第20話 イベントデート後編:僕達は気まずくなってしまう

 曲がり角を一つ曲がった所で僕達は足を止めて息を整える。


「ううっ、怖かった。なんなの、あのモクゾー」


「なんなんだろうね。マジで……。やたらと近寄ってくるし、アリサの知り合いじゃないの?」


「知らない……」


「そうだよね。ギリースーツを着るような知り合いなんて、普通、居ないよね……」


「ねえ、これ、やろうよ。なんて書いてあるの?」


「うん?」


 逃亡先はアトラクションの並ぶ一画だった。

 アリサが誘ってきたのは、50メートルくらいのロープが張ってあって、つり下げてあるサンドバックみたいなのに捕まって反対側に滑る遊具のようだ。


「えっと……。君は爆発するビルの屋上から脱出できるか。VRゴーグルを装着して映画のような迫力を楽しめます……だってさ」


「楽しそう! やりたい!」


「ゲームメーカーの展示で、ジャンルはスニークミッション。僕達は傭兵になりきって潜入先の高層ビルから脱出するらしい。遠くまで行けるほど得点が高いんだってさ。向こうまで渡りきったら、景品のお菓子」


「やる!」


 順番待ちの行列は5人くらいだし、特に断る理由もないので列に並んだ。


「どっちが遠くに行けるか勝負ね!」


「あ、うん」


 まあ、普通に腕力も体力も僕の方が強いんだから、勝負には勝つだろう。

 向こうまで渡りきって景品のお菓子を貰ったら、アリサにプレゼントしよう。


 他の人が先に滑っていく様子を見ながら待つこと数分、アリサの順番になった。


 スタッフの大柄なお兄さんがやってくる。


「はい。VRゴーグル着けてくださいね。ふたりで遊びに来たの?」


 アリサは大柄な男性を怖がったのか、僕の後ろに隠れてしまう。


「よし、じゃあ、ふたりで一緒に捕まって」


 なんて言うから、僕とアリサはふたりでサンドバックを挟んで抱き合うことになった。


「ほらほら、君、彼女の背中に手を回して。強く抱き寄せて」


 ええっ。か、彼女。

 ただ単に代名詞として「この女の子」という意味で言ったんだろうけど、僕は別の意味を想像してしまった。


 まさか、お兄さんには、僕たちがカップルのように見えたのだろうか。


 ああっ。意識しちゃったから、顔が熱い。きっと赤くなってる。

 僕からは見えないけど、アリサはいったい、どんな反応をしているんだろう。


 お兄さんが僕やアリサの腕や足の位置を微調整し「うん」と頷いた。


 そして急に、お兄さんのスイッチが入る。

 お兄さんは眉を顰め、うつむいて息を荒くする。


「くっ……。ビルの爆破まで残り10秒……。オレを置いて先に行け……。後は、任せたぞ!」


「え、あ、はいっ」


「OK!」


「絶対に生き延びてくれ……! カウントダウン開始……。じゅうびょおおおっ!」


 お兄さんはドンッと僕の背中を押した。


「ええっ?!」


 カウントダウンは何処へ消えたッ!


 滑りだすサンドバッグ。


 足が宙に浮き、反射的に太ももに力が入る。

 思っていたよりもかなり速い。

 というか、怖い!


 超高層ビルのグラフィックがめちゃくちゃリアル。

 映像だけでなく、振動や風も感じるから、本当に夜の街を飛んでいるかのようだ。


「や、やばい」


 掴まっているだけだから楽勝だと思っていたのに、自分の体重をやけに重く感じる。


 僕の手はアリサの背中に回してあるからあまり力を入れるわけにもいかないし、身体がずり下がっていく。


 重力にあらがえず、僕の身体はずるずると落ちていき、なんとか踏ん張ろうと、腕の位置を変えて掴まり直す。


「きゃっ。カズ! お尻!」


「えっ?」


 さわり覚えのある、凄く柔らかいものを両側からガッシリと掴んでいた。


「ご、ごめっ。わああっ!」


 謝りながら手を離してしまい、僕は落ちてしまった。


 死ぬ!

 こんな高さか落ちたら絶対、死ぬ!


 景色が一瞬で上方へ流れていき、ボフンッと背中に柔らかい感触。


「ああああっ! あ……」


 目の前に『脱出失敗』という巨大な文字が現われて、ようやくVRの体験ゲームだったことを思いだす。


 当たり前だけど高層ビルから地面まで落下したわけではなく、網の上に落ちただけだ。


 いや、凄いよ、これ、本当に死ぬかと思った。


 叫んじゃって恥ずかしいし、途中での脱落が悔しい。


 気恥ずかしさを覚えつつ、ゴール地点まで行ってアリサと合流。


「カズのエッチ、馬鹿、変態。お尻触った!」


 散々罵倒された。

 アリサはゴールまで行ったから、スナック菓子を貰っていた。


「ごめん」


「ふん」


 アリサは顔を真っ赤にしてそっぽを向き、取り合ってくれない。

 ご機嫌取りのために次の遊具を探していたら、スマートフォンのアラームが鳴った。


「あ、一時二十分。プロチームと米軍の試合が始まるから見に行きたいんだけど……」


 やや沈黙が続いてから「……行く」と承諾をもらえたので、会場に向かう。


 午前中に試合をした部屋の隣が関係者用の観戦部屋だった。


 最初は別の部屋に向かう行列に並んでいたんだけど、たまたま通りかかったスタッフの人がアリサに気づいて案内してくれた。

 アリサは目立つからな。覚えていてくれたようだ。


 座席は二十くらい有り、先客は三名だけだった。


 部屋の前方には60インチくらいの大きいテレビが置いてある。

 画面内では、ゲーマーとして有名な芸人が試合の見所を説明している。


 部屋の入り口にあったパンフレットを見てみると、さっき僕たちが並んでいたホールで声優のミニライブや芸人のトークショーがあるみたいだ。

 納得。だから、あんなに人がいっぱい居たのか。

 いくらなんでもFPSの動画配信イベントで数百人も行列を作るはずがない。


「日本国内でもけっこうFPSが売れてきているし、もっと人気が出るといいよね」


「芋砂やキャンパーが増えるから、やだ」


 身も蓋もない返事だった。


 確かに、eスポーツが普及したおかげでカジュアル層も増えた。

 明らかにルールやセオリーを無視する初心者は、中級者以降のゲーム部屋からは隔離した方がいいと思うんだけどなあ。


 敵拠点を攻めなかったり、味方拠点を護らなかったり、根本的にゲームルールを理解できていないプレイヤーは多い。


 どんなゲームもオンラインで対人プレイをするには、最低限理解しておくべきルールがあるんだから、それを護れない人は隔離されるべき。


 お。余計なことを考えるのはここまでだ。

 そろそろ試合が始まる。

 明日のために少しでも手の内を見ておかないと。

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