最終章

『宮本真浩君へ 




お久しぶりです、佐々木梨花です。


あなたにお手紙を書くのは約1年ぶりですね。お元気にしていましたか?


と、つまらない挨拶はここまでにして、早速本題に移りますね。あなたには伝えなければならないことがたくさんあります。順を追ってお話ししますね。




まずは、宮川武政君についてです。


もうお察しかもしれませんが、彼はもうこの世にいません。私が殺しました。


ただし勘違いしないでほしいのですが、私は誰でもいいから人を殺したかったつまらない殺人鬼ではありません。私にとっての殺人は、芸術を完成させるための一要素であり、私と武政君が愛を伝えあうための手段なのです。あなたには過去にお話ししたと思いますが、私はもう一度芸術の道に進むことを決意しました。絵を描くことを辞めた私が再びその道に進んだのは、あなたが私の絵に感動してくれたことが大きな要因です。あなたは私の絵を芸術として認めてくれて、私が素晴らしい芸術家になれると励ましてくれました。その節は本当に感謝しています。改めてありがとう。


あなたの後押しがあったからこそ、私は自身の芸術を完成させることができました。私にとっての芸術は、“死”と“愛”をもって完成するのです。




まず“死”とは生き物の終わり。要するにを意味します。そしてどんなに強いものであろうと、生き物は弱くなった瞬間、目の前のものに助けを求めるのです。武政君も私に向かって必死に手を伸ばしていました。何とか生き延びようと、私のことだけを見て、私だけをつかみ取ろうと全身を動かしていました。そこには間違いなく本当の“愛”がありました。彼はあの瞬間、間違いなく私だけを見ていて、私だけを強く求めていました。その瞬間は本当に美しくて、と呼ぶにふさわしい一瞬でした。

私はそんな素晴らしい瞬間を、自らの手で作り上げたのです。彼を初めて見た時から脳内で描き続けていた芸術を、そして愛を、彼を殺すことで作り上げたのです。


これで私は晴れてとなったのです。あなたが辿り着けなかった領域に、私は到達したのです。




次に私と武政君に関係についてです。


実は私と彼は、大学で会うずっと前に出会っているのです。あれは私が小学6年生の頃で、卒業式を目前に控えた3月のことでした。私はずっと前から彼のことを知っていました。2歳年下の彼は当時からすごくかっこよくて、私はひそかに憧れていたのです。所謂片思いというやつですね。でも彼は私のことを知りませんでしたし、私が一方的に彼を見つめることしかできませんでした。私は小学校を卒業するまでに、どうしても彼を振り向かせたかった。だから卒業直前に、彼に私だけを見てもらうための計画を練って実行したのです。それは3月の頭ごろのことだったでしょうか。私は正門から出てきた彼に、似顔絵を描かせてほしいと声を掛けました。君の顔かっこいいねって勇気を出して伝えて。彼は恥ずかしそうに顔を赤らめていたわ。だから私は、じゃあ頭の中で描くからしばらくお顔を見せてって言いました。それでも彼は恥ずかしそうに顔を背けたわ。そんな彼を見た時、絶対の彼が私だけを見てくれる方法を思いついたのです。それがさっきも説明した殺人。彼をいきなり突飛ばせば、彼は私だけを見てくれるし、死を目の前にすれば私に縋り付いてくれる。そう思ったのです。結果はどうなったかって?まあ大学生として彼が生きていたのを見たから分かると思いますが、彼は死ななかった。でも、頭を強く打ってしばらく寝たきりになってしまったみたいですね。




結局私は保護観察処分となって少年院に行くようなことにもならないまま小学校を卒業し、中学、高校と順調に進んでいきました。その間もずっと彼と会うことはなかった。まあ彼も私のことは覚えていなかったでしょうし、なんせ会ったのはあの日の1回きりだしね。でも私はずっと彼への気持ちが抑えられなくて、美術部に入った後に武政君との唯一の思い出を絵に残して、それに『愛』と名付けました。あの絵に描かれていた男女は私と武政君。彼を突き飛ばした私と、倒れまいと私に手を伸ばしている武政君よ。彼への想いを形に残したことで私の気持ちは少しずつ落ち着いて行きました。絵を描くことで落ち着きを得られた私は、美術部での活動に没頭したのです。




そんな私に変化が起こったのは、あなたが私に想いを伝えてきたあの日からでした。私はあの日、初めて他人から愛情を向けられたのです。これまで追うことしかできなかった私に、初めて愛を向けてきたのがあなたなのよ。でも、私はあなたのことを知らなかったし、言っていることもよく分からなかったから思わず逃げてしまったのです。

しかしあの日初めて愛を受けたことは私にとっては衝撃的な出来事で、その日の夢にその光景が出てきました。こんなこともあるんだなあって夢の中でぼんやりと思っていたわ。でも、その時あることに気が付いて驚きました。前にあなたにも話したことだけれど、なんとその夢には武政君が出てきていたのです。これは私の考察なのですが、夢のあの光景と武政君に共通していることは、“愛”だと思うのです。あなたは私に愛を伝えてきた。それで私の中の“愛の感情”が刺激されて、夢の中に愛する人である武政君が出てきてしまったのだと思います。でも、私は嬉しかったわ。やっぱり私と武政君は運命的な何かで繋がっているに違いないと思いました。




そして再びチャンスが訪れたのは、あなたが私に手紙を送ってきたことです。まあここからは説明せずともなんとなく分かるわよね。だってあなたは私が武政君と美由紀の3人で食事をしているときの話を聞いていたんですものね。何で知っているかって?あなたが大学で武政君に協力を依頼していたあの日、私も大学に行ってあなたたちの様子を見ていたからよ。あなたにはともかく、武政君にバレないようにするのが大変だったわ。だって、その日武政君と二人で会う約束をしていたんですもの。だから私は武政君よりも早めにそこを離れて、武政君の部屋の横に住んでいる友達の美由紀の部屋に身を隠したの。そして、武政君が出発したタイミングを見計らって、それと少しずらして部屋を出発したのです。おかげで集合時間より少し遅れてしまったから、それは申し訳なかったけどね。まあそんなことはいいとして、あなたにも想像できているだろうけど、私は武政君に会うためにあなたを利用しました。まあ今思えば無茶な話だけど、あの時頼れるのがあなたしかいなかったのよ。でもあなたは彼の手がかりを何も持っていなかった。それどころか、あなたは私の絵を見て勝手に絵の解釈を作り上げて、それに私を勝手に巻き込んで芸術家になろうとした。だから私はあなたから逃げるために、あなたをストーカーだということにして友人に助けを求めて、その後実家に戻ったのです。あなたが余計なことをしようとしなければ一緒に彼を探そうと思っていたのだけど、まあ気を悪くしないでね。あなたが悪いのよ。




次にチャンスが訪れたのは、言うまでもなく武政君が私と同じ大学に入学してきたことでした。初めて彼と目があった時、察したわ。彼は私を覚えていない。なら、まだチャンスはある。もう一度あの日の芸術を、あの日と同じ場所で再現しよう。そう誓ったのよ。




それにしても、私は本当に運が良かったと思います。だって彼が私が以前住んでいた部屋に住んでいて、しかもなぜか私と同じ夢を見ているんですもの。これの理由については完全にただの推測ですけれど、アパートのあの部屋に何となく私の匂いとか雰囲気が残っていて、それで私の夢を見るようになったんじゃないかしら?まあ、こんなものは適当な推理に過ぎないんですけどね。結局はただのよ。人生なんてそんなもんじゃない?私は偶然運が良かった。あなたは偶然運が悪かった。それだけの話よ。偶然に偶然が重なって、私は真の芸術家になれた。もう人生に悔いはないわ。私はおそらく人生の中で見られる一番素晴らしい瞬間を見たんですから。




さて、私がこれからどうなるかだけれど、まあ言うまでもなく警察に捕まると思います。もう21歳だから少年法は適用されないですし。21歳女子大生、交通事故を装い19歳男子大学生を殺害。ニュースではこんな感じで取り上げられるのかしら。正直、つまらないですね。どうせ捕まって罪を償うふりをし続けるなら、今のうちにこの世から美しくいなくなってしまいたいものです。




そこであなたにお願いがあります。


あなたがかつて言っていた方法で、私と一緒に真の芸術家になりましょう。


あなたが私に言ってきた『愛』の解釈は、私があの絵にかけていた想いとはかけ離れていたけど、内容自体は悪くなかったわ。それに、あなたには悪いことをしたとは思っているし、その償いとして私の心臓を見せてあげましょう。


もし了承してくれるのなら、私に電話をかけてきてください。そうしたら、あなたの家に行くわ。もういつ捕まってもおかしくない状況だから、判断はできるだけ早めにお願いしますね。


思ったよりも長くなってしまいましたね。


以上で私の伝えたいことはお終いです。


あなたから連絡が来ることを、心から願っています。では、さようなら。




佐々木梨花




p.s. もし可能なら、友人の美由紀にもこの手紙を見せてやってください。あなたのバイト先で食事をしていた日にいたあの子です。あの子は本当に素敵な子なので、今の私に会う資格はありません。でも、真実は伝えてやりたいのです。あなたが信じた親友は、最高の芸術家ですよってね。』






一通り手紙を読み終えると、僕は無言で上着を羽織り、家を出た。


ふらふらと歩きながら、ほぼ無意識のうちにある建物に辿り着いた。


そこはかつて佐々木梨花が住んでいた、そして宮川武政が住んでいたあのアパートだった。


ふと前を見ると、見覚えのある女性がエントランスに入っていくのが見えた。


よく見ると、それは前に僕のバイト先にも来ていて、僕と佐々木さんの最後の思い出の日に突然入ってきた、あの女だった。


僕もそっとエントランスに近づき、バレないように中を覗いた。


彼女はポストの中をチェックして数枚のチラシと封筒を手に取ると、オートロックを解除し中に入ってしまった。


僕は彼女が美由紀なんだろうとすぐに分かった。


僕はそっと彼女の部屋のポストに近づくと、彼女からの手紙を静かに入れた。


そしてアパートを出た後、スマホを取り出して電話を掛けた。



「もしもし、佐々木さん?」

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少年 樋口偽善 @Higuchi_GZN

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