第8話 どうやら僕はお兄ちゃんポジらしい

「あー。あそこのバス停に座る?」


 バス停には座席と屋根があり、人はいない。


「うん」


 アリサが座っていた大きなキャリーバッグは、バス停の隅に運んでおいた。


 僕は長椅子の右端に座り、左隣にコンビニ袋を置く。


 けど……アリサが袋をどかして僕の真横に座ってしまった。


 ……近い。


 椅子は余裕たっぷりあるんだから隙間くらいいくらでも作れるはずなのに、太股と腕が触れてしまってる。


「ねえ、カズ、BoDしよっ」


 うわっ、笑顔がめっちゃ眩しい。

 星やハートがキラキラと浮いているみたいだ。


 ジェシカさんが『五年後に自分に匹敵する美人になる』と太鼓判を押すのも納得だ。


 見とれていたらアリサが椅子の上を這うようにして、僕の膝の上に身を乗り出してきた。


 そのまま僕が右手に持っていた鞄からゲーム機を取りだすと電源を入れた。


 勝手に人の手荷物を漁るのはどうかと思ったが、僕は目の前にある小柄な胴体を意識してしまい、すっかり抗議するのを忘れてしまった。

 少しでも動いたらアリサの体に触れてしまいそうなので、僕はじっとするしかない。


 アリサは香水を付ける年齢だとも思えないんだけど、なんか甘くていい匂いがする。


「はい」


「あ、うん」


 アリサからゲーム機を受けとる。


「ねえ、負けたほうが、勝ったほうの言うことを聞くことにしようよ」


「あ、うん」


「約束したからね」


「えっ?」


 アリサは軽くお尻を上げると、僕の膝に座ってきた。


「さっきと同じステージでいいよね。一対一の屋内戦、兵科ランダムね」


 まさか、これは全国のひとりっ子男子あこがれの、妹が膝の上でゲームをするシチュエーション?!


 ジェシカさんとのボイスチャットを隣で聞いていたアリサにとって、僕は年上の素敵なお兄ちゃんだったのか!


 ゲーム機が音楽を鳴らし『同士よ遠慮するな。殺せ。動く者は全て敵だ』という音声が、ラウンド開始を告げてきた。


「あっ」


 僕は小さく前へならえをしたような姿勢なのでゲーム画面が見えない。

 ゲーム機は僕とアリサの間に挟まっている。


「ねえ、見えないから退いて」


「Yes! One kill」


「アリサちゃん、ね、退いて?」


「え、カズ、すっごく下手糞。棒立ちだった」


「画面が見えないって」


 なんとか僕とアリサの間からゲーム機を取りだし、身体を右に捻って構える。


「げ、片手持ちになる」


 膝上にアリサがいるから、僕の左手はゲーム機まで届かない。

 左腕でアリサの頭を押しのけるわけにもいかないし。


「はい、ツーキル。ザ~コ! 正面からナイフで切られるなんてっ、ぷっ、すんごい、間抜け。ねえ、ねえっ、くくっ、ちゃんとお目目、ついてんの? うっくっくっ」


「え、あの、アリサちゃん?」


「Oh! Yes! Yes! Yeees! 連続3キル。ぷっ、カズ下手くそすぎ」


「いや、ちょっと退いてよ、操作できないって」


 もしかしてこの状況、わざと?

 まさかとは思うけど、アリサは甘えたがりの妹キャラじゃなくて、小悪魔なの?


 僕は両手で万歳してゲーム機を掲げてみた。

 光の加減で液晶画面が見にくいが、辛うじて許容範囲だ。


 ちょっと、大人げないかもしれないけど、本気を出そう。


 僕の操る工兵が動き出したのを見たのだろう。「むっ」とアリサが小さく呻いた。


「えいっ」


「うわっ」


 アリサが振り返ったと思ったら、急に目の前が光った。


 カメラのフラッシュだ!

 アリサの最新型Virtual Studio Portable 2は僕の初期型と違って、カメラ機能を搭載している!


 目が、目がぁ~!


「んー。座りにくい椅子だね。アリサ、疲れちゃった」


「うわっ」


 アリサが背筋を伸ばして、後頭部を僕の顔に押し付けてきた。髪の毛でくすぐったいし、ゲーム画面が見えない。


 何処まで妨害すれば気が済むんだ!


「ひゃっほう。連続4キル。ねえねえ、カズ、凄い? ナイフで連続4キルしちゃった。相手が下手糞すぎるもん」


「へ、へえ……。凄いね」


「えっとね、相手のIDはケー、ユー、ゼット、ユーだから、クズって読むのかな?」


「うぐぬうっ」


「ねえ、クズってどういう意味? アリサ、日本語よく分かんなーいでーす」


「Kuじゃなくて、Kaね」


「あっ。本当だ。ごめんね、文字が小さくて間違えちゃった。Kaで、カだよね」


「うん」


「ねえ、カスってどういう意味?」


 今度はわざと、ZをSと間違えてきた!

 普通に会話が成立しているくせに、日本語が分からないって、舐めてんの。


 あ、やばいやばい、僕の兵士に敵兵士が近づいてくる。

 このままじゃまた殺される。


「きゃっほう! 5回連続で倒しちゃった! ナイフで連続5キルの勲章アンロックした! なんかすっごいいっぱい勲章とか武器とかアンロックした!」


「うぎぎっ。アリサちゃん、ゲーム、上手だね」


「うん! ありがとう! カズは下手だね」


 う、嘘だろ。

 今まで一緒に視線を潜り抜けてきた最高の相棒OgataSinが、こんなクソガキ?!


「そ、そろそろ、本気、出そうかな」


 僕は長椅子の背もたれ限界まで仰け反り、アリサの後頭部による妨害から逃れる。

 無理な姿勢だし、画面が見にくい。


「ボコる。絶対にボコる」


「何か疲れちゃった」


 アリサが僕の方に倒れて、全体重をかけてきた。

 何処まで鬼畜なんだ。


 だが、アリサの頭は僕の顎の下。

 もう妨害は不可能だ。


 僕の上で尺取り虫みたいにもぞもぞと動いて、上の方に移動しているようだが、もう遅い。


 徹底的にフルボッコして「ざまあ!」してやると意気ごんでみたものの、画面を見れば僕の兵士は部屋の隅に追いやられていた。


 さらに、周囲を対人地雷クレイモアが完全に包囲している。


 一歩でも動けば爆死は必至。


「ちょっ、マジで!」


 ドアの向こう、隣の部屋にあるテーブルの陰から、アリサが腕だけを出してハンドガンを撃ってきた。


 ビシッ!

 ダメージを喰らい、画面の隅が僅かに赤く染まる。


 反撃しようとして照準をアリサに向けたら、目の前でトラップワイヤーが光った。

 あと少しでも動けば、爆発する。


「そこまでするのかよ!」


 全力で叫んでしまった。

 多分、今日一番大きい声が出た。

 現実世界だけでなくゲーム内でも身動きが取れない。


 兵士の荒い息が収まり、画面の色が元に戻ると、再び、ビシッという乾いた音とともに、四隅が濁った赤色で染まった。


 アリサは僕が回復するのを見計らって、弱い銃で死なない程度の攻撃をしているのだ。

 多くのFPSは、撃たれてから暫くすれば体力は回復する。

 銃傷が回復するなんてリアリティが無いって批判するプレイヤーもいるけど、それはそれ、ゲームだから!


「ごめんね。アリサ、下手だからすぐに倒せないの」


 ビシッ……!

 画面が赤く染まる。


 はぁはぁ……。

 兵士が荒い息を漏らす。

 回復し、画面が元の状態に戻る。


 ビシッ……!


「ぐ、ぐぎぎ……」


 何度かちまちまと撃たれてムカついたので、僕は自ら罠にひっかかり爆死した。

 復活したら、アリサの連続キルボーナス誘導投下爆弾により、僕はなすすべなく部屋ごと吹き飛んだ。


「ふふん、ふん、ふふっ、ふんっ♪」


 極悪人が上機嫌にBoDのテーマ曲を鼻で奏で始めた。

 腕力にものを言わせてアリサを退かそうかと思っていたら、影が射す。


 ゲーム機の向こうで、逆さまのジェシカさんが、きょとんとした顔をしている。


「ふたりでゲームしながら空を仰いで、いったいなんの儀式だよ」


「ジェシー、カズが遊んでくれたの。見て見て、7連続キルしちゃった」


 がばっと起き上がったアリサがジェシカさんに飛びついた。

 その時、肘が思いっきり僕のあばらをグリッとしていって、めっちゃ痛い。


「おう、良かったなアリサ」


 ジェシカさんが頭を撫でると、アリサは気持ちよさそうに目を細めた。


「カズ、手加減してくれたの? これからもアリサと仲良くしてやってよ」


 えーっと、仲良くするのは構わないんですけど、ただ、なんかジェシカさんの優しい顔の下で、ガキが鼻の穴を膨らませてニヤニヤしながら、横目でちらちら見てくるんですけど。


 とりあえず僕は「うん」と応えるしかない。


 僕が恨みがましい視線を送っていると、アリサが駆け寄ってきて上目遣いで囁く。


「言うこと聞くって約束、忘れてないよね? カズは今日一日、私の言うことを聞くこと!」


 何それ。

 ひとつ言うことを聞くって約束じゃなかった?

 今日一日、言うことを聞く?

 

 それに無効試合でしょ。

 あんなに散々、妨害行動してきたんだし。


 出会ってまだ短い時間だけど、分かってきた。

 多分、アリサは辞書の『小悪魔』か『メスガキ』って項目の参考画像に載っている。

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