第19話 イベントデート前編:間接キスや間接パイタッチ?!

 朝は快晴だったが、昼になると少し雲が出てきたようだ。

 ジェシカさんは引っ越しの手続きがあるらしく、イベント会場を後にした。


 僕は電車賃で1000円も払って来たのだから、色々と見て回りたいし、イベント会場に残った。

 後で合流するために、ジェシカさんと電話番号を交換した。

 初めてアドレス帳に母さん以外の異性を登録してしまい、一つ大人への階段を上った気がする……。


 さて、どうしようかな。


「わ、わたしとも、交換する?」


「うわっ」


 何を言ったのか分からなかったけど、モジャモジャが手を出してきた。


 何か持っているみたいだけど、よく見えない。

 居ることは分かっていても、いざ話しかけられるとビビる。


 怖い。

 何がしたいんだ、この人。

 引き気味の僕の背中を、背後からクイックイッと引っ張ってくる者が居る。


「カズ、おなか、空いた!」


 アリサはジェシカさんが戻るまで僕と屋台を回ることになっている。

 多分、僕は一時間くらいアリサとふたりきりだ。

 女の子と一緒にイベントを回るなんて、緊張しまくりで不安一杯だけど……。


「綿飴! チョコバナナ!」


 アリサが花より団子なおかげで、何とかなるかも?


「じゃあ、行こうか……」


「うん!」


 アリサは僕の手首を掴むと、小柄な身体のどこから出ているのか分からない強い力で引っ張って、走りだした。


 僕は抵抗しきれないと判断して、一緒に走りだす。


「うわっ、速ッ」


「早く早く!」


「ちょっと、待って、和く――」


 途中までモジャモジャが追いかけてきたが、若いカップルに「写真良いですか」などと捕まってる。

 イベントのキャラクターか何かと勘違いされたのだろう。


 芸術センターの本館と別館の間が中庭になっていて、遊歩道の左右に屋台が並んでいる。


 さっそくお眼鏡にかなう物を発見したらしく、アリサビビビッと背筋を伸ばして前方を指さす。


「前方に目標の綿飴を発見! 購入支援を要請する!」


「了解。2000円までの購入支援が可能だ。目標をマークしてくれ」


 購入支援と航空支援の発音が近いからゲームの台詞をもじったんだろうなあ。

 振り返った目がキラキラしているんだもん。ノリに付き合うしかない。


 アリサは僕の背後に回りこむと全身で押してくる。

 僕はなすがまま綿飴の屋台に向かう。


「航空支援を1つください」


「はい。五百円ね」


 僕は綿飴を言い間違えたが、普通に対応してくれた。

 直前の会話を聞かれていたかもしれない……。

 恥ずかしい。


「はい。アリサ」


「Thank you」


 綿飴にかぶりつき、アリサはご満悦。


 食べながら屋台を見て回る。

 アクセサリーを売っている屋台は素通り。

 雑貨には興味ないようだ。


「……ねえ、リンゴ飴って何?」


 アリサは少し離れた位置の屋台に走りだした。

 とりあえず後ろを追いかける。

 楽しんでいるみたいだし、好きなようにさせるのが正解だろう。

 僕は年下の女の子どころか、友達とイベントに来たことすらないから、立ち回り方が分からない。


 リンゴ飴を購入し、またアリサの行きたいように任せる。

 僕にエスコートは無理だから、アリサの思うがままにさせておく。


 ただ、僕は甘いものより、イカ焼きとかたこ焼きとか昼食になるものが欲しいんだけど。

 さっき素通りしたたこ焼き屋に戻りたくなってきた。

 アリサの後頭部に視線で訴えると、アリサはまさか僕の視線に気付いたわけでもないだろうが、クルリと振り返る。


「あげる。カズも欲しいでしょ」


「あ、うん」


 あー。

 たこ焼き欲しいオーラが通じたわけじゃないのか。

 リンゴ飴かあ……。


 これ、僕のために分けてくれるわけじゃなくて、飽きただけでは。

 リンゴ飴って物珍しくて買っても、意外と大きいし、外側が甘い割に内側は酸っぱいし、最後まで食べきれないんだよね……。


 久しぶりに食べてみたけど意外と量があるし甘いな、って、関節キスじゃん!


 え、これ、食べちゃったよ。

 これ、アリサの唇が触れたんだよね。

 アリサは、こういうの、意識しないの?


 飴の着色料で唇をリンゴ色にしたアリサは、僕の様子を気にもせず、次の目標を探している。


 僕の顔はリンゴと同じくらい真っ赤になっている気がする。

 意識するな。意識するな。

 小さい子の残したお菓子を食べただけだ。


 こうして僕は終始アリサに主導権を握られ、ひたすら言いなりになってイベント会場を走り回ることとなった。


 そして、何件か屋台を威力偵察した後、心臓に悪い事件が起こる。


「Hey Man!」


「(BoDⅡの日本人兵のような変な発音で)あ、どうしたぁ?」


「I'm reloading. Cover me」


「(BoDⅡの日本人兵のような変な発音で)なんだってぇ?」


 アリサの平らな胸がツンと突きだされた。

 右手にジュース、左手にクレープで、両手が塞がっているから、服に付いてしまったクリームを自分では拭き取れないのだろう。


「あ……。ハンカチ持ってきてない……」


「アリサの使って」


 ファッキン、シット。

 ハンカチを取り出すためにはアリサのポケットをまさぐることになる。


 お尻か太ももか、どちらにせよ、アリサの身体を触ってしまう。


 というか、スカートってポケットが有るものなのか?

 女子の服って、何処にポケットが有るんだ?

 常識的に考えて、太ももの付け根か、お尻だよな……。


(意識するな。普通にハンカチを取り出すだけだから)


 悩んでいたらアリサが「んー」と腰をひねってポシェットをアピール。


「あ、あー。ポシェットにハンカチが入っているのか」


 よし。

 女の子の下半身は触らずに済んだぞ。


 でも、クリームを拭き取るためとはいえ、たとえ間接的にでも女の子の胸に触れるのは、大丈夫なのか。


 だが、早く拭き取らなければ、染みになるのも事実だ。

 赤と黒のチェック模様のおしゃれな服に染みを残してしまうのは忍びない。


「ハイヤー、ハイヤー!」


 アリサがアラビア語で急かしてくる。

 午前中はジェシカさんも同じこと言ってたぞ。

 見た目は似ていないんだけど、やっぱり、姉妹なんだなあ。


「オーケー、ドン、ムーヴ」


 僕は四つ折りにしてあったハンカチを、さらに縦に二回折りたたんで棒状にし、手がアリサの胸に触れないように、ハンカチの端でそっとクリームを拭き取り始める。


 アリサのちっちゃな全身がビクッと震える。


「んっ……」


 何、今の声!

 んっ……って何?!


 特に意味ないよね?

 単なる咳払いだよね?!


 僕はそっとハンカチを動かす。

 くっ……。まるで、爆弾を解体しているかのような緊張感だ。

 指先が僅かにでも震えて、変な所を刺激してしまったら危険な事態に陥る。


 周囲の視線が怖い。


 いや、こぼした食べ物を拭き取っているだけなんだ。

 何もやましくない。

 ほほえましい光景だ。


 指がプルプル震えてきたが、なんとかクリームを拭き取ることに成功した。


「Good job. Good job!」


 上機嫌のアリサはご褒美とばかりにクレープを突き出してくる。


「兵士よ、受けとれ!」


「あ、ありがとう……」


 一瞬、また間接キスかと思ってドキッとしたけど、包み紙の底に残った最後の皮だけを押しつけられたような気が……。


 どうせならクリームがある部分を食べたかった。


 しばらくして甘い食べ物の一画が終わり、イカ焼きや焼きそばなどの屋台が並びだす。

 香ばしい醤油やソースの香りが漂ってくると、僕のお腹が鳴ってしまった。


 音が聞こえたのか、先を行くアリサが振り返り、スカートをふわりと膨らませる。


「ねえ、カズ。焼きそば、好きなの?」


「うん」


「アリサね、お料理上手だよ。焼きそば作れるよ!」


「うん?」


 あれ、焼きそばを買って食べようという会話の流れじゃないの?


「アリサ、ラーメンも作れるよ。大きいのも小さいのも出来るよ」


 大きい? 小さい?


 ラーメンの大小って何だ?

 大盛り小盛り?


 まさか、カップ麺のこと?


「……もしかして、うどんや蕎麦も作れる?」


「うん! 作れるよ。こんどカズにも食べさせてあげる!」


 ごめん、アリサ、その料理、僕も得意だよ。

 張り合っても仕方ないけど、一応自己主張しておくか。


「僕はチャーハンやピザが作れるよ」


「えへへ。アリサも作れるよ! ナンとかホットドックも得意だよ!」


「カレーも得意でしょ?」


「うん! インド人シェフと同じ味を出せるよ!」


 笑顔がまぶしくて直視できない。

 どうするんですか、ジェシカさん。

 アリサがインスタント食品を温めたりお湯を入れたりするだけの行為を、料理だと思ってますよ。食事環境を改善すべきですよ。


 僕がうなだれそうになっていると、いきなり僕等の間を遮るようにして、ぬっとモジャモジャが現れた。


「私は!」


「ひっ」


 アリサがびくっとして子猫のように飛び退いた。

 モジャモジャはアリサの反応を気にもせず、僕に一歩迫って、顔面付近の枝葉をガサガサと不気味に揺らす。


「肉じゃが、きんぴらゴボウ、切り干し大根、黒豆の煮物、サトイモの煮っ転がし――」


 怖っ。モジャモジャが何故か料理名を挙げている。

 モジャっているせいで表情が分からないし、声がくぐもっているし、よけいに怖い。


 僕の好きな料理ばかりだけど、モジャモジャが挙げたのは、家庭的というか渋いレパートリーだな。

 若そうな声に聞こえるけど、中の人はもしかして、年上?


 アリサが腕を引っ張ってきた。


 青い瞳がプルプル震えている。

 僕達は目と目で意志が通じ合った!


 走って逃げるつもりらしい。

 その作戦、ノッた!


「和食は得意で――ま、待って。私も手料理、和く――」


「Let's go! Move! Move!」


 アリサが駆けだす。

 僕も着いていく。

 立ち止まったら撃ち殺される覚悟で進め!


 モジャモジャの気配がしばらく背後についてきた、途中で家族連れに捕まって写真を求められたようだ。

 やはりあの外見ではイベントのキャラクターだと思われるのだろう。


 脅威は去った。


 ううむ。謎だ。

 いったい何者なんだ……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る