結局は、おれたちにとったら誕生日もなにもあったものではないけれど。こうしてまた一年。一緒にいられるのであれば幸せだということなのだろう。
冷たい唇を味わいながら二人でいられる幸せを感じ入る。
生まれたときから一緒。そしてこれからもずっと。命尽きるまでおれは雪と一緒にいたい——。
「雪、誕生日おめでとう」
「実篤もね」
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