最凶2
彼女は緑色の術衣に白衣という出で立ち。肩下までの髪は栗色で艶やか。白い肌と目鼻立ちの整った顔立ちは、大理石の彫刻みたいで冷たい印象を与えた。雪の顔の造りは彼女そっくりだった。
「おばさん」
「
彼女はハキハキとしたよく通る声で話す。昔からそうだ。眼科医として、梅沢総合病院の副院長として、最前線で活動している雪の母親は、物事を白黒はっきりつける、あっさりとしたタイプの女性だった。
雪の母親は、我が息子のところに立つと低い声で言い放つ。
「何度やらかせば気が済むんだ。このバカ息子めが。——また栄養不足だと? 冗談じゃないぞ。私に恥をかかせる気か? 菓子ばっかり食べていないで食事をしろ、食事を」
「食事は摂っている」
「嘘おっしゃい。血液データ見れば明らかなんだよ。このバカが。親の目をごまかそうとしてもそうはいかないぞ」
「——申し訳ありませんでした」
雪は素直に謝罪の言葉を口にした。そうすることが最良だと判断したからだろう。
「おばさん、あの」
「ただの栄養不足よ。雪は料理なんか一つもできないでしょう? もう。今回ばかりは堪忍袋の緒が切れましたよ。料理教室に通わせます」
「いや。あの——すみません」
「あらあ!
食事担当は自分だ。不器用で大したものも作れない上に、ここ数日は家にも帰っていない。もちろん雪の母親がその理由を知る由もないが、おれは謝らずにはいられなかった。
しかし横になったままの雪は平然と言い放つ。
「食事は実篤が担当。おれの栄養状態が悪いのは実篤のせいでしょう?」
「あらそうなの? 人のせいってわけね? じゃあ、
彼女は満面の笑みを見せると、雪の点滴の刺さっている腕を、サンダルを脱いだ足で踏みつけた。
「痛い。母さん。医者のすることとは思えない」
「本当に。このバカ息子め。あのねえ。いくつになっていると思っているのだ? ガキじゃあるまいし。自分の栄養管理くらい自分でしろよ。
「眼科医のくせに点滴なんて刺せるの」
「眼科医バカにするなよ! 硝子体への注射は得意ですよ。ああ、そうか。雪はそちらの方がお好みねぇ」
「必要性のない者への治療は不適切。不正請求として保健所に通報する」
「あら、そんなものはなんとでもなるのよ。私がちゃーんと病名をつけてあげますから。ご安心なさい。なんなら、今すぐにあなたの目を潰して差しあげましょうか?」
野原親子の攻防は恐ろしくて仕方がない。ただ茫然と見ているしかないのだ。昔からそう。
雪は雪でかなり常軌を逸している男だが、彼の母親はさらに
「ともかく!
彼女は捨て台詞のようにそう言い放つと、もう一度、雪の腕を踏みつけた。雪が悲鳴を上げる。おれは慌てて駆け寄ろうとするが、病室を出て行こうとしていた母親に胸ぐらを掴まれた。
「
雪は左腕を押さえて
「——ああ、それと。お料理教室ね。一緒に申し込んであげますから。後程、詳しいことはメールします。以上。さあ、あなたはお帰りなさい」
復活する兆しのない雪を横目におれは、強引に促されて病室から締め出された。
「料理教室には通えませんでした」なんて理由は彼女にはまかり通らないだろう。料理教室の日程が届いたら、全予定をキャンセルし、それを最優先するしかない。
女性陣に囲まれてエプロン姿で料理を習う自分と雪の姿を想像しただけで食欲は失せた。
「うう。おれが栄養不足になりそうだよぉ……」
胃が悲鳴を上げる様を自覚し、なんだか悲しくなってきた。おれは逃げるように病院を後にした。
***
今回のお題は「逃げる」「駅のホーム」「予定」「点滴」「狼狽」。もうね。薄紫なんて度外視ね。一瞬、いい感じになったんですけどね。そううまくいかないのがカクヨム版なんですよね~。ポリ版だったら薄紫どころか、最後までやってますね。で、お母さんに見つかるの笑 どっちにしても実篤は可哀想な結果ですね。すみません。は薄紫どころかバイオレンス! 最終回なのにどうもすみませんでした。
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